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「……そうなれば良いのですけれど」
半年アイザックが婚約発表をしなかっただけで、また婚約ができると思い込んでいる自分は異常だとわかっている。
一度婚約を破棄されたカップルが、再び婚約することなど滅多に……いや、ゼロに等しい。
それでも彼とよりを戻せるような気がしてしまうのは、なぜだろう。
この甘い薔薇の香りのせいなのか。それとも、自分が現実を見ていないだけなのか。
流行りのドレスは半年経って、リボンではなくコサージュに変わった。
西の領地では、平民の為の図書館が建設され、近々王都でも取り入れられると聞く。
異国から魚介類の輸入が緩和され、レストランでは新しいメニューが並んでいる。
……大丈夫。自分は、現実を見ている。ちゃんと今を生きている。
だからアイザックとやり直すことも、きっと願望ではなく予言めいたものなのだろう。
それに何より、何度もエスコートしてくれるメイソンは、アイザックが婚約したなどと言ってはいない。
もし仮にメイソンが監視役ならば、間違いなく望みは無いのだと伝えるはずだ。
楽観的にならぬよう、一つ一つを分析してみても、望ましい結論にしかならない。そのことが嬉しくて、エステルは軽い足取りで庭園を歩く。
当然ながら王城の庭は広い。
ほんの少しと思った散策は、いつの間にかかなり庭園の奥まで入り込んでしまっていた。そこで、見てしまった。アイザックが他の女性といるところをーー
垣根の向こうでドレスアップした二人は、ただ花を眺めていた。
寄り添うことも、腕を組むことも、まして抱き合ったりもしていない。
しかし二人の周りには立ち入ることが許されない何かに守られていた。
月明かりに照らされ薔薇の花に包まれる二人は、悔しいほどに美しい光景だった。声を掛けることが罪深いと思わせるほどに。
どこかに逃げ出したい。そう思っているのに、意思とは無関係にエステルは垣根から目を逸らすことができなかった。
「ーー夜のお花も奇麗ね」
「ああ、そうだな」
「でも私は、丘に咲く花が好き。アイザックは?」
「どうだろう。花は花としてしか見れないな」
「もうっ。貴方はいつもそればっかりね」
不満そうに軽くアイザックの腕を叩いた女性は、そのまますたすたと先を歩く。それを追いかけるように、アイザックは早足になる。
近付いて来た二人に、エステルは慌てて別の茂みに身を隠した。
幸か不幸か、二人は結局エステルの元には近付かず方向転換して、別の花壇に目を向ける。
それに安堵する自分は、ひどく惨めだった。
半年アイザックが婚約発表をしなかっただけで、また婚約ができると思い込んでいる自分は異常だとわかっている。
一度婚約を破棄されたカップルが、再び婚約することなど滅多に……いや、ゼロに等しい。
それでも彼とよりを戻せるような気がしてしまうのは、なぜだろう。
この甘い薔薇の香りのせいなのか。それとも、自分が現実を見ていないだけなのか。
流行りのドレスは半年経って、リボンではなくコサージュに変わった。
西の領地では、平民の為の図書館が建設され、近々王都でも取り入れられると聞く。
異国から魚介類の輸入が緩和され、レストランでは新しいメニューが並んでいる。
……大丈夫。自分は、現実を見ている。ちゃんと今を生きている。
だからアイザックとやり直すことも、きっと願望ではなく予言めいたものなのだろう。
それに何より、何度もエスコートしてくれるメイソンは、アイザックが婚約したなどと言ってはいない。
もし仮にメイソンが監視役ならば、間違いなく望みは無いのだと伝えるはずだ。
楽観的にならぬよう、一つ一つを分析してみても、望ましい結論にしかならない。そのことが嬉しくて、エステルは軽い足取りで庭園を歩く。
当然ながら王城の庭は広い。
ほんの少しと思った散策は、いつの間にかかなり庭園の奥まで入り込んでしまっていた。そこで、見てしまった。アイザックが他の女性といるところをーー
垣根の向こうでドレスアップした二人は、ただ花を眺めていた。
寄り添うことも、腕を組むことも、まして抱き合ったりもしていない。
しかし二人の周りには立ち入ることが許されない何かに守られていた。
月明かりに照らされ薔薇の花に包まれる二人は、悔しいほどに美しい光景だった。声を掛けることが罪深いと思わせるほどに。
どこかに逃げ出したい。そう思っているのに、意思とは無関係にエステルは垣根から目を逸らすことができなかった。
「ーー夜のお花も奇麗ね」
「ああ、そうだな」
「でも私は、丘に咲く花が好き。アイザックは?」
「どうだろう。花は花としてしか見れないな」
「もうっ。貴方はいつもそればっかりね」
不満そうに軽くアイザックの腕を叩いた女性は、そのまますたすたと先を歩く。それを追いかけるように、アイザックは早足になる。
近付いて来た二人に、エステルは慌てて別の茂みに身を隠した。
幸か不幸か、二人は結局エステルの元には近付かず方向転換して、別の花壇に目を向ける。
それに安堵する自分は、ひどく惨めだった。
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