エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
73 / 101
第二部 陛下の命令

しおりを挟む
「旦那様、ティアお嬢様。おかえりなさい……ませ?」

 あの日と同じような出迎え方をされ、ティアはその場で固まってしまった。

 それは、ここへ来てしまったことを戸惑っていたのに、使用人たちから暖かい笑顔を向けられてしまったから。

 気まずいと思っていたのは、どうやらティアだけのようで、使用人一同は、皆、純粋に再会できたことを嬉しく思っている。

 ただ、最後の語尾が疑問形になってしまったのは、仕方がない。
 招かざる客……と言っては失礼だけれど、バザロフまでいたからだ。

 ちなみに使用人たちは、バザロフの存在は何となく知っている。

 ティアの親代わりであり、なさぬ仲でありながら、超が付くほどの親バカだということも。もちろん屋敷の主人の上官であることも。

 そして、3人揃っての帰宅。
 これはまさか『お嬢さんを僕に下さい』的なアレか!?

 そんな期待に満ちた使用人一同の視線が一直線にグレンシスに向かう。

「そうじゃない」

 グレンシスは端的に、でも力強く否定した。

 みるみるうちに、がっかり感を出す使用人たちをグレンシスは無視することにした。が、

「あの……なにが、そうじゃないんですか?」

 これまでずっと黙っていたティアが、まさかのタイミングでグレンシスに問いかける。

「な、なんでもない。───……悪いが、談話室を至急、用意してくれ」 

 気合で動揺を抑えたグレンシスは、なんとかティアに答えた。

 次いで、これ以上詮索されてたまるかと言わんばかりに、ぎろりと使用人たちを睨みつける。

 そして執事ルディオンが頷いたのを確認すると、すぐさまティアの腕を掴み、ずんずんと談話室へと歩き出した。

 ちなみにその間、ティアは前回同様、はてなマークを頭に抱えつつ、瞬きを4回しただけだった。
 




 


 談話室にティアを含めた3人が着席すれば、すぐにミィナの手でお茶が並べられた。

 だが妙に、もたもたとしている。
 はっきり言えば無駄な動きをして、時間稼ぎをしている。この会話の行く末を聞いてくるよう、他の使用人たちに頼まれたのだろう。

 グレンシスは、思わず眉間を揉んだ。ついでに言うと、部屋の外にも人の気配がする。

「お前の屋敷の連中は、随分と好奇心旺盛だな」

 チクリと刺すバザロフの嫌味に、グレンシスは、ごほんと威圧する咳ばらいをする。

 あっという間に、部屋に居たミィナはもちろん、廊下に居た人の気配も消える。それらを再度確認すると、チラリとグレンシスはバザロフを見て頭を下げた。

 そうすれば、バザロフはやっと重い口を開いた。

「さてティア、説明が遅くなったが、ここに連れてきたのは、はっきり言ってお前を避難させるためだ」
「そうですか」

 表情が変わらないティアに、少し訝しんだバザロフだけれど、説明を続ける。

「端的に言えば、国王陛下がティア、お前に会いたいと言っているんだ。王女が無事、オルドレイ国で挙式をされ、外交は以前よりも滑らかに進んでいる。つまり、ここまでつつがなくことが進んだのは、供として同行したお前の功績でもある。それを湛えて、直々に礼を言いたい。とのことだ」

 ティアはバザロフの言葉にこくりと頷いた。
 でも、そう言ったバザロフの表情は浮かないもの。そして、グレンシスも同じく。

 だからティアは、とても言いにくいことをはっきりと口にする。

「それが表向き……の理由だったりしますか?」
「ああ、そうだ」

 今度は、グレンシスがそう言って苦々しく頷いた。バザロフも同じ顔をしているのは、言わずもがな。

 そしてティアは気付く。つまり、ここからが本題だということ。

 知らず知らずのうちに姿勢を正す。そしてバザロフと目が合えば、唸るように本当の目的を聞くことになる。

「国王陛下は、お前の移し身の術に興味を持った。是非とも自分の目でそれを見たいとおっしゃられている」
「……あー……そうですか」

 ティアは溜息を隠すようにお茶を一口飲んだ。そして、肩を落として頷いた。

 わかっていた。
 人の口には戸が立てられないことくらい。

 だから、善良でお騒がせな市民の怪我を癒した時、いずれどこからか、このけったいな術が噂になるかもしれないという予感があった。

 それに状況が状況だったから、あの時口止めだってできなかった。でも、自分の保身など考えず、怪我人を救いたかった。なので、後悔はしていない。

 まぁ……ただ、まさかこんなに早く、国王陛下にまで届くとは少々想定外であったと思うのがティアの本音で。

 そしてティアは、もう少しこの状況を詳しく知る必要があった。

「ところで王様は、どこまでご存知なのでしょうか?」

 ティアは小首を傾げてバザロフを見た。

詳しく知っている」

 感情を殺した平坦な声でバザロフが告げた。

 ティアは物言わず、力のない笑みを浮かべた。
 その中には、あきらめの気持ちがこれでもかってほど含まれていた。

 移し身の術は、もともとオルドレイ国の秘術。

 もしかして王さまは、かつての戦争で、この秘術が戦争の明暗を別けたことすら知っているのかもしれない。

 なら、求めているのは、自分ではない。自分が使える秘術のみ。

 移し身の術には、3つの禁忌がある。

 一つ目は、長い苦痛を与える為に移し身の術を使うこと。
 二つ目は、移し身の術を生業としないこと。
 三つ目は、移し身の術を戦争の道具にしないこと。

 ティアはそれを守り続けている。言い返るなら、それを破るのであれば、移し身の術を使う資格はない。 

 ただ、これは術を引き継ぐ者のみが知ること。
 そして、何も知らないウィリスタリア国の王様は、自分に3つ目の禁忌を犯そうとしているのかもしれない。

 まかり間違っても、移し身の術を披露して『わぁーすごい』と拍手と共に、褒美の菓子を土産で貰って、はい解散っということにはならないだろう。
 
「断ったら、どうなりますか?」

 ティアはこくりと唾を呑んで、二人に問うた。

 アジェーリアは自分にとって友と呼べる存在だ。けれど、その父親がティアにとって優しい存在でいるとは限らない。

 なにしろ、王様。背負うものはウィリスタリア国でもっとも重いのだから、情など二の次という考えであっても何ら不思議ではない。

 そんな不安を抱くティアに向かって、先に口を開いたのはグレンシスだった。 

「どうもしないし、させない。それだけだ。ティア、今は不確かな危険にばかり目を向けるな。お前がどうしたいかが一番重要なんだ」
「どうしたい……ですか」

 突然身に降りかかったことがあまりに厄介で、ティアは困惑したまま固まってしまう。

 正直言って、この国で最もお偉い立場の人間と会うなんてご免こうむりたい。

 だがティアだって、この国の人間である。深く関わって生きてきたつもりはないし、半分はオルドレイ国の血を受けつでいたりもするけれど、そう簡単に嫌とも言えないのもわかっている。

 そんなふうに唇を噛みながら考えを巡らせるティアに、グレンシスは優しく声を掛ける。

「メゾン・プレザンには数日のうちに、王宮から使者が来る。だからマダムローズは、お前をここに移したんだ」
「でもそれは……娼館の皆さんにご迷惑が掛かってしまうのでは?」
「案ずるな、ティア」

 ざっと青ざめるティアに、バザロフが説明を引き継いだ。

「メゾン・プレザンは、治外法権だ。だから使者達も強くは出ることができないし、お前が娼館に居るという体でのらりくらりと誤魔化しておけば、時間が稼げる」

 なるほど。

 ティアはこくりと頷いた。けれど、それは単なる時間稼ぎにしか過ぎない。

 いずれ、メゾン・プレザンに自分が居ないことは発覚するであろう。そして、そうなった時、誰に迷惑がかかるのか。考える必要などない。

「あの……私、」 
「ティア、すぐに答えを出さなくて良い。マダムローズももちろんだが、今、宰相が必死に止めている。陛下も宰相の言葉には耳を傾けるからな。だから、今日、すぐに答えを出さなくて良い。これはお前の一生に関わることになるだろう。しばらくここで考えなさい」

 バザロフはティアの言葉を遮って慈愛に満ちた視線を向ける。けれどティアはもう答えは出ている。

 それに、縁もゆかりもない宰相とやらに、期待を持つほどティアはおめでたい性格でもない。

 とはいえ、自分を見つめる二人の表情はとても真剣なもの。だから、今は素直に頷くだけにした。
しおりを挟む
感想 143

あなたにおすすめの小説

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

【短編版】虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開で、長編版は現在「小説家になろう」のみ公開予定です

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…

satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!

処理中です...