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はじまりの章
街で知り合いと聞かれたら即座に違うと否定したい人=クズ ①
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読んで字のごとく、国王陛下からの書簡は婚約命令だった。けれどもファルファラは一瞬にして灰にした。
これは完璧に不敬罪であり、職務怠慢である。
だがしかしファルファラは、過去ナラルータ国の裏歴史に残る大失恋をしてから結婚はしないと陛下に宣言している。そして陛下はそれを受け入れた上で、ファルファラに二つ名を与えた。
なのにそれをすっかりさっぱり忘れて、結婚しろと命令してきたのだ。
ファルファラは一応、公爵令嬢だ。本来なら未婚の貴族令嬢は親の庇護を受け、監視下に置かれる。当然結婚相手も親が決めるのが通例だ。
だがしかしファルファラは<慧眼の魔術師>の二つ名を拝命した時点で、親の庇護下から外れている。
……そう。だからファルファラはこれからもこの生活を守りたいのなら、過去の傷がどれだけ疼いても気持ちに折り合いをつけて、この命令を受けなければならない。
だが相手はよりにもよって、ロクな噂しか聞かないヒードレイ家の嫡男ヴィレドなのだ。
うろ覚えであるがヴィレドは一度は魔術師を志したが、頑張ることを知らない人種で、魔法の基礎の基礎の講義を受けている最中に消えたどうしようもない男である。
しかもヒードレイ家は第二王子を次期国王にしようと、水面下でかなり汚い手段を使っているとかいないとか。
根本的な条件を覆された上に、どうしようもない男の元にと嫁げと言われたファルファラは、おもむろに立ち上がると窓を開け、手に残っていた灰を風に流す。
「ねえ……ファル、このヒードレイ伯爵の嫡男ってのはね」
「知ってる。みなまで言わないで。第二王子派のキツネ伯爵の馬鹿息子でしょ?」
窓をピシャっと閉めてソファに座り直したファルファラに、センディッドはにこっと笑う。
「うん、さすがだねー。おりこうさんだねー。あと毒舌だねー。ついでに言うとさっさと仕事を終わらせて、また独身に戻ればいいじゃないか。ちょっとの我慢さ。あ、心配しないでくれ。ファルがバツイチになろうとも、俺の可愛い妹には変わりないよ」
そう言いながら頭をナデナデしようとするセンティッドの手を、ファルファラは力任せに叩き落とした。
「お黙り下さい」
ギロっと睨んでみても、センティッドはニコニコしている。つまり、人をおちょくっているのだ。
「こんなくだらない事の為に、我が家に特大の春一番を吹かせてくれたのですか? 窓を見てください殿下、私の大事な庭師が泣き崩れてます」
ピンと伸ばした人差し指をファルファラは窓に向ける。
窓越しには、先ほどの爆破の風圧で吹き飛んでしまった花壇の前でおいおい泣く庭師二名のの姿があった。
ちなみにこの庭師達は人間では無い。ファルファラがいつぞやの王命の帰りに出会ったみなしごドワーフだ。
「いやぁー、日に日にファルん家の結界は精密さがあがってるからね。俺だって本気を出さないと入れないじゃないか。でも言っとくけど全破壊はしてないよ。俺達が通れる分しか壊してないし。……おや?我が妹殿、可愛い膨れっ面だね。でも、そんな顔をするくらいなら、あの結界に魔力無効化の術式を組むべきだったんじゃないかい?」
最後に遠回しに悪いのはお前だと言われたファルファラは、ギリリと歯ぎしりした。
(よくもまぁ、いけしゃあしゃあと!!)
いっそ損害賠償として、センティッドに向こう三ヶ月王城から一歩も出ることができない拘束魔法を使ってやろうかとすら思ってしまう。
そんな物騒な思考は思いっきり顔に出ていたのだろう。センティッドは慌ててズボンのポケットから、小さな袋を取り出した。
「ああ、そうそう。夜になると七色に光る薔薇の種を受け取ってくれ。王宮庭園限定で栽培しているやつだから、結構希少種だよ。ファルが欲しがってたのを聞いて持って来たんだ」
「……それは、どうも」
これも叩き落として差し上げようかと思ったが、ファルファラは受け取った。
悔しいことにこの種は庭師がずっと欲しがっていたもので、ファルファラはこれを手に入れようと色々頑張ったがどうしても手に入らなかったものだから。
(まさか今日この日の為に、殿下が裏で手を回して入手できないようにしていたとか?)
さすがに疑い過ぎるだろうと呆れる自分がいるが、あながち違うとは言い切れない。だってセンティッドだから。
ファルファラは種が入った袋を握りしめて、探るそうな視線をセンティッドに向ける。そうすれば彼は、パンっと小さく手を叩いた。
「じゃあ、これで結界の件はチャラにしよう」
「……っ?!」
要はこれは損害賠償の品だったのだ。
まんまと嵌められたファルファラの双眸は物騒に輝いている。対してセンティッドは、罪悪感などこれっぽちもない様子で挑戦的な笑みを浮かべていた。
これは完璧に不敬罪であり、職務怠慢である。
だがしかしファルファラは、過去ナラルータ国の裏歴史に残る大失恋をしてから結婚はしないと陛下に宣言している。そして陛下はそれを受け入れた上で、ファルファラに二つ名を与えた。
なのにそれをすっかりさっぱり忘れて、結婚しろと命令してきたのだ。
ファルファラは一応、公爵令嬢だ。本来なら未婚の貴族令嬢は親の庇護を受け、監視下に置かれる。当然結婚相手も親が決めるのが通例だ。
だがしかしファルファラは<慧眼の魔術師>の二つ名を拝命した時点で、親の庇護下から外れている。
……そう。だからファルファラはこれからもこの生活を守りたいのなら、過去の傷がどれだけ疼いても気持ちに折り合いをつけて、この命令を受けなければならない。
だが相手はよりにもよって、ロクな噂しか聞かないヒードレイ家の嫡男ヴィレドなのだ。
うろ覚えであるがヴィレドは一度は魔術師を志したが、頑張ることを知らない人種で、魔法の基礎の基礎の講義を受けている最中に消えたどうしようもない男である。
しかもヒードレイ家は第二王子を次期国王にしようと、水面下でかなり汚い手段を使っているとかいないとか。
根本的な条件を覆された上に、どうしようもない男の元にと嫁げと言われたファルファラは、おもむろに立ち上がると窓を開け、手に残っていた灰を風に流す。
「ねえ……ファル、このヒードレイ伯爵の嫡男ってのはね」
「知ってる。みなまで言わないで。第二王子派のキツネ伯爵の馬鹿息子でしょ?」
窓をピシャっと閉めてソファに座り直したファルファラに、センディッドはにこっと笑う。
「うん、さすがだねー。おりこうさんだねー。あと毒舌だねー。ついでに言うとさっさと仕事を終わらせて、また独身に戻ればいいじゃないか。ちょっとの我慢さ。あ、心配しないでくれ。ファルがバツイチになろうとも、俺の可愛い妹には変わりないよ」
そう言いながら頭をナデナデしようとするセンティッドの手を、ファルファラは力任せに叩き落とした。
「お黙り下さい」
ギロっと睨んでみても、センティッドはニコニコしている。つまり、人をおちょくっているのだ。
「こんなくだらない事の為に、我が家に特大の春一番を吹かせてくれたのですか? 窓を見てください殿下、私の大事な庭師が泣き崩れてます」
ピンと伸ばした人差し指をファルファラは窓に向ける。
窓越しには、先ほどの爆破の風圧で吹き飛んでしまった花壇の前でおいおい泣く庭師二名のの姿があった。
ちなみにこの庭師達は人間では無い。ファルファラがいつぞやの王命の帰りに出会ったみなしごドワーフだ。
「いやぁー、日に日にファルん家の結界は精密さがあがってるからね。俺だって本気を出さないと入れないじゃないか。でも言っとくけど全破壊はしてないよ。俺達が通れる分しか壊してないし。……おや?我が妹殿、可愛い膨れっ面だね。でも、そんな顔をするくらいなら、あの結界に魔力無効化の術式を組むべきだったんじゃないかい?」
最後に遠回しに悪いのはお前だと言われたファルファラは、ギリリと歯ぎしりした。
(よくもまぁ、いけしゃあしゃあと!!)
いっそ損害賠償として、センティッドに向こう三ヶ月王城から一歩も出ることができない拘束魔法を使ってやろうかとすら思ってしまう。
そんな物騒な思考は思いっきり顔に出ていたのだろう。センティッドは慌ててズボンのポケットから、小さな袋を取り出した。
「ああ、そうそう。夜になると七色に光る薔薇の種を受け取ってくれ。王宮庭園限定で栽培しているやつだから、結構希少種だよ。ファルが欲しがってたのを聞いて持って来たんだ」
「……それは、どうも」
これも叩き落として差し上げようかと思ったが、ファルファラは受け取った。
悔しいことにこの種は庭師がずっと欲しがっていたもので、ファルファラはこれを手に入れようと色々頑張ったがどうしても手に入らなかったものだから。
(まさか今日この日の為に、殿下が裏で手を回して入手できないようにしていたとか?)
さすがに疑い過ぎるだろうと呆れる自分がいるが、あながち違うとは言い切れない。だってセンティッドだから。
ファルファラは種が入った袋を握りしめて、探るそうな視線をセンティッドに向ける。そうすれば彼は、パンっと小さく手を叩いた。
「じゃあ、これで結界の件はチャラにしよう」
「……っ?!」
要はこれは損害賠償の品だったのだ。
まんまと嵌められたファルファラの双眸は物騒に輝いている。対してセンティッドは、罪悪感などこれっぽちもない様子で挑戦的な笑みを浮かべていた。
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