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終章 美形軍人に連行された少女の末路
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クラース邸の敷地内にある無骨な建物は、ここケルス領を統括する本部の役割を担っている。
優美な建築となっている邸宅とは違い、領主の仕事をするここは丈夫さが売りの無骨な建物。
だがしかし本日は祝いの布が幾つも垂れ下がり、庭の一部を領民に開放しているため、とても華やかで賑やかだった。
そんな中、建物内では粛々と着任式が進んでいると思いきや……。
「いやまぁ、こうなるとは予想外だとは思わんかったが……まさか一年足らずで、面倒事を片づけるとは思わんかった。……ったく、もっとゆっくりやってくれりゃあ、もう少し可愛い姪との時間を過ごせたというのに。本当にレンブラント殿はせっかちだ」
「恐れ入ります」
「なぁ今、儂の愚痴をさらっと流したな?」
「まさか」
「……はぁー、侯爵家の当主の座をあっさり捨てて、力不足だから当主になりたくないと逃げ回る弟をとっ捕まえて無理矢理当主にさせたそうだな」
「逃げる者を捕まえるのは性分でして。副長官殿ならおわかりになるかと?それに弟はああ見えて、わたくしより出来が良い。当主の器は十分にあります」
「知らんわ。儂、今、辺境伯の補佐やってるし。姪と仲良くやってるし」
「しばらくお会いしていない間に、随分と話し方が変わられましたね。失礼ながら怖気が立ちます」
「……姪の世代に合わせているだけだ」
「さようですか。で、もういい加減、任命書をこっちによこしてくれませんか?」
着任式は定刻通りに始まったのだが、予定より時間が押している。
それは現辺境伯の補佐であり、警護団の副長官でもあるガドバルド・フォンクが、任命書を手渡すことをゴネているからで。
ガドバルドが補佐に付くことを条件で、ベルは国王陛下からケルス領の辺境伯となることを許可された。
言葉だけを受け取ると若くして辺境伯となったベルが頼りないからだと思われるが、実際はそうじゃない。国王陛下からの粋な計らいである。
おかげでベルは大きなトラブルに合うこと無く、今日まで辺境伯として日々過ごすことができた。
ただ、まさかここでこんな予期せぬハプニングに見舞われるとは思いもよらなかったけれど。
(そろそろ止めに入った方が良いかな)
今日は立会人として国王陛下の代理で第二王子が出席されている。あと、その従者であり従兄弟のダミアンも。
二人は苛立った様子は無いが「一体、いつ終わるんだか」と遠い目をしている。
あと背後に控えている専属護衛達は、拗ねた伯父と青筋を立てるレンブラントを見て肩を震わせている。
彼らは元軍人。そしてこれからもずっとレンブラントの部下であり、ベルのカードゲーム友達だ。
それから参列者達に目を向ければ、腕を組んで呆れ顔をしているフローチェと目が合った。すぐに艶めかしい視線を送られ、ベルは愛想笑いを浮かべる。
ちなみに今日ベルが身にまとっている衣装はフローチェが仕立ててくれたもの。
”働く女”をテーマにしたこの濃紺色のドレスは、リボンやレースは一切無く機能性重視でありながら、優美さも兼ねそろえており、王都では現在、空前の大ブームらしい。
「───……では、レンブラント・エドゥ・クラース。今日より其方を、ここケルス領の辺境伯に命ずる。命続く限り、この地を愛し守り抜くよう」
「はっ」
思いの丈をぶつけてすっきりしたのか、ようやっとレンブラントに任命書を手渡したガドバルドと入れ替わり、ベルはレンブラントの前に立つ。
一年近く伸ばし続けた撫子色の髪は、朝からメイドの手によって丁寧に結いあげられ、薄く化粧もしている。
その姿は可憐であり、それでいて凛としていて、ほぼ一年前に、拳銃を突き付けられた時とは別人のよう。
そんな美しく生まれ変わったベルは、側近が運んで来た飾り箱を受け取り、静かに蓋を空ける。
「レンブラント・エドゥ・クラース殿、これは人の命であり、願いであり、世界に二つと無い大切な領印です。それを貴方に託します」
「はっ」
膝を付き恭しくそれを受け取るレンブラントの手に、ベルは両手を重ねる。
「願いを叶えてくださってありがとうございます。そして、これからどうぞよろしくお願いいたします。旦那様」
「ああ。これからは死ぬほど愛してやるからな、我が妻殿。覚悟しとけよ」
とろけるような笑みを浮かべるレンブラントの左手の薬指にはシンプルなデザインの指輪がはめられており、また、ベルの左手にも同じデザインの指輪が光っている。
美形軍人に連行された少女の末路は─── 紆余曲折の末、領民に慕われ、夫に深く愛された幸せなものだった。
◇◆おわり◆◇
優美な建築となっている邸宅とは違い、領主の仕事をするここは丈夫さが売りの無骨な建物。
だがしかし本日は祝いの布が幾つも垂れ下がり、庭の一部を領民に開放しているため、とても華やかで賑やかだった。
そんな中、建物内では粛々と着任式が進んでいると思いきや……。
「いやまぁ、こうなるとは予想外だとは思わんかったが……まさか一年足らずで、面倒事を片づけるとは思わんかった。……ったく、もっとゆっくりやってくれりゃあ、もう少し可愛い姪との時間を過ごせたというのに。本当にレンブラント殿はせっかちだ」
「恐れ入ります」
「なぁ今、儂の愚痴をさらっと流したな?」
「まさか」
「……はぁー、侯爵家の当主の座をあっさり捨てて、力不足だから当主になりたくないと逃げ回る弟をとっ捕まえて無理矢理当主にさせたそうだな」
「逃げる者を捕まえるのは性分でして。副長官殿ならおわかりになるかと?それに弟はああ見えて、わたくしより出来が良い。当主の器は十分にあります」
「知らんわ。儂、今、辺境伯の補佐やってるし。姪と仲良くやってるし」
「しばらくお会いしていない間に、随分と話し方が変わられましたね。失礼ながら怖気が立ちます」
「……姪の世代に合わせているだけだ」
「さようですか。で、もういい加減、任命書をこっちによこしてくれませんか?」
着任式は定刻通りに始まったのだが、予定より時間が押している。
それは現辺境伯の補佐であり、警護団の副長官でもあるガドバルド・フォンクが、任命書を手渡すことをゴネているからで。
ガドバルドが補佐に付くことを条件で、ベルは国王陛下からケルス領の辺境伯となることを許可された。
言葉だけを受け取ると若くして辺境伯となったベルが頼りないからだと思われるが、実際はそうじゃない。国王陛下からの粋な計らいである。
おかげでベルは大きなトラブルに合うこと無く、今日まで辺境伯として日々過ごすことができた。
ただ、まさかここでこんな予期せぬハプニングに見舞われるとは思いもよらなかったけれど。
(そろそろ止めに入った方が良いかな)
今日は立会人として国王陛下の代理で第二王子が出席されている。あと、その従者であり従兄弟のダミアンも。
二人は苛立った様子は無いが「一体、いつ終わるんだか」と遠い目をしている。
あと背後に控えている専属護衛達は、拗ねた伯父と青筋を立てるレンブラントを見て肩を震わせている。
彼らは元軍人。そしてこれからもずっとレンブラントの部下であり、ベルのカードゲーム友達だ。
それから参列者達に目を向ければ、腕を組んで呆れ顔をしているフローチェと目が合った。すぐに艶めかしい視線を送られ、ベルは愛想笑いを浮かべる。
ちなみに今日ベルが身にまとっている衣装はフローチェが仕立ててくれたもの。
”働く女”をテーマにしたこの濃紺色のドレスは、リボンやレースは一切無く機能性重視でありながら、優美さも兼ねそろえており、王都では現在、空前の大ブームらしい。
「───……では、レンブラント・エドゥ・クラース。今日より其方を、ここケルス領の辺境伯に命ずる。命続く限り、この地を愛し守り抜くよう」
「はっ」
思いの丈をぶつけてすっきりしたのか、ようやっとレンブラントに任命書を手渡したガドバルドと入れ替わり、ベルはレンブラントの前に立つ。
一年近く伸ばし続けた撫子色の髪は、朝からメイドの手によって丁寧に結いあげられ、薄く化粧もしている。
その姿は可憐であり、それでいて凛としていて、ほぼ一年前に、拳銃を突き付けられた時とは別人のよう。
そんな美しく生まれ変わったベルは、側近が運んで来た飾り箱を受け取り、静かに蓋を空ける。
「レンブラント・エドゥ・クラース殿、これは人の命であり、願いであり、世界に二つと無い大切な領印です。それを貴方に託します」
「はっ」
膝を付き恭しくそれを受け取るレンブラントの手に、ベルは両手を重ねる。
「願いを叶えてくださってありがとうございます。そして、これからどうぞよろしくお願いいたします。旦那様」
「ああ。これからは死ぬほど愛してやるからな、我が妻殿。覚悟しとけよ」
とろけるような笑みを浮かべるレンブラントの左手の薬指にはシンプルなデザインの指輪がはめられており、また、ベルの左手にも同じデザインの指輪が光っている。
美形軍人に連行された少女の末路は─── 紆余曲折の末、領民に慕われ、夫に深く愛された幸せなものだった。
◇◆おわり◆◇
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連載再開ありがとうございます!
しあわせなふたりをもっとよみたーいッ…!
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楽しみで、更新見逃せません(^ー^)v