美形軍人に連行された少女の末路 ~辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か!?~

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
3 / 117
1.毒舌少女は他称ロリコン軍人を手玉に取る

1★

しおりを挟む
 煌々と輝く月がゆったりと流れる雲に陰影を作り、濃紺の秋の夜空に色を添えている。

 とても美しい夜だった。

 しかしベルを連れ去った軍人ことレンブラント・エイケンは、窓枠に背を預けている。月を愛でる気などこれっぽっちもないようだ。

(さて、始まってしまったものは仕方がない。迅速に行動するのみだ)

 頭の中のほとんどを占めているのは、やむを得ない事情で攫うように連れ去ってしまった少女─── ベルのこと。

 実はレンブラントも予想外の展開に頭を悩ましていたりする。
 当初予定では、ベルにきちんと同意を取ってから同行願うつもりだったのだ。

 まかり間違っても、脅すような真似をするつもりなんてこれっぽっちも無かったのだ。

 ─── コン、コン。

 眉間を揉みながらもう何度目かわからない溜息を吐いたと同時に、ノックの音が重なった。

「入れ」
「どうも、邪魔するよ」
  
 入室許可を出したと同時に顔を出したのは、夜の泉のような深い藍色の髪と瞳が印象的な身なりの良い青年だった。

 てっきり部下だと思っていたレンブラントは、途端に眉間に皺が寄った。

 予想外の人物の登場に歓迎する気はないらしい。

「……ダミアン、なぜここに来た?落ち合う場所は、ログディーダの砦のはずだ」
 
 頑固な容疑者だった即座にゲロるような口調で問われたダミアンは、レンブラントの質問を無視してソファに着席する。

 そして、こてんと首を傾げた。

「んー?待ちきれなかったら、来ちゃった」

 にぱっと場違いなほど爽やかな笑みを浮かべたダミアンに、彼のすぐ傍に移動したレンブラントの頬は見事に引きつった。

「勝手な真似をするな。あと確認だが、フォンク卿お父上にはちゃんと許可を貰ったんだろうな?」
「……レン、お腹空いたなぁー僕」
「黙れ。そのひしゃげたバケットでも食ってろ」
「え゛、これパンだったの?!僕てっきり……」
「パンの事はどうでもいい。とにかく答えろ。フォンク卿お父上に許可を取ったのか?」

 ソファの前のローテーブルに置かれていたパンに釘付けになっていたダミアンだけれど、誤魔化すことは不可能だと悟り、小さな声で「取ってない」と答えた。

 すぐさまレンブラントは額に手を当て、天を仰いだ。

 自分より一つ年下の彼が、やんちゃな子供にしか見えない。

 レンブラントとダミアンは幼馴染であり、悪友である。しかし親友なのかと聞かれると、互いに渋面になる所謂”腐れ縁”という関係だったりもする。

「予想はしていたが、やっぱりとなると呆れて何も言えん。あのお方も、こんなバカ息子を持って気の毒に……」
「あのさぁレン、そういうことは本人の居ないところで言ってよ」
「安心しろ。お前が居ないときにもちゃんと口にしている」
「……酷いなぁ。あとパン食べたいからミルクかお茶淹れて」
「自分で淹れろ」

 すっぱりと言い捨てたレンブラントは、くるりと背を向け机の上に投げ出してある書類に目を通し始めた。

 まるで現実逃避のように事務処理を始めたレンブラントだが、実はここは軍の施設ではない。彼らはケルス領を出て最初の宿屋にいる。

 裕福な人たちが訳アリの旅行で使う宿でもあり、店主の口は岩よりも硬いと有名だった。

 そして宿の内装はとても豪華で、一部屋一部屋がとても広い造りとなっている。だからレンブラントの部屋には寝台もあればソファもあるし、文机だって完備されている。

 もちろん数種類の飲み物だって、既に部屋に用意されている。

 そんなわけでダミアンはいそいそと自分でコップにミルクを注ぎ、ひしゃげたパンを食べ始めた。

 ちなみにダミアンはこう見えても伯爵令息だったりする。この国大丈夫?などとは思わないで欲しい。

 あと、言わなくても良いことかもしれないが、このバケットはベルが馬車に置き忘れたもの。

「……で、例のお嬢ちゃんはいずこに?」
「二つ隣の部屋にいる。今はラルクとロヴィーが部屋の前で護衛中だ。あとマースは、館内の入口。御者のモーゼスは裏口担当だ」

 端的に答えたレンブラントに、ダミアンはパンをもごもご咀嚼しながら頷く。

 そしてミルクと一緒に飲み込んだあと、感心したように腕を組んだ。

「へぇー徹底してるね。っていうか、あのお嬢ちゃんが逃げ出しそうって感じなの?」
「いや。それどころか、こちらが拍子抜けするほど大人しくついてきてくれた。……想定外の出来事があったもんで怖がらせてしまった。それに急いでいたとはいえ、手荒な真似もしてしまった。だが正直助かった───……さすがに泣かれたら、困るしな」

 最後にポツリと呟いたそれは、失言だったのか、胸の内が零れてしまった本音だったのか。

 とにかく聞かれたくはなかったようで、レンブラントは咄嗟に口元に手を当てた。

 けれど、時すでに遅し。その言葉は、しっかりダミアンの元に届いてしまっていた。 

「ふぅーん、泣く子も黙るレン隊長からそんな言葉を聞くとは、僕、夢にも思わなかったよ」

 そう言ってダミアンは、にやーと生温い笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜
恋愛
平民だけれど裕福な家庭で育ったシャンディアナ・フォルト(通称シャンティ)は、あり得ないことに結婚式当日に花婿に逃げられてしまった。 それだけでも青天の霹靂なのだが、今度はイケメン軍人(ギルフォード・ディラス)に連れ去られ……偽装夫婦を演じる羽目になってしまったのだ。 信じられないことに、彼もまた結婚式当日に花嫁に逃げられてしまったということで。 少しの同情と、かなりの脅迫から始まったこの偽装結婚の日々は、思っていたような淡々とした日々ではなく、ドタバタとドキドキの連続。 そしてシャンティの心の中にはある想いが芽生えて……。 ※★があるお話は主人公以外の視点でのお話となります。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

処理中です...