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5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた
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「駄目だよ、ベルちゃん。今日はここにいて」
ダミアンは静かな声でそう言った。これまでで一番、切実な響きだった。
それをしっかり耳に収めたベルは、あからさまにため息を吐くと、窓枠に身を乗り出していた身体を元の姿勢を戻してダミアンと向き合った。
「駄目なのはダミアンさんです。女性の部屋に何の断りもなく入るなんて。通報されたいんですか?」
真顔で年上の男性を叱るベルを見て、ダミアンは素直に「ごめん」と頭を下げる。しかし、握った細い腕は離さない。
「……フローチェを探しに行こうとしてるんだよね?」
「違います。散歩です」
「窓から?」
「そうです。窓からです」
しれっと答えるベルにダミアンは苦笑した。
「それはちょっと無理があるよ。ベルちゃん、前科があるし」
「人を犯罪者みたいに言うのはやめてください。そもそも年頃の乙女にそんな真似をさせたのは他でもないあなた達じゃないですか」
「……いや、あれは事情が」
「あってもなくても、どっちもでも良いんです。とにかく説明不足だった責任を私に丸投げするのはやめてください」
「レンはいつもコレに付き合ってたんだ……すごい、尊敬するよ」
はははと乾いた声で笑うダミアンに、ベルは容赦無い。
「与太話はそれくらいにして、いい加減手を離してください。不快です」
「……レンなら、嬉しい?」
「今度は的外れな質問をして、こちらの動揺を誘うつもりでしたか?でも、その手には乗りませんよ」
「……いや、結構マジで知りたかったんですけど」
「どうして?」
今度はベルが被せるように問うた。
そうすればダミアンは「下世話な感情でね」と言って意味深に笑った。自分の感情を誤魔化すというよりは、本心を読まれたくない防御本能から。
そんな彼を見て、ベルは猫のように目を細めた。
「それ以外にもあるんでしょ?」
「……え、そ、それ以外にって……え?な、な、なに?」
どもるダミアンは、気の毒なほど狼狽えている。でも、ベルは質問を重ねた。
「ダミアンさんは、私とは他人じゃないんですよね?」
「……っ」
予期せぬベルの質問に不意を突かれたダミアンは、動揺を隠すことができなかった。
そして、そうだと言う代わりに逆にベルに問いかける。
「......なんで......わかったの?僕、ベルちゃんになにも話していないのに」
いたずらが見つかってしまった顔のようなバツの悪い顔をするダミアンだったけれど、その表情はどこかサプライズをする前に、気づかれてしまったような残念そうなそれ。
「そりゃあ、わかりますよ。だってダミアンさんは、ケルス領の人間でもなければ軍人でもないのに、私の周りのウロチョロしてますから。そんなの、ちょっと考えればわかります」
ベルは簡単な手品すら見破れない残念な弟を見る目でそう言った。
それから、ダミアンが口を開く前に言葉を続ける。
「でも、よかったです。ダミアンさんが私にとって他人じゃなくて」
人懐っこい笑みを浮かべたベルは変なところで言葉を切った。次いで、あっけらかんとこう言った。
「身内なら、私が少々のお転婆をしでかしても、大目に見てくれますよね。───……では、あとは身内のよしみてことで上手に誤魔化しといてください。じゃあ、行ってきまーす!」
「ベルちゃん!?」
自分が居なくなったと気付かれたら、この屋敷は大騒ぎになるだろう。
その対処を全部ダミアンに押し付けたベルは、器用にダミアンの腕を捻って拘束を解くと、ひらりと窓から飛び降りた。
ダミアンは静かな声でそう言った。これまでで一番、切実な響きだった。
それをしっかり耳に収めたベルは、あからさまにため息を吐くと、窓枠に身を乗り出していた身体を元の姿勢を戻してダミアンと向き合った。
「駄目なのはダミアンさんです。女性の部屋に何の断りもなく入るなんて。通報されたいんですか?」
真顔で年上の男性を叱るベルを見て、ダミアンは素直に「ごめん」と頭を下げる。しかし、握った細い腕は離さない。
「……フローチェを探しに行こうとしてるんだよね?」
「違います。散歩です」
「窓から?」
「そうです。窓からです」
しれっと答えるベルにダミアンは苦笑した。
「それはちょっと無理があるよ。ベルちゃん、前科があるし」
「人を犯罪者みたいに言うのはやめてください。そもそも年頃の乙女にそんな真似をさせたのは他でもないあなた達じゃないですか」
「……いや、あれは事情が」
「あってもなくても、どっちもでも良いんです。とにかく説明不足だった責任を私に丸投げするのはやめてください」
「レンはいつもコレに付き合ってたんだ……すごい、尊敬するよ」
はははと乾いた声で笑うダミアンに、ベルは容赦無い。
「与太話はそれくらいにして、いい加減手を離してください。不快です」
「……レンなら、嬉しい?」
「今度は的外れな質問をして、こちらの動揺を誘うつもりでしたか?でも、その手には乗りませんよ」
「……いや、結構マジで知りたかったんですけど」
「どうして?」
今度はベルが被せるように問うた。
そうすればダミアンは「下世話な感情でね」と言って意味深に笑った。自分の感情を誤魔化すというよりは、本心を読まれたくない防御本能から。
そんな彼を見て、ベルは猫のように目を細めた。
「それ以外にもあるんでしょ?」
「……え、そ、それ以外にって……え?な、な、なに?」
どもるダミアンは、気の毒なほど狼狽えている。でも、ベルは質問を重ねた。
「ダミアンさんは、私とは他人じゃないんですよね?」
「……っ」
予期せぬベルの質問に不意を突かれたダミアンは、動揺を隠すことができなかった。
そして、そうだと言う代わりに逆にベルに問いかける。
「......なんで......わかったの?僕、ベルちゃんになにも話していないのに」
いたずらが見つかってしまった顔のようなバツの悪い顔をするダミアンだったけれど、その表情はどこかサプライズをする前に、気づかれてしまったような残念そうなそれ。
「そりゃあ、わかりますよ。だってダミアンさんは、ケルス領の人間でもなければ軍人でもないのに、私の周りのウロチョロしてますから。そんなの、ちょっと考えればわかります」
ベルは簡単な手品すら見破れない残念な弟を見る目でそう言った。
それから、ダミアンが口を開く前に言葉を続ける。
「でも、よかったです。ダミアンさんが私にとって他人じゃなくて」
人懐っこい笑みを浮かべたベルは変なところで言葉を切った。次いで、あっけらかんとこう言った。
「身内なら、私が少々のお転婆をしでかしても、大目に見てくれますよね。───……では、あとは身内のよしみてことで上手に誤魔化しといてください。じゃあ、行ってきまーす!」
「ベルちゃん!?」
自分が居なくなったと気付かれたら、この屋敷は大騒ぎになるだろう。
その対処を全部ダミアンに押し付けたベルは、器用にダミアンの腕を捻って拘束を解くと、ひらりと窓から飛び降りた。
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