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4.女神の一本釣りと、とある軍人の涙
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ベルが語り終えたあと、部屋は重い沈黙に満たされる。
息遣いや、衣擦れの音がやけに大きく響くほどに。
「───…… つまり軍人が嘘つきじゃないことを証明しなければ、あんたは俺の質問に答える気はないってことか?」
長い沈黙の後、レンブラントは静かにベルに問いかけた。
「はい。あと、乱暴で横暴じゃないっていうことも証明してくれないと......」
もにょもにょと言葉尻を濁すベルに、レンブラントはふっと笑いながら手を伸ばす。
「わかった。なら、答えを急くことはしばらく止めるとしよう」
ぽんぽんと子供をあやすようにベルの頭を叩くレンブラントは、何かしらの名案を閃いたような顔つきだった。
しかし、ベルの表情は浮かない。憂いているというよりは、拗ねた顔になっている。
「......そんなことできるわけないのに」
「なあに、そんなもんやってみなくっちゃわからない」
くるりとベルに目を向けるレンブラントは、とてもご機嫌なご様子だった。
でも、しっかりベルにクギを指すことは忘れない。
「良いか、ベル。絶対に今の言葉を忘れるなよ。俺はあんたの軍人嫌いを払拭してやる。だから、しっかり俺の言った言葉がどんな意味だったのか考えるんだ───......ってことで、俺は少し出掛ける。あんたは、しばらくの間ここで養生するんだ」
軽く膝を叩いて勢い良く立ち上がったレンブラントは、さっさと扉に向かおうとする。
だがベルは、そんな彼の腕を掴んで引き留めた。
「ちょっと待った!こんなところで、ダラダラ過ごす気はありません。私は早く王都に行きたいんです!!」
強い訴えを受けたレンブラントは眉間に皺を寄せた。
ベルの手をほどくことはしないが、聞き入れる気は無いようだ。
「あのなぁ……”こんなところ”っていう部分には同感だが、後半は却下だ。あんたは熱がある。この前の傷だって癒えていない。しばらく大人しくしてろ」
「熱なんてほっとけば下がりますし、傷だってあなたと違って、私のは放置しとけば大丈夫です。それに馬車の中で座っているだけなんですから」
「あのなぁ」
二度目の「あのなぁ」は更に呆れた口調だったが、レンブラントはとても怖い顔をしていた。
「何がほっとけば良いだ。あんた、どれだけ重症かわかっているのか?これ以上戯れ言を口にするなら、鍵付きの病室で隔離するぞ」
「……っ」
控えめに言って、レンブラントは本気だった。ベルは不覚にもビクリと身を竦ませた。
それを見たレンブラントは、己の腕に握られている小さな手を一旦振り払うと膝を折り、その手の持ち主に目を合わせた。
「要はレイカールトン侯爵と早く会いたいってことだろう?」
「……まぁ、そうとも言います」
「ははっ。なら、心配するな。俺が連れて来てやる」
「なんですって?!」
「そんなに驚くことか?向こうだってあんたに早く会いたいだろうし、動ける侯爵さんがこっちに来てくれた方が時間短縮にもなる」
「効率重視過ぎませんか?!」
「ベル、忘れたのか?軍人は総じてせっかちな生き物なんだ」
「……そんなぁ」
立場を弁えないレンブラントの発言に、ベルは顔を両手で覆った。そして強い眩暈を覚えて、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「ベル、寝るなら着替えてからにしろよ」
「無理……絶対に無理。っていうか、お貴族様を呼びつけるなんてあり得ない、無理。それに……レイカールトン侯爵の機嫌を損ねたら……私」
「安心しろ。そんなことで侯爵さんが怒るわけ無いだろう」
不安要素しか無いというのに、レンブラントの言葉は確固たる何かを得ているかのようだった。
「……でも」
「良いから大人しくしておけ」
乱れた毛布をベルに掛け直しながら、レンブラントはこれで話は終わりだと言いたげに今度こそ扉へと向かう。
ものすごく言いくるめられた感があるベルだが、さんざん騒いでしまった結果、更に熱が上がりそのままくたりと目を閉じてしまった。
息遣いや、衣擦れの音がやけに大きく響くほどに。
「───…… つまり軍人が嘘つきじゃないことを証明しなければ、あんたは俺の質問に答える気はないってことか?」
長い沈黙の後、レンブラントは静かにベルに問いかけた。
「はい。あと、乱暴で横暴じゃないっていうことも証明してくれないと......」
もにょもにょと言葉尻を濁すベルに、レンブラントはふっと笑いながら手を伸ばす。
「わかった。なら、答えを急くことはしばらく止めるとしよう」
ぽんぽんと子供をあやすようにベルの頭を叩くレンブラントは、何かしらの名案を閃いたような顔つきだった。
しかし、ベルの表情は浮かない。憂いているというよりは、拗ねた顔になっている。
「......そんなことできるわけないのに」
「なあに、そんなもんやってみなくっちゃわからない」
くるりとベルに目を向けるレンブラントは、とてもご機嫌なご様子だった。
でも、しっかりベルにクギを指すことは忘れない。
「良いか、ベル。絶対に今の言葉を忘れるなよ。俺はあんたの軍人嫌いを払拭してやる。だから、しっかり俺の言った言葉がどんな意味だったのか考えるんだ───......ってことで、俺は少し出掛ける。あんたは、しばらくの間ここで養生するんだ」
軽く膝を叩いて勢い良く立ち上がったレンブラントは、さっさと扉に向かおうとする。
だがベルは、そんな彼の腕を掴んで引き留めた。
「ちょっと待った!こんなところで、ダラダラ過ごす気はありません。私は早く王都に行きたいんです!!」
強い訴えを受けたレンブラントは眉間に皺を寄せた。
ベルの手をほどくことはしないが、聞き入れる気は無いようだ。
「あのなぁ……”こんなところ”っていう部分には同感だが、後半は却下だ。あんたは熱がある。この前の傷だって癒えていない。しばらく大人しくしてろ」
「熱なんてほっとけば下がりますし、傷だってあなたと違って、私のは放置しとけば大丈夫です。それに馬車の中で座っているだけなんですから」
「あのなぁ」
二度目の「あのなぁ」は更に呆れた口調だったが、レンブラントはとても怖い顔をしていた。
「何がほっとけば良いだ。あんた、どれだけ重症かわかっているのか?これ以上戯れ言を口にするなら、鍵付きの病室で隔離するぞ」
「……っ」
控えめに言って、レンブラントは本気だった。ベルは不覚にもビクリと身を竦ませた。
それを見たレンブラントは、己の腕に握られている小さな手を一旦振り払うと膝を折り、その手の持ち主に目を合わせた。
「要はレイカールトン侯爵と早く会いたいってことだろう?」
「……まぁ、そうとも言います」
「ははっ。なら、心配するな。俺が連れて来てやる」
「なんですって?!」
「そんなに驚くことか?向こうだってあんたに早く会いたいだろうし、動ける侯爵さんがこっちに来てくれた方が時間短縮にもなる」
「効率重視過ぎませんか?!」
「ベル、忘れたのか?軍人は総じてせっかちな生き物なんだ」
「……そんなぁ」
立場を弁えないレンブラントの発言に、ベルは顔を両手で覆った。そして強い眩暈を覚えて、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「ベル、寝るなら着替えてからにしろよ」
「無理……絶対に無理。っていうか、お貴族様を呼びつけるなんてあり得ない、無理。それに……レイカールトン侯爵の機嫌を損ねたら……私」
「安心しろ。そんなことで侯爵さんが怒るわけ無いだろう」
不安要素しか無いというのに、レンブラントの言葉は確固たる何かを得ているかのようだった。
「……でも」
「良いから大人しくしておけ」
乱れた毛布をベルに掛け直しながら、レンブラントはこれで話は終わりだと言いたげに今度こそ扉へと向かう。
ものすごく言いくるめられた感があるベルだが、さんざん騒いでしまった結果、更に熱が上がりそのままくたりと目を閉じてしまった。
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