行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
8 / 13

8

しおりを挟む
 国一番の楽団が奏でる音楽に合わせて、男女がペアになってクルクルと優雅な曲線を描く。

 別室では王宮シェフたちが腕によりをかけた料理が並び、老若男女問わず着飾った貴族達がにこやかに歓談をする。

 それらを見守るように巨大なシャンデリアが煌々と光を放ち、庭園の薔薇は夜風に乗せて気品ある香りを会場に届けている。

「あいっかわらず、賑やかだなぁー」

 連れたってホールに一歩足を踏み入れた途端そう呟いたメイソンに、エステルは思わず吹き出してしまった。

「この国が栄えている証拠ですもの。そんなことを仰らないでくださいませ」

 笑ってしまった自分を誤魔化すようにメイソンを窘めれば、同罪だと言いたげに彼はニヤリと口の端を持ち上げる。

「じゃ、繁栄し続ける我が国と殿下を祝うために、1曲いかがですか?エステル様」
「お戯れはおやめになって」

 礼儀知らずとはわかっていても、差し出された手から顔を背けてしまう。

 でもこちらにも言い分はある。メイソンにはエスコートはお願いするが、ダンスはしないと事前に伝えてあるのだ。

 もちろん、伝えたのは一度ではない。何度も口を酸っぱくして、それこそ鬱陶しいと思われるくらいに。

 なのにメイソンは、懲りずにダンスを誘う。おそらく自分と踊っている間は、紳士の務めである淑女へのダンスの誘いをしなくて良いから。

 メイソンのお陰で、惨めな思いをしないで済んでいる。だから助け合わなければいけないのはわかっている。

 しかし身体が密着するダンスを踊っている自分をアイザックに見られたくないのだ。

 そして知って欲しいのだ。半年経っても異性と踊らないのは、それほど貴方のことを好きだからだと。

「わたくし、庭を見てきますわ。貴方はお好きなように」
「はいはい。わかりました。頃合いを見て呼びにいくよ」
「そうしてくださいませ」

 暗に一人にしてくれと伝えれば、メイソンはあっさりと身を引いてくれた。



 天候が持ち直し、夜空には月が奇麗に浮かんでいる。そして月夜に照らされた庭園は、むせかえるほどの薔薇の香りに包まれていた。

 人の気配がほとんどないそこを、エステルはゆっくりと歩く。気持ちを落ち着かせるために。

 今日、アイザックと会ったら最初になんて言葉をかけようか。

「久しぶりですね。お元気でしたか?」

 ありきたりだけれど、明るく笑みを浮かべてそう言えばきっと彼は笑い返してくれるだろう。

 その後は、聞けなかった答えをちゃんと聞こう。どんなものでもきちんと受け止める。それから自分に足りなかったものを埋めて、気持ちを素直に伝えよう。

 きっとやり直せる。更に完璧になれば、彼の気持ちを取り戻せる。でも、会えなかった時間を埋めるつもりは無い。

 だって空白の時間には、間違いなく自分の知らない女性がいるのだから。

 とはいえ、ちょっとだけ拗ねるくらいは許してもらえるはずだ。「わたくし傷付いたのですよ」と軽く詰っても、きっと彼は怒ることは無い……きっと。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

この声は届かない

豆狸
恋愛
虐げられていた侯爵令嬢は、婚約者である王太子のことが感知できなくなってしまった。 なろう様でも公開中です。 ※1/11タイトルから『。』を外しました。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

過去に戻った筈の王

基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。 婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。 しかし、甘い恋人の時間は終わる。 子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。 彼女だったなら、こうはならなかった。 婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。 後悔の日々だった。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

私の名前を呼ぶ貴方

豆狸
恋愛
婚約解消を申し出たら、セパラシオン様は最後に私の名前を呼んで別れを告げてくださるでしょうか。

処理中です...