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国一番の楽団が奏でる音楽に合わせて、男女がペアになってクルクルと優雅な曲線を描く。
別室では王宮シェフたちが腕によりをかけた料理が並び、老若男女問わず着飾った貴族達がにこやかに歓談をする。
それらを見守るように巨大なシャンデリアが煌々と光を放ち、庭園の薔薇は夜風に乗せて気品ある香りを会場に届けている。
「あいっかわらず、賑やかだなぁー」
連れたってホールに一歩足を踏み入れた途端そう呟いたメイソンに、エステルは思わず吹き出してしまった。
「この国が栄えている証拠ですもの。そんなことを仰らないでくださいませ」
笑ってしまった自分を誤魔化すようにメイソンを窘めれば、同罪だと言いたげに彼はニヤリと口の端を持ち上げる。
「じゃ、繁栄し続ける我が国と殿下を祝うために、1曲いかがですか?エステル様」
「お戯れはおやめになって」
礼儀知らずとはわかっていても、差し出された手から顔を背けてしまう。
でもこちらにも言い分はある。メイソンにはエスコートはお願いするが、ダンスはしないと事前に伝えてあるのだ。
もちろん、伝えたのは一度ではない。何度も口を酸っぱくして、それこそ鬱陶しいと思われるくらいに。
なのにメイソンは、懲りずにダンスを誘う。おそらく自分と踊っている間は、紳士の務めである淑女へのダンスの誘いをしなくて良いから。
メイソンのお陰で、惨めな思いをしないで済んでいる。だから助け合わなければいけないのはわかっている。
しかし身体が密着するダンスを踊っている自分をアイザックに見られたくないのだ。
そして知って欲しいのだ。半年経っても異性と踊らないのは、それほど貴方のことを好きだからだと。
「わたくし、庭を見てきますわ。貴方はお好きなように」
「はいはい。わかりました。頃合いを見て呼びにいくよ」
「そうしてくださいませ」
暗に一人にしてくれと伝えれば、メイソンはあっさりと身を引いてくれた。
天候が持ち直し、夜空には月が奇麗に浮かんでいる。そして月夜に照らされた庭園は、むせかえるほどの薔薇の香りに包まれていた。
人の気配がほとんどないそこを、エステルはゆっくりと歩く。気持ちを落ち着かせるために。
今日、アイザックと会ったら最初になんて言葉をかけようか。
「久しぶりですね。お元気でしたか?」
ありきたりだけれど、明るく笑みを浮かべてそう言えばきっと彼は笑い返してくれるだろう。
その後は、聞けなかった答えをちゃんと聞こう。どんなものでもきちんと受け止める。それから自分に足りなかったものを埋めて、気持ちを素直に伝えよう。
きっとやり直せる。更に完璧になれば、彼の気持ちを取り戻せる。でも、会えなかった時間を埋めるつもりは無い。
だって空白の時間には、間違いなく自分の知らない女性がいるのだから。
とはいえ、ちょっとだけ拗ねるくらいは許してもらえるはずだ。「わたくし傷付いたのですよ」と軽く詰っても、きっと彼は怒ることは無い……きっと。
別室では王宮シェフたちが腕によりをかけた料理が並び、老若男女問わず着飾った貴族達がにこやかに歓談をする。
それらを見守るように巨大なシャンデリアが煌々と光を放ち、庭園の薔薇は夜風に乗せて気品ある香りを会場に届けている。
「あいっかわらず、賑やかだなぁー」
連れたってホールに一歩足を踏み入れた途端そう呟いたメイソンに、エステルは思わず吹き出してしまった。
「この国が栄えている証拠ですもの。そんなことを仰らないでくださいませ」
笑ってしまった自分を誤魔化すようにメイソンを窘めれば、同罪だと言いたげに彼はニヤリと口の端を持ち上げる。
「じゃ、繁栄し続ける我が国と殿下を祝うために、1曲いかがですか?エステル様」
「お戯れはおやめになって」
礼儀知らずとはわかっていても、差し出された手から顔を背けてしまう。
でもこちらにも言い分はある。メイソンにはエスコートはお願いするが、ダンスはしないと事前に伝えてあるのだ。
もちろん、伝えたのは一度ではない。何度も口を酸っぱくして、それこそ鬱陶しいと思われるくらいに。
なのにメイソンは、懲りずにダンスを誘う。おそらく自分と踊っている間は、紳士の務めである淑女へのダンスの誘いをしなくて良いから。
メイソンのお陰で、惨めな思いをしないで済んでいる。だから助け合わなければいけないのはわかっている。
しかし身体が密着するダンスを踊っている自分をアイザックに見られたくないのだ。
そして知って欲しいのだ。半年経っても異性と踊らないのは、それほど貴方のことを好きだからだと。
「わたくし、庭を見てきますわ。貴方はお好きなように」
「はいはい。わかりました。頃合いを見て呼びにいくよ」
「そうしてくださいませ」
暗に一人にしてくれと伝えれば、メイソンはあっさりと身を引いてくれた。
天候が持ち直し、夜空には月が奇麗に浮かんでいる。そして月夜に照らされた庭園は、むせかえるほどの薔薇の香りに包まれていた。
人の気配がほとんどないそこを、エステルはゆっくりと歩く。気持ちを落ち着かせるために。
今日、アイザックと会ったら最初になんて言葉をかけようか。
「久しぶりですね。お元気でしたか?」
ありきたりだけれど、明るく笑みを浮かべてそう言えばきっと彼は笑い返してくれるだろう。
その後は、聞けなかった答えをちゃんと聞こう。どんなものでもきちんと受け止める。それから自分に足りなかったものを埋めて、気持ちを素直に伝えよう。
きっとやり直せる。更に完璧になれば、彼の気持ちを取り戻せる。でも、会えなかった時間を埋めるつもりは無い。
だって空白の時間には、間違いなく自分の知らない女性がいるのだから。
とはいえ、ちょっとだけ拗ねるくらいは許してもらえるはずだ。「わたくし傷付いたのですよ」と軽く詰っても、きっと彼は怒ることは無い……きっと。
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