美形軍人に連行された少女の末路 ~辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か!?~

当麻月菜

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3.毒舌少女は捨てたいソレを手放せない

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 ─── ドクン。

 二度目に心臓が跳ねた時には、もうベルはレンブラントに背を向けて走り出していた。

 行き先は決めていない。ただ闇雲に走る。

 とにかく距離を置きたかった。レンブラントから離れれば離れるだけ、彼が傷を負わなくて済むと信じて。

 ベルはレンブラントのことが嫌いだ。

 強引だし、口は悪いし、一言多いし、なんと言っても軍人だし。良いところなんて一つもない。人の服を脱がす変態だし、嫌だと言っても全然聞く耳を持ってくれないし。痛いと呻く自分を嬉しそうに見つめるサディストだし。

 それに、ごつごつした節ばった手は無駄に暖かくて、触れる指先はどこまでも優しくて。その温もりを居心地が良いと思わせるところが腹が立つ。

 あの大きな身体に包まれてしまうと、何だか自分がとても弱い人間になってしまったような錯覚にさえ陥ってしまうのだ。

 だから、レンブラントのことなんて嫌いだ。大っ嫌いだ。

 彼が怪我を負って動けなくなって百万が一、死んでしまったら、もっともっともぉーっと嫌いになる。そんなの嫌だ。

 
 ───父親を失ってから、ベルを取り巻く世界には優しさが消えてしまった。
 でも再び、この世界で優しさを分け与えてくれたのは、レンブラントだった。

 継母から何もかも奪われたベルには、失うものなど無かった。たった一つの望み以外は。

 何も持っていない自分が何かを成し遂げようとするなら、薄情にならなければならなかった。自分の命でさえ、執着することを放棄しなければならなかった。

 痛みに鈍くならなければならなかった。
 心を殺さなければならなかった。

 たった一つの願い以外は、切り捨てなければならなかった。

 だから目的を達成するためには、レンブラントを都合良く盾にしなければならない。幸いなことに彼は、そうなることを望んでいる。

【ベル様、どうかご自身がその時と思われた際には、我々のことは捨て置いてください】

 師匠の言葉が不意に脳裏をかすめる。

 まるでこんな行動を取っている自分を責め立てるように。

 でもやっぱり、手放せない。守りたいという想いを。傷ついて欲しくないという願いうを。


「ベル、待て!!」

 カミナリより大きな声が背後から聞こえてくる。

 ベルはそれを振り切るように走る。
バチャバチャと枯れ葉と泥が混ざった地面は走りにくいことこの上ない。でも、無理矢理足を動かす。  

 けれども、ベルの願いは神様の元には届かなかった。

「いい加減にしろ!」

 怒声とともに身体全部が、太い腕に捕まってしまった。

「離してっ」
「馬鹿野郎!なに勝手なことをしてくれるんだっ」
「うるさいっ。嫌だ!!」
「黙れっ、誰が離すものか!!」

 渾身の力で暴れても、その何倍もの強い力で抱きしめ返される。

 たくましい腕。広くて厚い胸板。氷のように冷たい雨に濡れても、布越しに彼の体温が伝わってくる。それは彼が持つ命の強さの証。

(ああ……大丈夫。レンブラントはどんなことがあっても、死なない)

 そう確信を持てたけれど、ベルは安堵するどころか何一つ思い通りにいかなくて─── 我知らず、瞳の端に涙を浮かべてしまっていた。
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