62 / 117
4.女神の一本釣りと、とある軍人の涙
3
しおりを挟む
先ほどまで未知なる生物ことフローチェに翻弄され、狼狽えていたベルだが、今度は居心地悪さまで追加されてしまった。
この部屋には、現在進行形でベルとレンブラントの二人しかいない。
そんな中、今頃になって思い出してしまったのだ。
色々なことが起こりすぎてしまったせいですっかり忘れていたが、自分はこの男と口付けなるものをしてしまったことを。
無論、あれは騒ぐ自分を黙らせたかった最終手段に過ぎない。
だがしかし、唇と唇を合わせるという行為をしたことは間違いなく、悔しいがあれがベルにとって初めてのものだった。
(まぁ。私は初めてだったけれど、あの人はそうじゃないだろうな。手慣れていたし。年上だし)
そんなことを思いながら、自分の唇を奪った不埒な男をチラ見する。
不埒な男ことレンブラントは、ぴったりと閉じられた扉に視線を固定して、長い前髪をかき上げながら何か聞き取れない言葉をブツブツと呟いている。
その表情には怒りや苛立ちは無く、何かを取り繕うために必死に自分の気持ちを落ち着かせているように見えた。
(彼もきっと居心地が悪いのだろう。しゃーない、ここは私が大人になってあげるか)
ベルは小さく咳払いをしてから、口を開いた。
「まさかとは思いますが……、森の中での接触行為について気まずさを覚えているなら、気にしないで良いですよ」
「は?」
言われて傷付くくらいなら、いっそ自分から言ってしまおうという思いで口にしたけれど、レンブラントは「何言っているんだ?」という表情を浮かべた。
どうやらこの軍人は、自分とキスしたことなど、どうでも良いことだったようだ。「責任を取ってやるとか」言っていたくせに。なんなんだ。
ただそんな不満よりも、自分だけが動揺していたのを知り、ベルは一瞬できまりが悪くなってしまった。
さりとて、この変な空気を一瞬で変えることができる話題も話術も持ち合わせていない。
ベルは動かない頭を必死に働かせながら、カラッカラに乾いてしまった喉を叱咤するように咳ばらいをして、当たり障りの無い会話をすることを選んだ。
「あのう、傷……大丈夫ですか?」
「傷?」
なぜか全て疑問形で返されることに、ベルは思わず「出て行け」と怒鳴りたくなる。
しかし口から出た言葉は、違うものだった。
「いや……だって、まだ3日しか経っていないのに、動き回って良いのかって思って。余計なお世話かもしれませんが、ちょっとは休んだらどうですか?」
「あー……大丈夫だ」
気のない返事をされ、ベルは完全に心が折れた。
そして不貞腐れたベルは、もう何を言われても聞かれても全部無視してやると心に堅く誓い、毛布を鼻まで引っ張り上げて目を閉じる。
「……寝るのか?」
(黙れ)
「ベル、寝てしまったのか?」
(さすがに秒で寝れるわけないじゃん。馬鹿なの?……あ、失礼。この人馬鹿だった)
「仕方が無いな」
(は? 何が仕方が無いの? 妙に上から目線のソレ、むかつく)
レンブラントの独り言に対して、ベルはぐぐぐっと毛布を握りしめながら心の中で答えていた。
しかし、次の言葉は無視することができなかった。
「ま、眠っているなら俺が着替えさせるか」
「何を言ってるんですか?!」
ガバッと毛布を跳ね除けながら、半身を起こしたベルにレンブラントは心底驚いた顔をした。
「なんだ、起きていたのか。まぁ良い、寝てろ。あんたの寝間着は、俺が着替えさせておくから」
「なに戯けたことを言ってるんですか!?ド変態軍人さん。寝言は寝てから言ってください。あと、自分で着替えますから、今すぐ出て行って下さい」
「それは無理だな」
「……なっ」
あっさりとベルの要求を却下したレンブラントは、カツカツと靴音を響かせながらベッドの前で膝を付いた。
この部屋には、現在進行形でベルとレンブラントの二人しかいない。
そんな中、今頃になって思い出してしまったのだ。
色々なことが起こりすぎてしまったせいですっかり忘れていたが、自分はこの男と口付けなるものをしてしまったことを。
無論、あれは騒ぐ自分を黙らせたかった最終手段に過ぎない。
だがしかし、唇と唇を合わせるという行為をしたことは間違いなく、悔しいがあれがベルにとって初めてのものだった。
(まぁ。私は初めてだったけれど、あの人はそうじゃないだろうな。手慣れていたし。年上だし)
そんなことを思いながら、自分の唇を奪った不埒な男をチラ見する。
不埒な男ことレンブラントは、ぴったりと閉じられた扉に視線を固定して、長い前髪をかき上げながら何か聞き取れない言葉をブツブツと呟いている。
その表情には怒りや苛立ちは無く、何かを取り繕うために必死に自分の気持ちを落ち着かせているように見えた。
(彼もきっと居心地が悪いのだろう。しゃーない、ここは私が大人になってあげるか)
ベルは小さく咳払いをしてから、口を開いた。
「まさかとは思いますが……、森の中での接触行為について気まずさを覚えているなら、気にしないで良いですよ」
「は?」
言われて傷付くくらいなら、いっそ自分から言ってしまおうという思いで口にしたけれど、レンブラントは「何言っているんだ?」という表情を浮かべた。
どうやらこの軍人は、自分とキスしたことなど、どうでも良いことだったようだ。「責任を取ってやるとか」言っていたくせに。なんなんだ。
ただそんな不満よりも、自分だけが動揺していたのを知り、ベルは一瞬できまりが悪くなってしまった。
さりとて、この変な空気を一瞬で変えることができる話題も話術も持ち合わせていない。
ベルは動かない頭を必死に働かせながら、カラッカラに乾いてしまった喉を叱咤するように咳ばらいをして、当たり障りの無い会話をすることを選んだ。
「あのう、傷……大丈夫ですか?」
「傷?」
なぜか全て疑問形で返されることに、ベルは思わず「出て行け」と怒鳴りたくなる。
しかし口から出た言葉は、違うものだった。
「いや……だって、まだ3日しか経っていないのに、動き回って良いのかって思って。余計なお世話かもしれませんが、ちょっとは休んだらどうですか?」
「あー……大丈夫だ」
気のない返事をされ、ベルは完全に心が折れた。
そして不貞腐れたベルは、もう何を言われても聞かれても全部無視してやると心に堅く誓い、毛布を鼻まで引っ張り上げて目を閉じる。
「……寝るのか?」
(黙れ)
「ベル、寝てしまったのか?」
(さすがに秒で寝れるわけないじゃん。馬鹿なの?……あ、失礼。この人馬鹿だった)
「仕方が無いな」
(は? 何が仕方が無いの? 妙に上から目線のソレ、むかつく)
レンブラントの独り言に対して、ベルはぐぐぐっと毛布を握りしめながら心の中で答えていた。
しかし、次の言葉は無視することができなかった。
「ま、眠っているなら俺が着替えさせるか」
「何を言ってるんですか?!」
ガバッと毛布を跳ね除けながら、半身を起こしたベルにレンブラントは心底驚いた顔をした。
「なんだ、起きていたのか。まぁ良い、寝てろ。あんたの寝間着は、俺が着替えさせておくから」
「なに戯けたことを言ってるんですか!?ド変態軍人さん。寝言は寝てから言ってください。あと、自分で着替えますから、今すぐ出て行って下さい」
「それは無理だな」
「……なっ」
あっさりとベルの要求を却下したレンブラントは、カツカツと靴音を響かせながらベッドの前で膝を付いた。
1
お気に入りに追加
985
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です

【完結】好きになったら命懸けです。どうか私をお嫁さんにして下さいませ〜!
金峯蓮華
恋愛
公爵令嬢のシャーロットはデビュタントの日に一目惚れをしてしまった。
あの方は誰なんだろう? 私、あの方と結婚したい!
理想ドンピシャのあの方と結婚したい。
無鉄砲な天然美少女シャーロットの恋のお話。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる