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4.女神の一本釣りと、とある軍人の涙
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気の無い返事をするフローチェに、ミランダとレネーナは眦を吊り上げる。
しかし、二人の中で打算が働いたのだろう。彼女たちは、噛みつくより情に訴えることを選んだ。
「お願いです!どうか妹に会わせてください!大切な……大切な妹なんです……」
「わたくしたち、妹が心配で心で、もうずっと眠れぬ夜を過ごしているんですっ」
眠れない夜を過ごしていると言いつつ、二人の目の下には隈など無い。
肌つやも良く、なんか記憶より二人そろって頬がちょいとばかしふっくらしている。
探していると口では言っているが、ここに向かう道中、絶対にご当地の美味しいものをたらふく食べていただろう。
(なぁーにが大切な妹だ。けったくそ悪いっ。大切なのは、自分の保身じゃん)
よくもそんな嘘が吐けるもんだと、ベルは心から呆れ果てた。と同時に、激しい苛立ちに襲われる。
それは決して一言も声にしていないが、隣にいるモーゼスに伝わったのだろう。
皺がたくさんある大きな手が、またベルの頭に乗る。そして、無言でよしよしと撫でてくれる。
……という、隣室の状況が伝わったのだろうか、ここでフローチェは眉を八の字にして口を開いた。
とても悲しげな口調で。
「ミランダさんもレネーナさんも、本当にお優しいわね。わざわざ国境近くの領地からこんな王都近くの街まで探しに来るなんて。……わたくし一人っ子だから、お二人のような妹想いの姉が欲しかったわ───……でも、ごめんなさい。貴方たちのお力にはなれそうにないわ」
ふぅっと申し訳なさそうに言い切ったフローチェは、今、義理の姉二人が話していないことまで口にした。
しかしそれは、うっかりミスではない。わざと言ったのだ。突然押しかけて来た招かれざる客を牽制するために。
しかし、ミランダとレネーナはその意図に気付いてない。
自分たちの要求が全く通らないことに対してだけ、怒りを覚えている。そして、もう目の前の女神に対して、取り繕うことを放棄した。
「ちょっと、人の妹を監禁しといて何言ってるの!?さっさとここに連れてきなさいよ!」
「そうよっ。あなた一体何様なの!? わたくしたちを馬鹿にするなんて身の程知らずもいいところだわっ」
(いや、身の程知らずは、あんたたちだ)
ベルは至極冷静に義理の姉二人に突っ込みを入れた。
そして一滴も血は繋がっていないが、同じケルス領の人間としてものすごく恥ずかしかった。
叶うことならフローチェに「うちの領民は、あんな常識ナシの大馬鹿者ばかりじゃないんです!!」と強く訴えたい。
そんなことを考えながらベルは居たたまれなさに耐え切れず、両手で顔を覆う。
と、同時に場違いなほど穏やかなフローチェの声が耳朶に響いた。
「ところでお二人の妹のお名前をわたくし伺っていないんですけど……教えていただけるかしら?」
「アルベルティナ・クラースよっ!」
そんなこと一々聞かないでよね!とでも言いたげに、レネーナは食い気味に言った。
その瞬間、フローチェは言質を貰ったと言いたげに「そう」とつぶやくと、猫のように目を細めた。次いでぽってりとした形の良い唇をゆっくりと動かした。
「あなた方が言っていた妹とは、ね」
ここで、一旦言葉を止めたフローチェはパチッと手を叩いた。
「きっとこの人のことでしょう。──── 入室を許可するわ。入りなさい」
言うが早いか、廊下に控えていたメイドの手によって扉が開く。
そして今から、お芝居でも見に行くような品の良いドレスを着た人物が、無言のまま入室した。
その人物とは─── 完璧に女装をしたラルクだった。
しかし、二人の中で打算が働いたのだろう。彼女たちは、噛みつくより情に訴えることを選んだ。
「お願いです!どうか妹に会わせてください!大切な……大切な妹なんです……」
「わたくしたち、妹が心配で心で、もうずっと眠れぬ夜を過ごしているんですっ」
眠れない夜を過ごしていると言いつつ、二人の目の下には隈など無い。
肌つやも良く、なんか記憶より二人そろって頬がちょいとばかしふっくらしている。
探していると口では言っているが、ここに向かう道中、絶対にご当地の美味しいものをたらふく食べていただろう。
(なぁーにが大切な妹だ。けったくそ悪いっ。大切なのは、自分の保身じゃん)
よくもそんな嘘が吐けるもんだと、ベルは心から呆れ果てた。と同時に、激しい苛立ちに襲われる。
それは決して一言も声にしていないが、隣にいるモーゼスに伝わったのだろう。
皺がたくさんある大きな手が、またベルの頭に乗る。そして、無言でよしよしと撫でてくれる。
……という、隣室の状況が伝わったのだろうか、ここでフローチェは眉を八の字にして口を開いた。
とても悲しげな口調で。
「ミランダさんもレネーナさんも、本当にお優しいわね。わざわざ国境近くの領地からこんな王都近くの街まで探しに来るなんて。……わたくし一人っ子だから、お二人のような妹想いの姉が欲しかったわ───……でも、ごめんなさい。貴方たちのお力にはなれそうにないわ」
ふぅっと申し訳なさそうに言い切ったフローチェは、今、義理の姉二人が話していないことまで口にした。
しかしそれは、うっかりミスではない。わざと言ったのだ。突然押しかけて来た招かれざる客を牽制するために。
しかし、ミランダとレネーナはその意図に気付いてない。
自分たちの要求が全く通らないことに対してだけ、怒りを覚えている。そして、もう目の前の女神に対して、取り繕うことを放棄した。
「ちょっと、人の妹を監禁しといて何言ってるの!?さっさとここに連れてきなさいよ!」
「そうよっ。あなた一体何様なの!? わたくしたちを馬鹿にするなんて身の程知らずもいいところだわっ」
(いや、身の程知らずは、あんたたちだ)
ベルは至極冷静に義理の姉二人に突っ込みを入れた。
そして一滴も血は繋がっていないが、同じケルス領の人間としてものすごく恥ずかしかった。
叶うことならフローチェに「うちの領民は、あんな常識ナシの大馬鹿者ばかりじゃないんです!!」と強く訴えたい。
そんなことを考えながらベルは居たたまれなさに耐え切れず、両手で顔を覆う。
と、同時に場違いなほど穏やかなフローチェの声が耳朶に響いた。
「ところでお二人の妹のお名前をわたくし伺っていないんですけど……教えていただけるかしら?」
「アルベルティナ・クラースよっ!」
そんなこと一々聞かないでよね!とでも言いたげに、レネーナは食い気味に言った。
その瞬間、フローチェは言質を貰ったと言いたげに「そう」とつぶやくと、猫のように目を細めた。次いでぽってりとした形の良い唇をゆっくりと動かした。
「あなた方が言っていた妹とは、ね」
ここで、一旦言葉を止めたフローチェはパチッと手を叩いた。
「きっとこの人のことでしょう。──── 入室を許可するわ。入りなさい」
言うが早いか、廊下に控えていたメイドの手によって扉が開く。
そして今から、お芝居でも見に行くような品の良いドレスを着た人物が、無言のまま入室した。
その人物とは─── 完璧に女装をしたラルクだった。
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