29 / 117
2.他称ロリコン軍人は不遇な毒舌少女を癒したい
10
しおりを挟む
「……あ、あった」
人の流れが途切れた隙間から、ベルがお目当てとする屋台が顔を出した。
カウンターには”飲み過ぎにはコレ!” ”消化不良のお助け茶あります!” ”長旅に疲れた足に効きます!”と、手書きの広告が貼られている。
そして品揃えも豊富で、屋台の内側にも沢山の薬草がぶら下がっている。これなら間違いなく湿布薬も扱っているだろう。
ただし店主は、いそいそと店じまいの準備をしていた。
カウンターの外側には一人の男がいて、店主と談笑している。店主が手を止めていないということは、客じゃなさそうだ。多分この後すぐに、この二人は夕食を共にするようだ。
(でもラルクを待たせるのは悪いよなぁ)
肉、肉、肉、肉、肉、と取りつかれたように呟きながら、屋台に駆け出して行ったラルクは真の肉好き青年だ。
自分がもたもたしているせいで、売り切れになったらさぞや嘆くだろう。日々の食事に事欠く生活を余儀なくされていたベルは、ひもじさがどれだけ辛いか知っている。
しかし店主が広告の紙を剥がした瞬間、ベルの足が自然に止まった。
もう迷っている暇はなかった。「すぐに戻ります」とロヴィーに言い捨てて、湿布を買いに駆けだした。
「───え? お待ちください!」
もちろんロヴィーとマースはぎょっとして、ベルの後を追う。
けれどベルの足は思いのほか速かった。そして、再び人が流れ始めてしまい、ベルの姿を隠してしまう。
見失ったのは、ものの数秒。
けれどロヴィー達が人混みをかき分けた先には、ベルの姿はなかった。
***
乱暴に口をふさがれ、荷物のように持ち上げられた。
そこまではベルは覚えている。けれど大きな籠に詰められ、蓋を締められてしまえば、視界は真っ暗になる。
そして土地勘の無い場所で、視界を閉ざされた状態で運ばれてしまえば、自分がどこにいるのかさっぱりわからない。
ただそんな状況でも、わかるものもある。
自分がどこかに連れ去られたこと。
連れ去った相手はかなりの手練れということ。
そんな手練れを雇うことができる人物は誰か─── ベルが思い当たるのは一人しかいなくて。
そしてベルは危惧していたことが現実となったことを、否が応でも受け入れなければならなかった。
運ばれていた時間は、そう長くはなかった。
馬車より激しく揺さぶられることに苛立ちを覚えて、5回舌打ちした途端に夕日が視界に飛び込んで来た。
眩しさに目を細めたのは一瞬で、すぐに強い衝撃を覚える。
少し遅れて、自分を連れ去った男が蓋が取れた籠をひっくり返したのだとわかった。
(───……まったく随分な扱いだ)
ベルは父親であるラドバウトが死んでから、数々の虐待を受けた。
殴る蹴るという暴力を始め、言葉の暴力や、過酷な労働の強制。高価な私物は取り上げられ、価値の無いものは捨てられた。
でも、籠を逆さまにして、地面に落とされるという経験は初めてだった。
物のように扱われることは、痛みよりも惨めさの方が強い。
だが無様に地面にはいつくばっているのは更に惨めだと思い、手を付いて立ち上がろうとする。けれど背中に衝撃を覚え、立ち上がることができなかった。
強い力で背中を圧迫されて、かふっと変な息が漏れる。自分の声じゃないみたいだと、ベルは頭の隅でふと思う。
それはまだベルに余裕がある証拠。でも、すぐに顔を引きつらせることになる。
「ようベル。お前、随分いい身なりをしているじゃないか。探すのに手間取ったぞ」
ベルを見下しながら悍ましい笑みを浮かべた男は、ベルの義理の姉の婚約者。絶賛ケルス領で汚職の協力に励んでいる─── クルトだった。
人の流れが途切れた隙間から、ベルがお目当てとする屋台が顔を出した。
カウンターには”飲み過ぎにはコレ!” ”消化不良のお助け茶あります!” ”長旅に疲れた足に効きます!”と、手書きの広告が貼られている。
そして品揃えも豊富で、屋台の内側にも沢山の薬草がぶら下がっている。これなら間違いなく湿布薬も扱っているだろう。
ただし店主は、いそいそと店じまいの準備をしていた。
カウンターの外側には一人の男がいて、店主と談笑している。店主が手を止めていないということは、客じゃなさそうだ。多分この後すぐに、この二人は夕食を共にするようだ。
(でもラルクを待たせるのは悪いよなぁ)
肉、肉、肉、肉、肉、と取りつかれたように呟きながら、屋台に駆け出して行ったラルクは真の肉好き青年だ。
自分がもたもたしているせいで、売り切れになったらさぞや嘆くだろう。日々の食事に事欠く生活を余儀なくされていたベルは、ひもじさがどれだけ辛いか知っている。
しかし店主が広告の紙を剥がした瞬間、ベルの足が自然に止まった。
もう迷っている暇はなかった。「すぐに戻ります」とロヴィーに言い捨てて、湿布を買いに駆けだした。
「───え? お待ちください!」
もちろんロヴィーとマースはぎょっとして、ベルの後を追う。
けれどベルの足は思いのほか速かった。そして、再び人が流れ始めてしまい、ベルの姿を隠してしまう。
見失ったのは、ものの数秒。
けれどロヴィー達が人混みをかき分けた先には、ベルの姿はなかった。
***
乱暴に口をふさがれ、荷物のように持ち上げられた。
そこまではベルは覚えている。けれど大きな籠に詰められ、蓋を締められてしまえば、視界は真っ暗になる。
そして土地勘の無い場所で、視界を閉ざされた状態で運ばれてしまえば、自分がどこにいるのかさっぱりわからない。
ただそんな状況でも、わかるものもある。
自分がどこかに連れ去られたこと。
連れ去った相手はかなりの手練れということ。
そんな手練れを雇うことができる人物は誰か─── ベルが思い当たるのは一人しかいなくて。
そしてベルは危惧していたことが現実となったことを、否が応でも受け入れなければならなかった。
運ばれていた時間は、そう長くはなかった。
馬車より激しく揺さぶられることに苛立ちを覚えて、5回舌打ちした途端に夕日が視界に飛び込んで来た。
眩しさに目を細めたのは一瞬で、すぐに強い衝撃を覚える。
少し遅れて、自分を連れ去った男が蓋が取れた籠をひっくり返したのだとわかった。
(───……まったく随分な扱いだ)
ベルは父親であるラドバウトが死んでから、数々の虐待を受けた。
殴る蹴るという暴力を始め、言葉の暴力や、過酷な労働の強制。高価な私物は取り上げられ、価値の無いものは捨てられた。
でも、籠を逆さまにして、地面に落とされるという経験は初めてだった。
物のように扱われることは、痛みよりも惨めさの方が強い。
だが無様に地面にはいつくばっているのは更に惨めだと思い、手を付いて立ち上がろうとする。けれど背中に衝撃を覚え、立ち上がることができなかった。
強い力で背中を圧迫されて、かふっと変な息が漏れる。自分の声じゃないみたいだと、ベルは頭の隅でふと思う。
それはまだベルに余裕がある証拠。でも、すぐに顔を引きつらせることになる。
「ようベル。お前、随分いい身なりをしているじゃないか。探すのに手間取ったぞ」
ベルを見下しながら悍ましい笑みを浮かべた男は、ベルの義理の姉の婚約者。絶賛ケルス領で汚職の協力に励んでいる─── クルトだった。
1
お気に入りに追加
984
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない
当麻月菜
恋愛
人が持つ記憶や、叶えられなかった願いや祈りをそっくりそのまま他人の心に伝えることができる不思議な術を使うアネモネは、一人立ちしてまだ1年とちょっとの新米紡織師。
今回のお仕事は、とある事情でややこしい家庭で生まれ育った侯爵家当主であるアニスに、お祖父様の記憶を届けること。
けれどアニスはそれを拒み、遠路はるばるやって来たアネモネを屋敷から摘み出す始末。
途方に暮れるアネモネだけれど、ひょんなことからアニスの護衛騎士ソレールに拾われ、これまた成り行きで彼の家に居候させてもらうことに。
同じ時間を共有する二人は、ごく自然に惹かれていく。けれど互いに伝えることができない秘密を抱えているせいで、あと一歩が踏み出せなくて……。
これは新米紡織師のアネモネが、お仕事を通してちょっとだけ落ち込んだり、成長したりするお話。
あるいは期間限定の泡沫のような恋のおはなし。
※小説家になろう様にも、重複投稿しています。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)

婚約破棄をされて魔導図書館の運営からも外されたのに今さら私が協力すると思っているんですか?絶対に協力なんてしませんよ!
しまうま弁当
恋愛
ユーゲルス公爵家の跡取りベルタスとの婚約していたメルティだったが、婚約者のベルタスから突然の婚約破棄を突き付けられたのだった。しかもベルタスと一緒に現れた同級生のミーシャに正妻の座に加えて魔導司書の座まで奪われてしまう。罵声を浴びせられ罪まで擦り付けられたメルティは婚約破棄を受け入れ公爵家を去る事にしたのでした。メルティがいなくなって大喜びしていたベルタスとミーシャであったが魔導図書館の設立をしなければならなくなり、それに伴いどんどん歯車が狂っていく。ベルタスとミーシャはメルティがいなくなったツケをドンドン支払わなければならなくなるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる