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旅路と再会の章
至急胃薬を支給してください※駄洒落①
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(いやさあ、コレ……どういう状況なんだよ……コレ!?)
グロッソの従者であり、現在、御者を勤めているトーマスは、手綱を握りながら心の中で叫び続けている。
ヘリクサムを旅の一向に加えて街道に戻った馬車は、再び北上を始めた。
道中土砂崩れや、泥濘ぬかるみにはまることなく。また魔物に襲われることもないので、旅路は順調である。
だがしかし、それはあくまで上辺だけ。実際はそれはそれは複雑な状況だ。
「……閣下、超機嫌悪いよなぁ」
トーマスは空を見上げて呟いた。
現在、馬車はブルーベリー畑を通過中。のどかな春の穏やかな日差しに、小鳥のさえずり。風に乗って甘酸っぱい香りがトーマスの鼻腔をくすぐる。
トーマスは無類の甘党だ。普段ならこの香りに鼻を引くつかせてじゅるりと涎を飲み込むところ。でも今は食欲をそそられることは無い。
「閣下さぁ、絶対に魔術師様に気があるよな……うん。絶対にある」
ここ最近、研ぎ澄まされた刃物のようにしか見えない主の姿を思い浮かべて、トーマスは溜息を吐く。
トーマスの主であるグロッソは、声を上げて笑うことは滅多に無いが穏やかな人柄だ。
他人に向け露骨に不機嫌さを表したり、感情のまま声を荒げることもトーマスの知る限り皆無に近い。
なぜなら竜が負の感情を嫌うから。代々受け継がれる<竜の守り人>役は、感情の起伏を押さえなければならない義務がある。
だから主であるグロッソが剣を向ける時は、法を犯す者やこの地を脅かす者に限定されている。普段はああ見えて、とても寛容で慈悲深い人なのだ。
なのに、この旅が始まってから、グロッソは変わった。
別人と思うほどではない。でも間違いなく、何かが変わった。
「殿下が遅ればせの恋をしている……嬉しい。でもさぁ」
相手は少々厄介だ。
といっても身分も、人柄も、容姿も、申し分無いとトーマスは断言できる。
それに、都会育ちで少しでも気に入らないことがあれば金切り声を上げる、我がままで世間知らずなお嬢様でもない。
「……良い人だよなぁ。奇麗だし、魔法のこと何でも知っているし、何だって教えてくれるし。質問しても、全然、嫌な顔しないし、ちょっと噛んだりどもったりするけど」
トーマスは再び空を見上げて呟いた。
やっぱり良い天気である。風に乗って流れる雲が、トーマスの頭上を通り過ぎていく。
今日の空のように、グロッソの恋がのどかで穏やかなものだったら、どんなに良かったかとトーマスは苦い気持ちになる。
これまで身も心も全て竜と北方の地に捧げてきた主が望むものなら、自分は何でもしたいとも思っている。
しかし今、トーマスに出来ることは無い。
否。はっきり言ってしまうと”繋ぎ交際”されたことすら気付けないトーマスの恋愛スキルでは、できることなど無いのだ。
なにせグロッソの想い人には過去に婚約をした相手がいて、しかもその元婚約者は現在進行形で同じ馬車の中にいる。
加えて想い人がいない時に、しっかりと「二人の仲はまだ途切れたわけじゃない」と宣言されたのだ。ちょっかい掛けたらただじゃおかないぞと、牽制もされた。
あの時の主の顔はとても言葉では言い表せない。
ただヘリクサムに「わかった」とも頷かなかったし、「そういう相手として見ていない」と否定もしなかった。
むしろ「惚れるのは個人の勝手だろ?」と言いたかったのだろう。ぎゅっと握りしめた拳がプルプル震えていた。
「はぁー……俺にできることは何だろう。どうしたら上手くいくんだろう?俺、役に立てるかなぁ」
ぶつくさ呟くトーマスは、悲壮感すら滲み出ている。
とはいえ、どれだけ主の幸せを願っても、未だに失恋した傷が癒えていないトーマスにはこんな難易度の高い恋の手助けなんて、到底不可能なことだった。
グロッソの従者であり、現在、御者を勤めているトーマスは、手綱を握りながら心の中で叫び続けている。
ヘリクサムを旅の一向に加えて街道に戻った馬車は、再び北上を始めた。
道中土砂崩れや、泥濘ぬかるみにはまることなく。また魔物に襲われることもないので、旅路は順調である。
だがしかし、それはあくまで上辺だけ。実際はそれはそれは複雑な状況だ。
「……閣下、超機嫌悪いよなぁ」
トーマスは空を見上げて呟いた。
現在、馬車はブルーベリー畑を通過中。のどかな春の穏やかな日差しに、小鳥のさえずり。風に乗って甘酸っぱい香りがトーマスの鼻腔をくすぐる。
トーマスは無類の甘党だ。普段ならこの香りに鼻を引くつかせてじゅるりと涎を飲み込むところ。でも今は食欲をそそられることは無い。
「閣下さぁ、絶対に魔術師様に気があるよな……うん。絶対にある」
ここ最近、研ぎ澄まされた刃物のようにしか見えない主の姿を思い浮かべて、トーマスは溜息を吐く。
トーマスの主であるグロッソは、声を上げて笑うことは滅多に無いが穏やかな人柄だ。
他人に向け露骨に不機嫌さを表したり、感情のまま声を荒げることもトーマスの知る限り皆無に近い。
なぜなら竜が負の感情を嫌うから。代々受け継がれる<竜の守り人>役は、感情の起伏を押さえなければならない義務がある。
だから主であるグロッソが剣を向ける時は、法を犯す者やこの地を脅かす者に限定されている。普段はああ見えて、とても寛容で慈悲深い人なのだ。
なのに、この旅が始まってから、グロッソは変わった。
別人と思うほどではない。でも間違いなく、何かが変わった。
「殿下が遅ればせの恋をしている……嬉しい。でもさぁ」
相手は少々厄介だ。
といっても身分も、人柄も、容姿も、申し分無いとトーマスは断言できる。
それに、都会育ちで少しでも気に入らないことがあれば金切り声を上げる、我がままで世間知らずなお嬢様でもない。
「……良い人だよなぁ。奇麗だし、魔法のこと何でも知っているし、何だって教えてくれるし。質問しても、全然、嫌な顔しないし、ちょっと噛んだりどもったりするけど」
トーマスは再び空を見上げて呟いた。
やっぱり良い天気である。風に乗って流れる雲が、トーマスの頭上を通り過ぎていく。
今日の空のように、グロッソの恋がのどかで穏やかなものだったら、どんなに良かったかとトーマスは苦い気持ちになる。
これまで身も心も全て竜と北方の地に捧げてきた主が望むものなら、自分は何でもしたいとも思っている。
しかし今、トーマスに出来ることは無い。
否。はっきり言ってしまうと”繋ぎ交際”されたことすら気付けないトーマスの恋愛スキルでは、できることなど無いのだ。
なにせグロッソの想い人には過去に婚約をした相手がいて、しかもその元婚約者は現在進行形で同じ馬車の中にいる。
加えて想い人がいない時に、しっかりと「二人の仲はまだ途切れたわけじゃない」と宣言されたのだ。ちょっかい掛けたらただじゃおかないぞと、牽制もされた。
あの時の主の顔はとても言葉では言い表せない。
ただヘリクサムに「わかった」とも頷かなかったし、「そういう相手として見ていない」と否定もしなかった。
むしろ「惚れるのは個人の勝手だろ?」と言いたかったのだろう。ぎゅっと握りしめた拳がプルプル震えていた。
「はぁー……俺にできることは何だろう。どうしたら上手くいくんだろう?俺、役に立てるかなぁ」
ぶつくさ呟くトーマスは、悲壮感すら滲み出ている。
とはいえ、どれだけ主の幸せを願っても、未だに失恋した傷が癒えていないトーマスにはこんな難易度の高い恋の手助けなんて、到底不可能なことだった。
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