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5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた
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フロリーナはラドバウトが自分を妻にと望んだのは、己の美しさがまだ健在だからだと思っていた。
それどころか、自分を妻に迎えるために、ラドバウトが前の夫であるバデュセスに無実の罪をなすりつけたのだとさえ思っていた。
だからフロリーナは、ラドバウトを心の底から憎んだ。その娘であるベルにも迷うことなく憎悪を向けた。
それがフロリーナにとって当然のことであり、与えられた権利だとさえ思っていた。
───しかし、実際は違う。
ラドバウトが自ら望んでフロリーナを妻にしたのは事実だが、それは罪人の妻を野放しにするのは危険だから監視するのが目的だった。
それともう一つ。ラドバウトは、フロリーナを憐れんでいた。いや、正確に言うとフロリーナの娘二人を自分の娘と重ね合わせてしまったのだ。
ラドバウトは軍人であり、時には容赦無く人を殺せるが情に厚い人柄だった。
愛娘と年の近い娘二人の未来を案じて、ラドバウトはフロリーナに手を差し伸べたに過ぎない。
しかしその想いを一度も口にすることが無かったせいで、最悪の結果となってしまった。……いや、想いを伝えたところで、この未来を回避することは不可能だったかもしれない。
それほどまでにフロリーナの激しい険悪は凝り固まっていた。ラドバウトを殺害した後でも消えることはなく、彼が大切に護ってきた領地の財を貪った。
これまで失った多くのものを取り戻すかのように。
そんな母の姿を間近で見続けていた娘のミランダとレネーナは、何の疑いも持つことなく母親と瓜二つの性格となった。
「───ふざけんなよっ、ベル!偉そうな口を叩くな!!」
長女の夫であるケンラートの怒声でフロリーナは我に返った。
と、同時にケンラートが腰に差していた剣を抜きベルを斬り殺そうとする。……しかし、それは未遂に終わった。
ベルはクルトの背に足を置いたまま、器用に上半身だけを捻り切っ先をかわす。次いで、軽々とクルトを踏み台にして、跳躍するとケンラートを蹴り倒した。
「……痛っ。お前、最低だな……なんだよ、こんなことをしてタダで済むと思うなよ。この狂人めがっ」
「は?……それ、私のことですか? 人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。私はあんたとは違って剣を使わず、足しか使っていないですよ」
的外れな会話であるが、ベルはどうやら正当防衛だと主張しているようだ。
あまりに馬鹿馬鹿しくて、フロリーナは思わず鼻を鳴らす。すぐさまベルと目が合った。
(……わたくし、あの目が大っ嫌い)
どんなに物理的に痛めつけようが、どれだけ心を抉る言葉で傷付けようが、ベルの青碧色の瞳が淀むことは無かった。いつでも澄んでいた。
穢れ知らずのその目に見つめられると、自分が何か愚かなことをしているかのような気がして無性に腹が立った。
フロリーナはベルを見つめながら、拳が我知らず震える。怒りの為に。
(わたくしは、何も間違っていないっ)
横領をしていたことも、ラドバウトを殺したことも、元はと言えば自分の与り知らぬところでおきた事件が原因なのだ。自分は被害者なのだ。
フロリーナは追い詰められた自分を鼓舞するかのように、そう自分に言い聞かす。
しかし交渉材料になる人質は逃げ出してしまった。ベルは自分たちを決して逃がさないと覚悟を決めた。───そしてケルス領には、もう戻れない。
今頃、これまで鬱憤を晴らすかのように散財してきたことを陛下直属の調査団が細部に渡って調べ上げているから。
もはや八方塞がりだった。
しかしフロリーナは、愚かであったが馬鹿ではなかった。彼女なりの保険を用意していたのだ。
それどころか、自分を妻に迎えるために、ラドバウトが前の夫であるバデュセスに無実の罪をなすりつけたのだとさえ思っていた。
だからフロリーナは、ラドバウトを心の底から憎んだ。その娘であるベルにも迷うことなく憎悪を向けた。
それがフロリーナにとって当然のことであり、与えられた権利だとさえ思っていた。
───しかし、実際は違う。
ラドバウトが自ら望んでフロリーナを妻にしたのは事実だが、それは罪人の妻を野放しにするのは危険だから監視するのが目的だった。
それともう一つ。ラドバウトは、フロリーナを憐れんでいた。いや、正確に言うとフロリーナの娘二人を自分の娘と重ね合わせてしまったのだ。
ラドバウトは軍人であり、時には容赦無く人を殺せるが情に厚い人柄だった。
愛娘と年の近い娘二人の未来を案じて、ラドバウトはフロリーナに手を差し伸べたに過ぎない。
しかしその想いを一度も口にすることが無かったせいで、最悪の結果となってしまった。……いや、想いを伝えたところで、この未来を回避することは不可能だったかもしれない。
それほどまでにフロリーナの激しい険悪は凝り固まっていた。ラドバウトを殺害した後でも消えることはなく、彼が大切に護ってきた領地の財を貪った。
これまで失った多くのものを取り戻すかのように。
そんな母の姿を間近で見続けていた娘のミランダとレネーナは、何の疑いも持つことなく母親と瓜二つの性格となった。
「───ふざけんなよっ、ベル!偉そうな口を叩くな!!」
長女の夫であるケンラートの怒声でフロリーナは我に返った。
と、同時にケンラートが腰に差していた剣を抜きベルを斬り殺そうとする。……しかし、それは未遂に終わった。
ベルはクルトの背に足を置いたまま、器用に上半身だけを捻り切っ先をかわす。次いで、軽々とクルトを踏み台にして、跳躍するとケンラートを蹴り倒した。
「……痛っ。お前、最低だな……なんだよ、こんなことをしてタダで済むと思うなよ。この狂人めがっ」
「は?……それ、私のことですか? 人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。私はあんたとは違って剣を使わず、足しか使っていないですよ」
的外れな会話であるが、ベルはどうやら正当防衛だと主張しているようだ。
あまりに馬鹿馬鹿しくて、フロリーナは思わず鼻を鳴らす。すぐさまベルと目が合った。
(……わたくし、あの目が大っ嫌い)
どんなに物理的に痛めつけようが、どれだけ心を抉る言葉で傷付けようが、ベルの青碧色の瞳が淀むことは無かった。いつでも澄んでいた。
穢れ知らずのその目に見つめられると、自分が何か愚かなことをしているかのような気がして無性に腹が立った。
フロリーナはベルを見つめながら、拳が我知らず震える。怒りの為に。
(わたくしは、何も間違っていないっ)
横領をしていたことも、ラドバウトを殺したことも、元はと言えば自分の与り知らぬところでおきた事件が原因なのだ。自分は被害者なのだ。
フロリーナは追い詰められた自分を鼓舞するかのように、そう自分に言い聞かす。
しかし交渉材料になる人質は逃げ出してしまった。ベルは自分たちを決して逃がさないと覚悟を決めた。───そしてケルス領には、もう戻れない。
今頃、これまで鬱憤を晴らすかのように散財してきたことを陛下直属の調査団が細部に渡って調べ上げているから。
もはや八方塞がりだった。
しかしフロリーナは、愚かであったが馬鹿ではなかった。彼女なりの保険を用意していたのだ。
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