美形軍人に連行された少女の末路 ~辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か!?~

当麻月菜

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2.他称ロリコン軍人は不遇な毒舌少女を癒したい

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「───……あれ?ダミアンさんは一緒に行かないんですか?」

 馬車の扉が閉まり車輪が軽快な音を立てた途端、ベルはきょとんとした顔をしてレンブラントに問いかけた。

「ああ。アイツはちょっと野暮用で別行動だ。といってもまたすぐ落ち合うけどな」
「ふぅーん」

 つまらなそうに口を尖らすベルに、レンブラントの胸はチリっとした痛みが走る。

 けれどすぐに、「せっかく荒稼ぎできると思ったのに」という独り言を聞いて、なんだそうかと安堵の息を漏らした。

 でも、すぐにちょっと待てと突っ込みを入れた。

「あんたは───」
「ねぇ、いい加減その上から目線の呼び方やめてくれませんか?」
「それは失礼した」

 確かに今のベルは、何処をどう見ても年頃の令嬢に見える。

 ここ数日マースの餌付けが功を成したのか、やつれていた頬はふっくらとして僅かに赤みがさしている。

 撫子色の髪も相変わらず短いとはいえ、香油を付けているので艶がある。なので”えての髪型”と言い張れば頷ける。

 何より、両手両腕に巻かれていた包帯が取れたのが一番の変化だった。

 袖口から覗く手首は折れてしまいそうなほど細いし、良く見ればうっすらと打ち身の後が残っているが、それでも目にした途端に痛々しいと思うほどではなくなった。

「では、ベル」
「……は?」
「呼び捨ては嫌か?ではベル嬢なら良いか?」
「許可無く距離を詰めてこないでください。不快です」
「……なら、なんと呼べば?」
「自分で考えてくださいよ」

 眉間に皺を寄せてベルはそう言い捨てると、ぷいっと顔を背けた。そして窓を見つめる。

 けれどすぐにレンブラントに視線を向けた。

「……ねぇ」
「何でしょうか、アルベルティナ嬢」
「王都まではあとどれくらい?」
 
 こてんと首を倒して問うたベルは答えを急いているだけで、呼び名についてはご不満を抱えている様子はない。つまり今の呼び方なら合格ということ。

(くっそ、なんで俺だけ愛称で呼んでは駄目なんだっ。ラルクには自分から愛称で呼んでって言ってたのを俺が知らないとでも思っているのか!?)

 レンブラントは衝動に駆られて、歯ぎしりをしたくなる。でも、それを口にしたところで、返ってくる言葉は猛毒であろう。

 だからレンブラントは、ぐっとそれを胸の奥に押し込めてベルの問いに答えることにする。

「王都まではどれだけ急いでも2ヶ月はかかる」
「え? 何で? どうして? この前はもっと離れていたのに、2ヶ月って言ってたじゃない」
「先日の嵐のおかげで、あっちこっち土砂崩れと橋の決壊で通行止めが相次いでいるんだ。迂回しながら行くしかない」
「……そんなぁ」

 細く綺麗な弧を描いていたベルの眉が、急に八の字に変わった。

 そしてベルは唇に人差し指を当て、熟考し始めてしまった。その表情は何かを案じているかのようであり、またひどく思い詰めているようにも見えた。




***



(まずいかもしれない)

 嵐のせいで足止めを食らってしまったのは致し方無いが、このままでは無事に王都にたどり着くことが困難な気がする。
 
「ねえ、ちょっと教えて欲しいんだけど、王都への道って今はこれしかないの?」
「ん?あ、ああ。そうだな。抜け道があるかもしれないが、馬車や馬が通れるとなると、この道しかないな」
「……そう」

 レンブラントの言葉に嘘がないとすれば、やはりこれから先、細心の注意を払っていかないといけない。

 ベルには誰にも言えない秘密がある。バレたら極刑ものの秘密が。

 それは絶対にレイカールトン侯爵に辿り着くまで、明かされてはいけない。特に目の前の銀髪軍人には。

「どうかしたのか?」
「いいえ、別に」

 気遣うレンブラントを無視して、ベルは窓の景色を見つめる。

 流れていく景色はやっぱりのんびりとしていて、焦燥が募るばかり。

「あの……もうちょっと馬車の速度を上げることはできないんですか?せっかち軍人さん」
「これでも最大限に速度を出している。道が抜かるんでいるんだ。これ以上急げば返って時間を取られることになるぞ」

 間髪入れずに望まない答えが返ってきて、ベルは大きくため息をつく。

 すぐに物言いたげなレンブラントの視線に気づき、それから逃げるように固く目を閉じた。
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