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1巻
1-1
しおりを挟む第一章 異世界人を迎えたラーグ邸は何かと騒がしい。媚薬事件に、監禁とか
「なぁーんで、こんなことになっちゃったんだろうなぁ……」
宮坂朱音は、窓の向こうにある澄み渡った青空を見上げて呟いた。
ここは遥か遠い世界の、とある貴族のお屋敷の一室。別名、監禁部屋。ちゃーんと鉄格子もある。嬉しくなんかないけど。
この世に生を享けて十九年、人様に迷惑をかけず、平凡という枠から一歩も出ていないのに、なぁーんでこんな牢獄で過ごさないといけないのか。
朱音は、有り余る時間のすべてを使って考えても、さっぱりわからなかった。
ただ、監禁された理由はわからないけれど、監禁されたきっかけはわかっている……つもりだ。
まぁつもりなので、真相は定かではないが、それしか思い当たることがないので、きっとそうなのだろう。そうに違いないと思っている。
今を遡ること半月前、朱音は人助けをしたのだ。
このお屋敷の主であり、自分を保護してくれた恩人であり、朱音が淡い恋心を抱いている、デュアロス・ラーグ様を命の危機から救った。
綺麗な表現で言うなら、その身を捧げて。
身も蓋もない言い方をするなら、一発ヤッて。
もちろん双方合意の上。痴女よろしく襲いかかってなんかいない。断じて違う。しかも、それは救命行為としてやったのだ。けれど、その後、この監禁部屋に放り込まれたのだから、やっぱりあの晩のことが原因だったのだろう。
(……何がいけなかったのかなぁ)
朱音は、部屋の大部分を占めるベッドにごろんと横になりながら、あの晩に至るまでのことを思い返してみた。
このご時世、異世界転移なんてよくあること。例に漏れず、朱音もその一人だった。
短大生活二十五日目、バイトの面接を受けるべく急いでいた朱音は、今まさにホームに滑り込んできた快速電車に飛び乗ろうと全力で走っていた。
しかし履きなれないヒールのせいで、グキッと足首を捻りそのまま線路に転落。あわれ人の原形を留めずに十八年の人生に幕を下ろすことになる……はずだった。
けれども、うら若き乙女がそんな死に方ではあんまりだと誰かが祈ってくれたのか、それとも異世界でたまたま転生枠に空きが出たのか、もしくは神様が覚えたてのタブレットでタップ操作を間違えたのか。
兎にも角にも、朱音は無傷でここフィルセンド国の竜伯爵様のご邸宅に着地することができたのだ。
もちろんこの世界に来た当初、朱音はまったくもって状況が理解できなかった。
漫画にアニメにライトノベル――はたまた映画にもなっている異世界転移を自分がするなんて思ってもみなかったし、そうなった場合どうすればいいかなんて一度も考えたことはなかった。
けれど、転移してしまったものは仕方がない。
何かしらの方法で元の世界に戻ったとて、待ち受けるのは猛スピードで迫りくる電車だ。そして秒で、ジ・エンド。
それがわかっているから、朱音はアカネとなり、あっさり異世界生活を受け入れた。
幸運なことにアカネを拾ってくれたのは、デュアロス・ラーグ様といって、代々異世界からやってきた人を保護する役目を担う竜伯爵様だった。
といっても、ラーグ家が異世界人を保護するのは、お役目をいただいて以来初めての大イベント。
彼らになんでそんな役目が与えられたのかは皆目見当がつかないが、着の身着のまま異世界転移をしてしまったアカネにとっては、有り難い限りの存在である。
そんなわけで、アカネもラーグ家のご当主様も使用人の皆々様も手探りの状態で、異世界人を迎えた生活が始まったのだ。
前代未聞の異世界人との生活。ラーグ家側のご事情はわからないが、アカネにとってこの生活は思っていた以上に快適だった。
使用人の皆さんは優しく、初めての異世界生活でまごつくアカネのサポートを快く引き受けてくれる。ご飯も美味しいし、こちらさんにとっての〝当たり前〟を押し付けたりもしない。
ただ「お嬢様」と呼ばれることには未だに慣れないし、日常的にピアノの発表会のようなヒラヒラドレスを着せられるのは、動きにくくて、ちょっと気恥ずかしい。
でもそれは、居心地の悪さを覚えるほどのことじゃない。むしろ新鮮さを感じるくらいだ。
時々、一人ベッドの中で、もう会えない両親や友達、ずっと無課金で育てていたアプリゲームのモモンガを思い出して泣くときもある。そのたびに、何とかして自分がここにいることを伝える術はないのかと考える。
しかし、ここフィルセンド国では異世界転移のメカニズムが解明されていないという。だから諦めるしかないのだ。
ただそう簡単に諦めきれないアカネは、最終的には電車に轢かれた自分を想像して無理矢理納得させていた。
――つまるところ、異世界生活は自身のやるせない気持ちさえ無視すれば、とても穏やかだった。きっとこれから元の世界にいたときのように、同じことを繰り返す毎日の中で、ちょっとずつ学んで、成長して、いろんな選択をしていく生活が続くと思っていた。
しかし、アカネがこの世界に転移した春から半年が過ぎたとある夜、事件が起こった。
この世界に来てから推定十九歳を迎えて、ささやかなお祝いをしてもらって、庭園の木々が朱色や黄色に変化して。
「あ、この世界にも紅葉ってあるんだ」なぁーんてことを、メイドのお姉様たちとお喋りなんかして。
事件が起こったその日も、いつもと何ら変わらない夜のはずだった。
美容効果のある香草が入ったお風呂に入って、寝間着に着替えて、ベッドに潜り込んで、さて寝ようとしていたとき、急にドアの向こうが騒がしくなった。
ラーグ邸にはたくさんの使用人がいる。住み込みで働く人ももちろんいるので、昼夜問わず人の気配はする。でも、皆さんお行儀良く、物音を立てずに日々お仕事に励んでいた。
なのに、扉を挟んだ向こうは、ざわざわがやがやと随分騒がしい。こんなにうるさい夜は、ラーグ邸生活で初めてだった。
ただならぬ気配を感じ取ったアカネは、寝間着のままショールも羽織らず廊下に出た。次いで、右を向いて、左に視線を移した瞬間、驚愕した。
あろうことか、このお屋敷の主であるデュアロス様が使用人三人に支えられて、よったよったと歩いていたからだ。
お屋敷の主であるデュアロス・ラーグ二十六歳は、すらりとした長身の大変見目麗しい青年だ。
齢十九でラーグ家の当主になって以降、お城で色々大事なお仕事をして、領地なんぞも持っているので、そっちの管理も相当大変で。
アカネにとって保護者でありながら、実はあまり顔を合わせることはない存在だった。
けれど、それでもたまに顔を合わせれば一日ご機嫌でいられるほど、目の保養になる金髪紫眼のイイ男だ。
そんなイケメン当主が一人で歩けない状態でいる。
きっとラーグ家の皆さんにとっては、異世界人を迎えたときより大事件だろう。
気づけば、アカネは彼のもとに駆け寄っていた。
「ど、ど、ど、ど、どうしたんしゅか⁉」
つっかかるわ噛むわで聞くに堪えない質問に、デュアロスからは何の返答もない。
でも、悪意をもって無視をしているわけではなく、口を開くことすらできない状態のようだ。
そんな状況にもかかわらず、ぎこちない笑みを浮かべて、精一杯「大丈夫だよ」と伝えようとしている。
ただ、異世界人のアカネとて、大丈夫ではないことは簡単に見破れる。騙されるもんかと、今度は執事のダリに詰め寄った。
壮年のガタイがいいおじさん――ダリは、迷うことなくアカネにこう伝えた。
「若様は、何者かに強い媚薬を飲まされました」
媚薬――それは性欲を催させる薬。
また、相手に恋情を起こさせる薬。ED治療薬とは似て非なるもの。
(なんでそんなもん、飲む羽目になったんだ⁉ このお方はっ)
騎士の称号も持っているデュアロスは、年中帯剣してマントをはためかせているというのに、なんでそんなうっかりミスをしちゃったのだろうか。
アカネはまず最初にそう思った。
だが、額に脂汗をかいて息も絶え絶えになっているデュアロスに、そんなことは人道的に言ってはいけない。それよりなんとか楽になる手だてはないのだろうか。
元の世界の知識を引っ張り出しながら、アカネはじっとデュアロスを見る。
「アカネ……夜中に騒がしくして……すまない。わ、私は大丈夫だから……も、もう休むんだ」
言外に部屋に戻れ、とデュアロスはアカネに言ってくる。
しかし、アカネはそこから動かない。この騒ぎですっかり目が覚めてしまったし、あらそうですかと回れ右をするほど薄情者でもない。
ただ、もう何を尋ねてもデュアロスは答えてくれないだろう。アカネは首を捻ってダリに問いかける。
「どうやったら抜けるんですか?」
アカネは解毒方法はないのかと聞いたつもりだったが、なぜかここにいる全員は顔を赤らめ――えも言われぬ微妙な空気が廊下に充満した。
上手く説明できないが、強いて言えば子供が無邪気に「あれ、なあに?」と〝大人のご休憩ができるホテル〟を指差したときに似ている。
つまり、何か一言でも口にすれば、墓穴を掘るようなエグイ空気なのだ。
その空気に、最初にギブアップしたのはデュアロスだった。
「……行くぞ」
ほとんど音にならない声で使用人たちを促すと、よったよったと再び歩き出す。
ちなみに、デュアロスの部屋はアカネの部屋の隣なので、よろよろ歩きでも呼び止める間もなく自室に消えてしまった。
そしてすぐに使用人が出てきたかと思うと、すべてを拒むかのようにカチャッと鍵の締まる音が聞こえてきた。
「――あのう……デュアロスさん、大丈夫なんですか?」
本人は大丈夫と言っていたが、アレは交通事故にあった人が救急救命士に向け、「ひとまずあなたの声が聞こえるくらいには大丈夫です」と言うのと同じ感じの〝大丈夫〟だった。
つまり全然大丈夫なんかじゃない。
ダリもアカネと同意見のようで「まったくもって大丈夫ではないです」と神妙な顔で頷く。
それからこう付け加えた。「アカネ様、あなたの力をお貸しください」と。
アカネにとってデュアロスは、この世界での第一発見者であり、保護してくれた恩人だ。そんな人が窮地に陥っている。助けたいと思うのは当然だろう。
だからアカネは迷うことなく頷いた。
「任せてください! なんでもやります‼」
きっぱりと宣言したアカネにダリは恭しく礼を執る。だが、顔を上げた彼が紡いだ言葉に、アカネは仰天した。
「ありがとうございます。では、早速ですが若様のお部屋に向かってくださいませ。媚薬のせいで、理性のない抱き方をされると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。あと……主に代わり、先にお詫び申し上げます」
「……だ、抱く?」
聞き間違いであればと思い問いかけたが、頭の隅で「そりゃあ媚薬飲んだんだから、やることなんて一つしかないっしょ?」と呆れる自分がいる。
そんなアカネに、ダリは表情一つ変えずに続けた。
「さようにございます。媚薬に解毒剤はございません。薬の効用が切れるか、または欲望を排出するか、その二択です」
「欲望を……排出する」
「はい。ちなみに、若様の媚薬は見たところによると相当強いものです。もし仮に、このまま何もせず放置すれば、薬の効用が切れる頃には、間違いなく若様は命を落とすことでしょう」
「え⁉」
非難めいた声を上げたのは、抱かれたくないからではない。
そんなヤバい薬を飲ませた相手と、うっかりそれを飲んでしまったデュアロスに向けてのものだった。
だが今、正体不明の犯人を責めても仕方がないし、ましてや命の危機に瀕しているデュアロスを責めるなんてできるわけもない。だからアカネは覚悟を決めた。
――一宿一飯の恩義で、デュアロスに抱かれようと。
といっても、百パーセント自己犠牲精神からではない。下心もちょっと混ざっている。
なぜならアカネは、デュアロスに淡い恋心を抱いている。そりゃあ助けられたっきり顔を合わせることすらままならないし、恋に落ちるようなエピソードなんて何もないけれど、気づけばアカネはデュアロスのことばかり考えていた。
もちろん、異世界人の自分が彼と結ばれたいなんて、おこがましいことは考えていない。絶対に無理に決まっている。でも好きなのだ。
当然、こんな機会じゃなければ彼に抱かれることはないだろう。
――ちなみにアカネはバージンではない。既に〇・八回は経験済みだ。
なぜ一回と言い切れないかというと、お互い初めて同士で試行錯誤を繰り返していたら朝日を拝む羽目になり、疲労困憊により力尽きたからである。
でも、ヤルという意思はあった。それなりに手順も踏んだ。
最後の関門だけクリアできなかったが、初めてのアレに対する緊張も恐怖もドキドキも味わっているから、〇・八回くらいは済ましている。
その〇・八回の経験と、恋している彼に抱かれたいという打算もあって、アカネは「さっそく、行ってきます!」と意気込んだ。
人命救助という大義名分を得たアカネの、好きな人に抱かれる期待とドキドキまで感じ取ったかどうかは、ご想像にお任せするとして、兎にも角にもアカネの揺るぎない決心を受け取ったダリは、もう一度恭しい礼をし、姿勢を戻すと懐に手を入れ鈍色の鍵を取り出した。
「若様の部屋の鍵にございます。今宵一晩あなた様に託します。それと――」
ダリが一旦言葉を止めた理由は、アカネもすぐわかった。
使用人の一人が、小走りでこちらにやってきたからだ。手には何かを持っている。見たところ、香水のような洒落た瓶だった。
(なんだろう?)
綺麗な入れ物なのはわかる。だがそれ以外はさっぱりわからず、アカネは無意識に首を傾げる。
「アカネ様、ささやかではありますが、わたくしからの支援物資でございます。お受け取りください」
使用人から瓶を受け取ったダリは、鍵と共にそれをアカネに差し出した。
「……あのう……つかぬことを聞きますが、これは何?」
未知なるものを手に取るのはちょっと勇気が必要なので、恐る恐るダリに問いかければ、壮年執事はさらりと告げた。
「潤滑油にございます。挿入する際の補助薬と申したほうがよろしいでしょうか」
(わぁーお。ってか、こういうのは、どこの世界にもあるんだ)
ところ変われどやることはやるんだから、このようなものがあっても別段おかしくはない。
ただ、アカネの引きつった顔を見てダリは何を勘違いしたのか、具体的な使用方法の説明をし始めようとする。
「……大変、よくわかりました。ありがたく頂戴します!」
ちょっとは照れろよ! と言いたくなるくらい事務的に差し出されたそれを、アカネはかっさらうように手に取った。
今更だがこの会話、イタすことを前提にしているのだ。それに気づくと、ものすごく恥ずかしい。……いや、するけど。
ただ、これだけは譲れない。
「絶対に、絶対に、絶っ対に、覗かないでくださいね! あと、聞き耳立てるのも禁止ですから‼」
自ら抱かれに行くことは公認となったが、それ以降のプライバシーは何が何でも死守したい。
そんなアカネの悲痛な訴えは、ちゃんと壮年執事のもとに届いた。ギャラリーと化していた使用人たちにも、もちろん。
――こうして、アカネは自分の意思でデュアロスの部屋の鍵を開け、自分の意思でデュアロスに抱かれた。
その勇気ある行動が、確かに一人の青年の命を救ったのだった。
(ひゃああああっ、しちゃった! しちゃったんだよね、私っ。ひゃああああー)
アカネはあの晩のことを思い出して、枕をぎゅーっと抱きしめると、ベッドの上で足をばたつかせた。
人命救助をした挙句に監禁された人間のリアクションではないのだが、アカネにとってあの晩のことは、一生忘れることができないセンセーショナルな出来事だった。
一晩かかってもイタすことができなかった過去が嘘のように、デュアロスとの行為はスムーズだった。
しかも「どうぞ」と言った瞬間から、がぶっと食べられるのかと思いきや、彼のテーブルマナーは洗練されていた。
触れるだけの口づけから始まり、時間をかけてイタす準備をしてくれた。
さすがに〇・八回しか経験していない自分には、ダリからの支援物資は不可欠ではあったが、そのお力を借りての共同作業はあまりにも順調で、途中で中断を求める必要もなかった。
いや、仮に必要があったとしても、あのときの自分にそんなことを申し出る余裕はなかった。とにかく凄かったから。
一回で終わると思いきや、身体をひっくり返されるは、持ち上げられるは……と、初心者では難易度の高いあれこれも彼の手にかかれば、いとも簡単にできちゃったりした。
夜の営みスタンプラリーなんぞがあれば、一晩で半分は埋まってしまったくらいに、色々やった。その間、デュアロスはとても情熱的だった。
アカネが知っているデュアロスは、紳士的で儀礼的で、ちょっと遠い人だった。
なのに自分を抱いている間、デュアロスは絶えず気遣う言葉をかけつつも、赤面するような気障な台詞を吐き、悲鳴を上げてしまうようなえっちい言葉を耳に落とした。
あの晩の出来事は、控え目に言っても最高に良かった。
しかもイタしている途中、堪らないといった感じでぎゅーっと抱きしめるもんだから、痛みとか恥じらいとか、そういうものが薄れて、ちゃっかり溺れる自分がいた。はしたない声を止めることもできなかった。
それが恥ずかしくてアワワアワワすれば、デュアロスはもっと聞かせてなどと囁いてくる。聞かせるつもりはないが、そんなことを言われたらさらに声が出た。彼も自分ほどではないが、エロい声を出していた。最高だった。
ただ翌日はさんざんだった。そりゃあまぁ、朝方まで頑張ったのだから、身体の節々が痛むのは当然のことで。アカネはずっと寝ていた。しかもデュアロスの部屋で。
次の日も、ほぼ寝ていた。今度は自分の部屋で。
その後もしばらく、アカネは筋肉痛に苦しんだ。でも、名誉の筋肉痛は心地よいと思ってしまった。なお、言っておくが、アカネは誓って――ドMではない。
とはいえ、十日も経てば筋肉痛は癒える。完全復活したアカネはデュアロスの救命行為をした十日後、ラーグ邸の庭でお散歩をしていた。
あてもなく庭園をぶらぶら歩くのは、このラーグ邸に保護されて以来の日課だ。庭師もメイドもにこやかに声をかけてくれる。
ただ先日の媚薬事件でデュアロスを支えていた使用人の一人――ギルは、デリカシーが少々足りなくて、あからさまな言葉を使ってアカネにお礼と体調を気遣う言葉を送った。
対してアカネは、真っ赤になってギルの腕を叩いた。年も近く親しみやすい容姿のギルなら、遠慮なくそうできる気安さがあったもので。
そんなちょっとしたトラブル(?)はあったけれど、アカネはお散歩を楽しみ、それから東屋で一人優雅にティータイムをしていた。そこに、一人の赤髪の青年が現れた。
「よっ! アカネちゃん、暇してるの?」
そんなチャラい感じで声をかけてきたのは、自称デュアロスの親友ラガートだった。
デュアロスと同い年のラガートは、長い髪をいつも肩より下で緩く結っている。他の人がするとだらしないそんなヘアスタイルも、長身で顔立ちが整っているので嫌味なく様になっている。
ちなみにラガートとアカネは、これまで何度も顔を合わせている。また、彼はそこそこ地位があるようで、ラーグ邸には顔パスで立ち入ることが許されていた。
だからアカネは警戒心を持つこともなく一緒にお茶を飲み、その後、ラガートからの提案で気分転換を兼ねて外出をした。
無論、黙って外出すればお屋敷の皆様が心配することはわかっていた。なので、一旦屋敷に戻り、ダリに「ちょっとラガートさんと遊んできます」と告げることは忘れなかった。
それから街に出たアカネは夕方まで買い食いを楽しみ、王都見物をして無事に帰宅し、一日を終えた……わけじゃなかった。
屋敷に戻ると、なぜかデュアロスが玄関ホールで待ち構えていて、あれよあれよという間に監禁部屋に放り込まれてしまったのだった。
「――……で、なんで監禁されてるんだろう、私」
そうなのだ、いつもこれなのだ。えっちいシーンを思い出して悶絶しただけで結局なにもわからないまま、時間だけが過ぎていく。
最終的にデュアロスの厚い胸板とか、割れた腹筋とか、自分を抱きしめた太い腕とかを思い返して、ひゃあひゃあと繰り返すだけ。
アカネは下心ありきでデュアロスに抱かれた。だからこんな監禁生活を強いられていても、抱かれたことを後悔していない。
ただ、理由を知りたいだけなのだ。できればデュアロスの口から言ってほしい。
でも、監禁されてから毎日ここに足を運ぶデュアロスは、何も語らない。言ったとしても、謎かけみたいなことばかり。遠回しに「自分で考えろ」と訴えているように取れる。一体彼は、何のためにやってくるのだろう。そして自分に何を気づかせたいのだろう。
そんなことをアカネは、この狭い監禁部屋でずっと考えている。
思考の樹海をさまよった挙句、毎度毎度あの夜の回想に悶絶して終わるけれど。
(……ううーん、やっぱどうしたってアレしかないよね)
表情を浮かないものに変えたアカネは、枕を抱きしめたままため息をつく。
本当はなんとなく気づいている。デュアロスが自分を監禁している理由。でも、それを認めたくないのだ。
認めてしまったら、自分が惨めになってしまうから。
アカネが出した答えは二つある。
一つ目は、保護対象である異世界人の自分を抱いたことを、デュアロスが公にされるのを恐れている、というもの。
二つ目は、一つ目とほぼ同じであるが、媚薬を飲んだという失態を演じ、また自分を抱いたことをとある人にバラされるのを恐れている、というもの。
どちらにしても、デュアロスは今回の件を闇に葬り去りたいのだろう。
その気持ちはわからなくもない。誰だって自分の失態は隠したくなるものだ。
アカネとて、元の世界で失敗して誤魔化そうとしたことがあるし、バレなきゃラッキーなんて悪いことを思ったこともある。
ただアカネは、デュアロスに口止めされるまでもなく、この件を誰にも話さないつもりだった。第一、話せる相手もいない。この世界に友達なんて一人もいないのだ。ぼっちなのだ。ニートでもあるのだ。
それはデュアロスだって知っているはず。
(……と、なると……やっぱ二番目のやつかぁ)
アカネは枕を放り出すと、ベッドに座りなおして肩を落とした。
デュアロスには恋人がいるのを、アカネは知っている。定期的にラーグ邸を訪れる、栗色の巻き髪がトレードマークの綺麗な女性だ。名をミゼラットという。
アカネも何度か顔を合わせたことがあったけれど、彼女は遠回しに「自分はデュアロスの恋人よ。あんた勘違いしないでね」とマウント発言をかましてくれるのだ。
つまりデュアロスは、アカネの身体をむさぼって九死に一生を得たけれど、それを恋人のミゼラットに知られたくないのだ。
だから、自分をここに閉じ込めている。
と、アカネは思っているが、これはあくまでアカネ側の見解。真実はちぃーとばかし違ったりもする。
†
『デュアロスさん、どうぞ私を抱いてください』
媚薬によるのたうち回りたくなるほどの苦しみの中、愛しい彼女の声を聞いた。
(ああ、これは幻聴だ)
正常ではない己から彼女の身を守るために、自分は自分の意思で部屋に鍵をかけたのだ。だからここに彼女がいるはずがない。
少しでも気を抜いたら彼女を傷つけてしまう確信があったから、わざわざ心配して様子を見に来てくれた彼女から逃げるように立ち去った。
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