95 / 117
5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた
17
しおりを挟む
言われるがまま跪いたベルを見て、ケンラートは満足そうに笑う。
しかし、それだけで彼が満足するはずがなかった。
「ベル、今度は俺の靴を舐めろ」
「……っ」
さすがの命令にベルは項垂れた姿勢のまま、思わず息を吞んだ。
(は?……靴を舐めろ?……はぁ??)
よくもまぁそんなことを思いつくものだと、呆れてものが言えない。
しかしベルは、足を伸ばしてきたケンラートの靴に顔を寄せる。さすがに舐める気は無いからフリだけで誤魔化そうとした。けれども───
「───……痛っ」
あと少しで鼻先が靴に届くといったところで、思いっきり顔を蹴られた。
(なるほど。とことん、いたぶる気か)
血の滲んだ唇の端を手の甲で拭いながら、ベルは半目になった。元軍人という贔屓目を抜いても、この男最高に性格が悪い。
ついでにコイツが軍人を辞めたのは、絶対に自主退役じゃなく、除籍処分だろうと勝手に結論付けたりもする。
「なにやってんだよ、ベル。ほら、さっさと靴を舐めろ」
心の底から嬉しそうに笑いながら、ケンラートは煽るようにつま先を動かす。
多分これは何度も続くだろう。そうわかっていても、ベルは大人しく同じ動作を繰り返す。そして、また同じように蹴られる。
その間、何度もパウェルスが「やめろっ、やめてくれ!」と叫ぶ声が耳朶を差す。最後はもう涙声になっている恩師の声を聞いても、嘲笑うフロリーナ達の声が追加されても、ベルは無表情で跪く。
そして屈辱的な行為は何度も繰り返され、ベルは体力的にも精神的にも自分の限界が近いことを悟る。
しかしベルは精一杯、なんでもない顔をして同じ動作を繰り返す。ケンラートがこんな鬼畜な行為をしているのは、ただ鬱憤を晴らしたいからではなく、自分の心を折りたいからだとわかっているから。
(誰が折れるもんか!馬鹿にしないで!!)
心の中でベルは叫ぶ。そして、コレをしている間は、恩師の命が守られるのだと自分に言い聞かせる。
けれどこの果てしないと思われた時間は、突如として終わりを告げた─── この場を制圧するような一発の銃声によって。
耳をつんざく程の破裂音がしたと同時に、剣を持つケンラートの手が鮮血に染まる。彼の手から滑り落ちる剣の音が銃声の余韻の中、やけに大きく響いた。
弾けるように立ち上がり、こちらに駆け寄る恩師の姿と、泣き喚きながら倒れるケンラートの姿が同時に視界に移り、少し遅れて青ざめながら後退するフロリーナ達が見えた。
それらの全ては、銃声に驚いたベルが尻もちを付いた間の出来事で、時間にして数秒。
しかし、たった数秒でこの状況はチェス盤をひっくり返したように変わった。
「─── 先に言っておく、あんたはロクな死に方をしない」
悠然とカツン、カツンと靴音を響かせて、引き金を引いた人物は物騒この上ない台詞を吐いた。
しかしベルは振り返って、それが誰なのか確認しなくてもわかる。
そして後に続く足音は複数で、これもまた確認する必要はない。
(……来てくれた。助けに……来てくれた)
近付いてくる足音を聞きながら、ベルは震える手を胸の位置でぎゅっと組み合わせる。そうしなければ、みっともなく泣いてしまいそうだから。
「……遅くなってすまなかったな」
足音が止まると同時に、ぽんっと大きな手が頭の上に乗った。
ゆるゆると顔を上げると、そこには銀髪の軍人がいた。
相変わらず目つきは悪いけれど、ベルは目が合った途端、迷子になった子供が親を見付けた時のようにくしゃりと顔を歪ませた。
しかし、それだけで彼が満足するはずがなかった。
「ベル、今度は俺の靴を舐めろ」
「……っ」
さすがの命令にベルは項垂れた姿勢のまま、思わず息を吞んだ。
(は?……靴を舐めろ?……はぁ??)
よくもまぁそんなことを思いつくものだと、呆れてものが言えない。
しかしベルは、足を伸ばしてきたケンラートの靴に顔を寄せる。さすがに舐める気は無いからフリだけで誤魔化そうとした。けれども───
「───……痛っ」
あと少しで鼻先が靴に届くといったところで、思いっきり顔を蹴られた。
(なるほど。とことん、いたぶる気か)
血の滲んだ唇の端を手の甲で拭いながら、ベルは半目になった。元軍人という贔屓目を抜いても、この男最高に性格が悪い。
ついでにコイツが軍人を辞めたのは、絶対に自主退役じゃなく、除籍処分だろうと勝手に結論付けたりもする。
「なにやってんだよ、ベル。ほら、さっさと靴を舐めろ」
心の底から嬉しそうに笑いながら、ケンラートは煽るようにつま先を動かす。
多分これは何度も続くだろう。そうわかっていても、ベルは大人しく同じ動作を繰り返す。そして、また同じように蹴られる。
その間、何度もパウェルスが「やめろっ、やめてくれ!」と叫ぶ声が耳朶を差す。最後はもう涙声になっている恩師の声を聞いても、嘲笑うフロリーナ達の声が追加されても、ベルは無表情で跪く。
そして屈辱的な行為は何度も繰り返され、ベルは体力的にも精神的にも自分の限界が近いことを悟る。
しかしベルは精一杯、なんでもない顔をして同じ動作を繰り返す。ケンラートがこんな鬼畜な行為をしているのは、ただ鬱憤を晴らしたいからではなく、自分の心を折りたいからだとわかっているから。
(誰が折れるもんか!馬鹿にしないで!!)
心の中でベルは叫ぶ。そして、コレをしている間は、恩師の命が守られるのだと自分に言い聞かせる。
けれどこの果てしないと思われた時間は、突如として終わりを告げた─── この場を制圧するような一発の銃声によって。
耳をつんざく程の破裂音がしたと同時に、剣を持つケンラートの手が鮮血に染まる。彼の手から滑り落ちる剣の音が銃声の余韻の中、やけに大きく響いた。
弾けるように立ち上がり、こちらに駆け寄る恩師の姿と、泣き喚きながら倒れるケンラートの姿が同時に視界に移り、少し遅れて青ざめながら後退するフロリーナ達が見えた。
それらの全ては、銃声に驚いたベルが尻もちを付いた間の出来事で、時間にして数秒。
しかし、たった数秒でこの状況はチェス盤をひっくり返したように変わった。
「─── 先に言っておく、あんたはロクな死に方をしない」
悠然とカツン、カツンと靴音を響かせて、引き金を引いた人物は物騒この上ない台詞を吐いた。
しかしベルは振り返って、それが誰なのか確認しなくてもわかる。
そして後に続く足音は複数で、これもまた確認する必要はない。
(……来てくれた。助けに……来てくれた)
近付いてくる足音を聞きながら、ベルは震える手を胸の位置でぎゅっと組み合わせる。そうしなければ、みっともなく泣いてしまいそうだから。
「……遅くなってすまなかったな」
足音が止まると同時に、ぽんっと大きな手が頭の上に乗った。
ゆるゆると顔を上げると、そこには銀髪の軍人がいた。
相変わらず目つきは悪いけれど、ベルは目が合った途端、迷子になった子供が親を見付けた時のようにくしゃりと顔を歪ませた。
1
お気に入りに追加
984
あなたにおすすめの小説

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる