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1.毒舌少女は他称ロリコン軍人を手玉に取る

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 晩秋の空は高く、どこまでも澄み切った青一色だった。

 真っ黒に塗られた厳つい軍御用達の馬車は、馬に跨った軍人達を引き連れて街道を走っている。

 昨日よりも速度を落として。でも、軽快に。

 メオテール国では領地と領地の間には関所が設けられている。
 だが、そこを抜ければ市街地までは、森や林。または畑や牧場といった人気ひとけの少ない地域を通ることになる。

 ケルス領を出た軍御用達の馬車も例に漏れず、現在、広大な牧場のすぐ傍の街道をひたすら進んでいた。






 馬車の中では、車輪の回る音に混ざって、カシュカシュと布を引っかく音が響いている。

 ちなみにその音を奏でているのは、ベルである。

 そしてベルの対面には、レンブラントが呆れ顔で長い足を組んで座席に腰かけていた。 

「……アルベルティナ嬢、やめないか」

 ───カシュ、カシュ。

「……あまり触れると、せっかく巻いた包帯が取れてしまうぞ。それに、そんなに強く触れたら、傷口が痛むだろう。今すぐ、やめなさい」
 
 ───カシュ、カシュ。

「……ああ、もしかして少しきつく巻きすぎたか?すまない。次の休憩場所で巻きなおすから、もうちょっとだけ辛抱してくれ」

 ───カシュ、カシュ。

「おい、無視はやめろ」

 ───カ……シュ。

 呻るようにレンブラントがそう言えば、一瞬だけ布を引っかく音が消えた。でも、すぐに再開される。

 さて、この音はもうお気づきかもしれないが、ベルが自身の腕に巻かれた包帯を指で引っかいているもの。

 ちなみにその表情は、これ以上ないほどに不機嫌であった。 
 
 昨晩ベルは売り言葉に買い言葉で、うっかり自分の腕の傷を披露してしまった。そしてご存知の通り、レンブラントは懇切丁寧にその傷の手当をした。

 全ての傷に消毒をして、症状に合わせた軟膏を塗って。次にガーゼで傷を保護してからがっちり包帯を巻いた。
 
 全ての処置を終えたのと、朝日が昇るのはほぼ同時だった。

 それほどベルの傷が酷かった……というのもあるのだが、レンブラントが念入りにし過ぎたせいでもある。

 割合的にどちらが多いのかはご想像にお任せするが、兎にも角にも、ベルの二の腕から手首にかけて包帯が巻かれているのが現状だ。

 ベルは、これまでこんなふうに傷の手当をされたことがなかった。

 そのせいで有難いという気持ちよりも、慣れない包帯が鬱陶しくて仕方がない。なので、なんとか包帯を取ろうと、現在、悪戦苦闘中だったりする。

 しかし、手当てをした当人からすると、それを黙認できるわけがなかった。

「……アルベルティア嬢、これは軍医直伝の巻き方をしているんだ。そう簡単には取れない。いい加減あきらめろ」

 呆れ顔で腕を組みながらそう説得するレンブラントの口調は、苛立ちを含んでいる。

 でも、カシュカシュ音は途切れない。徹底的に反抗すると態度で示している。

 ちなみにベルは、今朝から一言も口を開いてはいない。

 海の底にいる貝ですらちょっとはパクパクするのに、彼女の口は溶接されたかのように、ぴったりくっついたまま。

 ただ不機嫌なオーラは隠すどころか遠慮なく出しているので、雑音だけが響く車内は、ひどく息苦しい。

 だからレンブラントは、窓を開ける代わりに溜息を一つ落としてから、こんなことを口にしてみた。

 心も口も頑なに閉ざしてしまったベルとの会話の糸口になれば、と願って。

「俺は王都にある自分の屋敷でスタラという名前の犬を飼っているんだ。それでな」
「死んだんですか?」
「なっ……」

 これまでずっと無言を貫いてきたかと思えば、突然縁起でもないことを口にしたベルに、レンブラントは二の句が継げなかった。

 だがやっと会話ができそうな予感がして、レンブラントは気を取り直して再び口を開く。

「いや、生きている。とても元気だ、それでな」
「そうですが。きっと世界中であなたのことをご主人様だと認識してくれるのは、そのスタラさんだけだと思うので大事にしてあげてください」
「……」

 そっけなく、でも、ひとかけらの躊躇もなく暴言を吐いたベルに対し、レンブラントは今度は完璧に言葉を失ってしまった。

 

 車窓の向こうでは、群れからはみ出した羊に向かって、牧畜犬が列に戻るよう吠え立てていた。
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