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1.毒舌少女は他称ロリコン軍人を手玉に取る
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自分で言うのもアレだが、黙っていれば幸薄い美少女に見えることをベルは自覚している。
だから最初はしおらしい態度で相手の様子を伺い、油断させたところで隙を付いて逃げ出そうと思った。
でも、よくよく考えたら、あの銀髪軍人は自分の名前を知っていた。
それはつまり自分の屋敷に何かしらの連絡をする可能性があるということに気付いてしまった。
それは困る。かなり困る。
それだけは絶対に避けなければならない。
ベルは近いうちにケルス領を出るつもりだった。
もっとちゃんと言うなら、屋敷の住人誰一人にも知られずに、ひっそりとケルス領を出たかったのだ。
ベルにしかできない、どうしてもやらなければならない使命があったから。
言い換えるなら、ケルス領を出るまで屋敷の住人に知られてしまっては意味が無かった。長年の計画が台無しになってしまう。
そんな訳で、早々に作戦を切り替え、逃亡させてもらうことにした。
とはいえ疑われては困るので、馬車の中では抵抗する素振など見せず大人しくしていた。我ながら、感心するほど猫を被っていた。
そして問答無用で宿屋に放り込まれた後、気分が悪いという体で差し入れられた夕食を断り、身体を休めたいと申し出た。拍子抜けするほど、あっさりと許可された。
それからじっと息を殺して待つこと数時間。どっぷり夜が更けたのを機に、窓から逃げ出そうとした。
ベルに宛がわれた部屋は2階。罪人にしてはかなりハイクラスなお部屋である。まぁ、そんなものはどうでも良い。
とにかく逃亡直前に窓から外を覗けば、見張りと思わしき人物はいなかった。
だからイケると思った。正直、軍人チョロイとも思った。
───……でも、神様はとても意地悪だった。
なぜこのタイミングで乙女の部屋に、男が無断で入室するのでしょうか。
しかも、よりによってあの銀髪軍人なのでしょうか。
あと、どうして自分は飲みたくもないスープを両手で持たなければならないのでしょうか。
しかもベッドの上に着席して。お行儀が悪いことを強要されています。
(……ねえ、神様。何故こんな状況になったのか教えてください)
そんなことをベルは全知全能の尊崇される存在に問うてみた。もちろん返事はない。
ただ、その代わりなのかどうかはわからないけれど、さっきからずっと頭上から聞きたくもない声が絶え間なく降ってくる。この世は、まっこと不条理だ。
「ったく、ここは2階だぞ。飛び降りる気だったのか!?怪我でもしたらどうするんだっ」
……罪人が逃亡かまそうとしたのに、銀髪の美形軍人は、そこに一切触れずに的外れなことで怒り狂っている。うるさいことありゃしない。
あと、濃紺髪の知らない男の人が後ろでぼーっと突っ立ているが、誰なのだろうか。
ま、誰でも良いが、更に逃亡が難しくなりそうなのはいただけない。出て行け。
ベルは神妙な顔をしつつも、頭の中ではそんな別のことをつらつらと考えている。
さて慎重に慎重を重ねたベルの逃亡は、神様の意地悪としか思えないようなハプニングのせいで失敗に終わってしまった。
窓に足をかけ、いざ飛び降りようとした瞬間に、突如として銀髪軍人が部屋に飛び込んで来たのだ。
そしてタッチの差でベルの両脇に手を入れると力任せに持ち上げられ、そのままベッドへと押し倒されたのだ。
ぶっちゃけ犯されるのかと思った。
でも、違った。
ぐいっと両腕を掴まれ身体を起こされると、今度は問答無用でスープ皿を持たされたのだ。
「熱いぞ」と言って気遣われた時、ベルはあまりに予想外過ぎて、今まで経験したことのない恐怖すら覚えてしまった。
─── そして、今に至る。
ベルは目の前で仁王立ちになっている銀髪軍人の説教を右から左に聞き流して、そっと窓に目をやる。
そこには、詰襟軍人が立っていた。夜通しここにいる気配がして、ベルはうんざりした気持ちになる。
「おい聞いているのか!?いいか、たかが2階と侮るなよ。降り方が悪ければ骨折だってするし、最悪、死ぬんだぞっ」
相変わらず銀髪軍人は斜め上の方向で怒り狂っている。
よくそんなに長い時間怒り続けることができるものだと、ベルはある意味感心してしまう。
(まさか......いや、まさかのまさかだけど、この人、よもや突っ込みを入れられるのを待っているの!?)
そんなアホみたいなことまで考えてしまう。
でも、銀髪軍人はベルの心境など気づかない様子で小言を続ける。
(こりゃあ、朝まで続かも)
軍人が体力お化けだということを思い出したと同時に、嫌な予感を覚えたベルは、ため息を隠すために、手に持っているスープをずずっと一口飲んでみた。意外と美味しい。
そして今頃になって、馬車の中にバケットを忘れてしまったことを思い出した。
そのまま食べれば味気ないことこの上ない代物だが、このスープと共に食べればさぞや美味だろう。
でもさすがに、今この状況で、バケットの行方を聞く勇気は持てなくて......ベルは再びスープを一口飲んでみた。
明らかな現実逃避だった。
だから最初はしおらしい態度で相手の様子を伺い、油断させたところで隙を付いて逃げ出そうと思った。
でも、よくよく考えたら、あの銀髪軍人は自分の名前を知っていた。
それはつまり自分の屋敷に何かしらの連絡をする可能性があるということに気付いてしまった。
それは困る。かなり困る。
それだけは絶対に避けなければならない。
ベルは近いうちにケルス領を出るつもりだった。
もっとちゃんと言うなら、屋敷の住人誰一人にも知られずに、ひっそりとケルス領を出たかったのだ。
ベルにしかできない、どうしてもやらなければならない使命があったから。
言い換えるなら、ケルス領を出るまで屋敷の住人に知られてしまっては意味が無かった。長年の計画が台無しになってしまう。
そんな訳で、早々に作戦を切り替え、逃亡させてもらうことにした。
とはいえ疑われては困るので、馬車の中では抵抗する素振など見せず大人しくしていた。我ながら、感心するほど猫を被っていた。
そして問答無用で宿屋に放り込まれた後、気分が悪いという体で差し入れられた夕食を断り、身体を休めたいと申し出た。拍子抜けするほど、あっさりと許可された。
それからじっと息を殺して待つこと数時間。どっぷり夜が更けたのを機に、窓から逃げ出そうとした。
ベルに宛がわれた部屋は2階。罪人にしてはかなりハイクラスなお部屋である。まぁ、そんなものはどうでも良い。
とにかく逃亡直前に窓から外を覗けば、見張りと思わしき人物はいなかった。
だからイケると思った。正直、軍人チョロイとも思った。
───……でも、神様はとても意地悪だった。
なぜこのタイミングで乙女の部屋に、男が無断で入室するのでしょうか。
しかも、よりによってあの銀髪軍人なのでしょうか。
あと、どうして自分は飲みたくもないスープを両手で持たなければならないのでしょうか。
しかもベッドの上に着席して。お行儀が悪いことを強要されています。
(……ねえ、神様。何故こんな状況になったのか教えてください)
そんなことをベルは全知全能の尊崇される存在に問うてみた。もちろん返事はない。
ただ、その代わりなのかどうかはわからないけれど、さっきからずっと頭上から聞きたくもない声が絶え間なく降ってくる。この世は、まっこと不条理だ。
「ったく、ここは2階だぞ。飛び降りる気だったのか!?怪我でもしたらどうするんだっ」
……罪人が逃亡かまそうとしたのに、銀髪の美形軍人は、そこに一切触れずに的外れなことで怒り狂っている。うるさいことありゃしない。
あと、濃紺髪の知らない男の人が後ろでぼーっと突っ立ているが、誰なのだろうか。
ま、誰でも良いが、更に逃亡が難しくなりそうなのはいただけない。出て行け。
ベルは神妙な顔をしつつも、頭の中ではそんな別のことをつらつらと考えている。
さて慎重に慎重を重ねたベルの逃亡は、神様の意地悪としか思えないようなハプニングのせいで失敗に終わってしまった。
窓に足をかけ、いざ飛び降りようとした瞬間に、突如として銀髪軍人が部屋に飛び込んで来たのだ。
そしてタッチの差でベルの両脇に手を入れると力任せに持ち上げられ、そのままベッドへと押し倒されたのだ。
ぶっちゃけ犯されるのかと思った。
でも、違った。
ぐいっと両腕を掴まれ身体を起こされると、今度は問答無用でスープ皿を持たされたのだ。
「熱いぞ」と言って気遣われた時、ベルはあまりに予想外過ぎて、今まで経験したことのない恐怖すら覚えてしまった。
─── そして、今に至る。
ベルは目の前で仁王立ちになっている銀髪軍人の説教を右から左に聞き流して、そっと窓に目をやる。
そこには、詰襟軍人が立っていた。夜通しここにいる気配がして、ベルはうんざりした気持ちになる。
「おい聞いているのか!?いいか、たかが2階と侮るなよ。降り方が悪ければ骨折だってするし、最悪、死ぬんだぞっ」
相変わらず銀髪軍人は斜め上の方向で怒り狂っている。
よくそんなに長い時間怒り続けることができるものだと、ベルはある意味感心してしまう。
(まさか......いや、まさかのまさかだけど、この人、よもや突っ込みを入れられるのを待っているの!?)
そんなアホみたいなことまで考えてしまう。
でも、銀髪軍人はベルの心境など気づかない様子で小言を続ける。
(こりゃあ、朝まで続かも)
軍人が体力お化けだということを思い出したと同時に、嫌な予感を覚えたベルは、ため息を隠すために、手に持っているスープをずずっと一口飲んでみた。意外と美味しい。
そして今頃になって、馬車の中にバケットを忘れてしまったことを思い出した。
そのまま食べれば味気ないことこの上ない代物だが、このスープと共に食べればさぞや美味だろう。
でもさすがに、今この状況で、バケットの行方を聞く勇気は持てなくて......ベルは再びスープを一口飲んでみた。
明らかな現実逃避だった。
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