美形軍人に連行された少女の末路 ~辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か!?~

当麻月菜

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2.他称ロリコン軍人は不遇な毒舌少女を癒したい

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 メオテール国に多数砦が点在しているとて、ベルの移動先にいつも宿屋代わりのそれが都合よくそれがあるわけではない。

 それに男だけならまだしも、大切な護衛対象を連れている状態で野宿などできるわけがない。

 だから本日はセキュリティ面でも安全で、かつベルの体調も考慮して上流階級が使用する宿を利用することになった。

 これはレンブラント達の気遣いである。嫌がらせなど欠片も無い。

 ……そのことにはさすがのベルだって気づいているが、表情は浮かなかった。いや、落ち込んでいるというよりは、何かに警戒してそわそわと落ち着きがなかった。



「ベルさん、市場が気になりますか?」

 宿屋の敷地内に到着して、馬車置き場から正面玄関に向かう途中にロヴィーからそう言葉を掛けられ、ベルは曖昧に笑った。

「失敬。そりゃあ、気になりますよね、これだけ賑わっていたら。それにいい匂いもしますしね」

 挙動不審な態度を、抑えきれない好奇心と受け止めて貰えたのはとても有難かった。

 ここは街道沿いのイマナという小さな町。

 王都へ向かう人たちが利用する宿が点在しており、この規模としてはかなり賑わっている。商人たちもここを利用するせいなのか、小規模ではあるが市場もある。

 ベル達が利用する宿屋は、町の中央から少し離れたところ。でも、ここにいても色とりどりの天幕が見えるし、食欲をそそる肉の焼ける匂いも漂ってくる。

 その香りがあまりにもかぐわしくて、はしたなくもベルのお腹がぐーとなった。すぐさま、軽い笑いが頭上から降ってきた。

「よし!せっかくですから、ちょっと見に行きましょう」
「え?や、それは」
「お肉、気になりませんか?」
「……なります」

 ちょっとだけ躊躇って、でもベルは素直に認めた。肉汁とタレが混ざった香りまで追加されたのが決定打だった。

 でもベルは行きたいとは言わない。内心、ものすごく肉を食べたいけれど。

 ただ傍にいるロヴィーは、それを遠慮ととらえてしまう。

「ご安心ください。隊長には私から許可を取ってきます。それに、せっかくだからラルクやマース達も誘いましょう。ベルさんを護衛できる人数が多い方が安全ですし」
「─── おー!肉!?行くっ行くっ行くっ、俺、絶対行くからな!」

 にこにこと笑ってそう提案するロヴィーの声を聞いて、馬車の荷物を下ろし終えたラルクが駆け寄ってきた。

 少し遅れてマースとモーゼスもこちらに向かってくる。二人とも声を出すことはしないが、その表情はベルを誘っているそれ。

 すっかり打ち解けたレンブラントの部下達は、ベルにとても優しい。

 そして自分は護衛対象でもあるから、王都までの道中ずっと快適に過ごすことに彼らは細心の注意を払ってくれている。

 それらに対して、ベルは当然だなんて思ったことは一度もない。心から感謝している。彼らと出会えたことに、素直に嬉しいと思っている。

 でも、気遣いというのは時として、危険を伴うことになる。

 この町に向かう馬車の中でレンブラントは言っていた。

 先日の嵐で大勢の人がここで足止めを食らってしまったと。だから市場はいつも以上に賑わっているし人も多いとも。

 そのおかげで美味しそうな肉の香りを嗅ぐことができたのは嬉しい。だが、それ以上にベルは懸念している。

 もしかして、屋敷の人間がベルを追ってきているかもしれないと。

 初日こそベルを乗せた馬車は超特急で進んでいた。けれど、それ以降はイライラするほどのんびりとしている。

 だからベルを追って来た連中は、それを予想できずにベルを追い越しているかもしれない。そして、この嵐で同じ町に居合わせている可能性が十分にある。最悪、鉢合わせをしてしまう。

 ベルはレイカールトン侯爵に助けを求めるために、レンブラントの任務に乗っかている。所持金ゼロで王都まで行くには、これほど安全な手段はないから。

 ただそれを、ここに居る人達にベルは話すことはできない。隠し事をしていることも、もちろん。

 時刻はもうすぐ夕暮れ。西の空に太陽が傾き始めた今は、冬の冷たい空気が剥き出しになった手や頬を刺す。

 にこにこと笑うレンブラントの部下たちに、強い罪悪感を覚えてベルは視線を落とす。

 うつむいた視界に映るのは、自分の長く伸びた影。不格好な形のそれに、ベルは足を延ばして踏んでみる。

(……まるでアイツらみたいだ)

 ベルは心の中で吐き捨てて唇を噛む。

 自分の私利私欲の為なら法を平気で犯すあいつらは、きっと血眼になって自分を探しているだろう。そして見つかれば、ただでは済まない。

 それでも、ベルは逃げ切るつもりだ。絶対に、どんな手を使っても目的を果たすと決めている。

 そんな風に一人不安と戦うベルの姿は、他人からしたら謙虚に肉を我慢している姿にしか見えなかった。
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