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2.他称ロリコン軍人は不遇な毒舌少女を癒したい
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「……あ、あった」
人の流れが途切れた隙間から、ベルがお目当てとする屋台が顔を出した。
カウンターには”飲み過ぎにはコレ!” ”消化不良のお助け茶あります!” ”長旅に疲れた足に効きます!”と、手書きの広告が貼られている。
そして品揃えも豊富で、屋台の内側にも沢山の薬草がぶら下がっている。これなら間違いなく湿布薬も扱っているだろう。
ただし店主は、いそいそと店じまいの準備をしていた。
カウンターの外側には一人の男がいて、店主と談笑している。店主が手を止めていないということは、客じゃなさそうだ。多分この後すぐに、この二人は夕食を共にするようだ。
(でもラルクを待たせるのは悪いよなぁ)
肉、肉、肉、肉、肉、と取りつかれたように呟きながら、屋台に駆け出して行ったラルクは真の肉好き青年だ。
自分がもたもたしているせいで、売り切れになったらさぞや嘆くだろう。日々の食事に事欠く生活を余儀なくされていたベルは、ひもじさがどれだけ辛いか知っている。
しかし店主が広告の紙を剥がした瞬間、ベルの足が自然に止まった。
もう迷っている暇はなかった。「すぐに戻ります」とロヴィーに言い捨てて、湿布を買いに駆けだした。
「───え? お待ちください!」
もちろんロヴィーとマースはぎょっとして、ベルの後を追う。
けれどベルの足は思いのほか速かった。そして、再び人が流れ始めてしまい、ベルの姿を隠してしまう。
見失ったのは、ものの数秒。
けれどロヴィー達が人混みをかき分けた先には、ベルの姿はなかった。
***
乱暴に口をふさがれ、荷物のように持ち上げられた。
そこまではベルは覚えている。けれど大きな籠に詰められ、蓋を締められてしまえば、視界は真っ暗になる。
そして土地勘の無い場所で、視界を閉ざされた状態で運ばれてしまえば、自分がどこにいるのかさっぱりわからない。
ただそんな状況でも、わかるものもある。
自分がどこかに連れ去られたこと。
連れ去った相手はかなりの手練れということ。
そんな手練れを雇うことができる人物は誰か─── ベルが思い当たるのは一人しかいなくて。
そしてベルは危惧していたことが現実となったことを、否が応でも受け入れなければならなかった。
運ばれていた時間は、そう長くはなかった。
馬車より激しく揺さぶられることに苛立ちを覚えて、5回舌打ちした途端に夕日が視界に飛び込んで来た。
眩しさに目を細めたのは一瞬で、すぐに強い衝撃を覚える。
少し遅れて、自分を連れ去った男が蓋が取れた籠をひっくり返したのだとわかった。
(───……まったく随分な扱いだ)
ベルは父親であるラドバウトが死んでから、数々の虐待を受けた。
殴る蹴るという暴力を始め、言葉の暴力や、過酷な労働の強制。高価な私物は取り上げられ、価値の無いものは捨てられた。
でも、籠を逆さまにして、地面に落とされるという経験は初めてだった。
物のように扱われることは、痛みよりも惨めさの方が強い。
だが無様に地面にはいつくばっているのは更に惨めだと思い、手を付いて立ち上がろうとする。けれど背中に衝撃を覚え、立ち上がることができなかった。
強い力で背中を圧迫されて、かふっと変な息が漏れる。自分の声じゃないみたいだと、ベルは頭の隅でふと思う。
それはまだベルに余裕がある証拠。でも、すぐに顔を引きつらせることになる。
「ようベル。お前、随分いい身なりをしているじゃないか。探すのに手間取ったぞ」
ベルを見下しながら悍ましい笑みを浮かべた男は、ベルの義理の姉の婚約者。絶賛ケルス領で汚職の協力に励んでいる─── クルトだった。
人の流れが途切れた隙間から、ベルがお目当てとする屋台が顔を出した。
カウンターには”飲み過ぎにはコレ!” ”消化不良のお助け茶あります!” ”長旅に疲れた足に効きます!”と、手書きの広告が貼られている。
そして品揃えも豊富で、屋台の内側にも沢山の薬草がぶら下がっている。これなら間違いなく湿布薬も扱っているだろう。
ただし店主は、いそいそと店じまいの準備をしていた。
カウンターの外側には一人の男がいて、店主と談笑している。店主が手を止めていないということは、客じゃなさそうだ。多分この後すぐに、この二人は夕食を共にするようだ。
(でもラルクを待たせるのは悪いよなぁ)
肉、肉、肉、肉、肉、と取りつかれたように呟きながら、屋台に駆け出して行ったラルクは真の肉好き青年だ。
自分がもたもたしているせいで、売り切れになったらさぞや嘆くだろう。日々の食事に事欠く生活を余儀なくされていたベルは、ひもじさがどれだけ辛いか知っている。
しかし店主が広告の紙を剥がした瞬間、ベルの足が自然に止まった。
もう迷っている暇はなかった。「すぐに戻ります」とロヴィーに言い捨てて、湿布を買いに駆けだした。
「───え? お待ちください!」
もちろんロヴィーとマースはぎょっとして、ベルの後を追う。
けれどベルの足は思いのほか速かった。そして、再び人が流れ始めてしまい、ベルの姿を隠してしまう。
見失ったのは、ものの数秒。
けれどロヴィー達が人混みをかき分けた先には、ベルの姿はなかった。
***
乱暴に口をふさがれ、荷物のように持ち上げられた。
そこまではベルは覚えている。けれど大きな籠に詰められ、蓋を締められてしまえば、視界は真っ暗になる。
そして土地勘の無い場所で、視界を閉ざされた状態で運ばれてしまえば、自分がどこにいるのかさっぱりわからない。
ただそんな状況でも、わかるものもある。
自分がどこかに連れ去られたこと。
連れ去った相手はかなりの手練れということ。
そんな手練れを雇うことができる人物は誰か─── ベルが思い当たるのは一人しかいなくて。
そしてベルは危惧していたことが現実となったことを、否が応でも受け入れなければならなかった。
運ばれていた時間は、そう長くはなかった。
馬車より激しく揺さぶられることに苛立ちを覚えて、5回舌打ちした途端に夕日が視界に飛び込んで来た。
眩しさに目を細めたのは一瞬で、すぐに強い衝撃を覚える。
少し遅れて、自分を連れ去った男が蓋が取れた籠をひっくり返したのだとわかった。
(───……まったく随分な扱いだ)
ベルは父親であるラドバウトが死んでから、数々の虐待を受けた。
殴る蹴るという暴力を始め、言葉の暴力や、過酷な労働の強制。高価な私物は取り上げられ、価値の無いものは捨てられた。
でも、籠を逆さまにして、地面に落とされるという経験は初めてだった。
物のように扱われることは、痛みよりも惨めさの方が強い。
だが無様に地面にはいつくばっているのは更に惨めだと思い、手を付いて立ち上がろうとする。けれど背中に衝撃を覚え、立ち上がることができなかった。
強い力で背中を圧迫されて、かふっと変な息が漏れる。自分の声じゃないみたいだと、ベルは頭の隅でふと思う。
それはまだベルに余裕がある証拠。でも、すぐに顔を引きつらせることになる。
「ようベル。お前、随分いい身なりをしているじゃないか。探すのに手間取ったぞ」
ベルを見下しながら悍ましい笑みを浮かべた男は、ベルの義理の姉の婚約者。絶賛ケルス領で汚職の協力に励んでいる─── クルトだった。
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