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 今だから話せることだが、アネッサは、はなからライオットと結婚などしたくはなかった。

 けれど、家同士の繋がりが重要といわれる貴族社会では、令嬢などただの駒。

 どれだけ両親に嫌だと訴えても『仕方がない』『諦めろ』『これが貴族令嬢の務め』と3つの単語が返ってくるだけ。

 無論、アネッサは貴族の家に生まれ、貴族としての教育を受けてきた。だから、その考えは骨の髄まで染み込んでいる。けれど、それはそれ。相手があまりに酷い相手なら、話は変わってくる。

 ライオット=シネヴァは、その中でも最低の部類に属する男であった。

 中の上レベルに位置する甘い容姿だけが唯一のとりえ。
 その他は、なぜ生まれてきてしまったのか?と首を捻るほど、人間の悪い部分だけしか持ちあわせていない男であった。

 下半身は猿以下。女性であれば、年齢問わず、また身分の上下も関係なく口説きまくる。
 そして、火遊びがバレれは、見え透いた嘘を堂々と吐く。
 挙句の果てには、あり得ない言い訳をこいて責任転嫁をする始末。

 しかも家督を継いで早1年。シネヴァ家の財産は、維持するどこか右肩下がり。それは全て胡散臭い投資話にホイホイ乗っかるライオットのせいである。

 ちなみに、手グセの悪いライオットだけれども、アネッサに対してだけは、健全に婚約者として接していた。肉体的な意味限定という前置きがつくけれど。

 それは、なぜか。
 理由はとても単純で、大変失礼なものだった。

 アネッサのことを持参金としてしかみていなかったから。

 アネッサの家は子爵家で、そこそこ繁栄している。そして一人娘であるアネッサが嫁ぐとなれば、持参金はかなりのものになる。

 だから、ライオットはアネッサに対して、婚約者以上の触れ合いを避けたのだ。アネッサの父の心象を良くするために。

 けれど、金づる扱いされたアネッサからしたら、それは大いにプライドを傷付けられること。
 
 そんな男の元に誰が嫁ぎたいというのだろうか。
 控えめに言って、誰もいないだろう。馬か鹿と結婚したほうが、まだマシである。


 確かに、ライオットの父親である先代は堅実に生きてきた。その評価は貴族社会の中で高いもの。 
 
 余談であるが、アネッサの父であるモータリア卿がシネヴァ家との婚約を決めたのは、父親同士の友情からくるものであった。

 そしてどれどけアネッサがライオットの素行の悪さを父親に訴えても、モータリア卿は男同士の友情を優先した。

 そんなわけで、アネッサはキレた。ガチでブチ切れた。

 父親が娘の悲痛な訴えよりも男の友情を選ぶなら、こっちは女同士の友情で不幸な未来を回避してやるっと決めたのだ。

 アネッサには幸い、名門侯爵家の親友がいた。
 それが、此度の婚約破棄の原因となったガーネットである。

 ちなみに、一見たおやかな貴族令嬢にしか見えないガーネットだけれども、正義感が強く、血の気も多い。

 そしてアネッサのことを本当の妹のように可愛がっているガーネットにとって、これは怒り心頭の案件であった。

 ……というわけで、二人はすぐさま円満に婚約を破棄するための緊急会議を開いた。そして、綿密な打ち合わせの末、今回のシナリオを作ったのだった。

 ライオットは、アネッサを捨て置いて、単身、夜会に行き、人や限りのやんちゃを繰り返していることは周知の事実。

 だからガーネットは侯爵家という身分を逆手にとって、わざとライオットが足を運びそうな夜会に出席し続けたのだ。

 そしてあくまで偶然という体で、ガーネットはライオットと距離を縮めた。
 
 脳にゴミカスしか詰まっていないライオットは、ガーネットから遠回しなアプローチを受け、瞬く間にのぼせあがり、あっという間にアネッサを捨てたのだ。

 ただガーネットの名誉の為に言っておくが、彼女はライオットと手すら握っていない。口付けなんてもってのほか。
 
 そんな肉体的接触がなくても、ガーネットはライオット程度の下等な生き物をオトす技くらいは身に付けている。

 ……それはどんなもの?などとは、聞かないで欲しい。単なる貴族の嗜みの一つである。

 最後に、もう言う必要はないかもしれないけれど、アネッサがここに来たのは、いの一番にガーネットにこの作戦が成功したことを伝えるため。

 あと、ライオットと会話をしている間アネッサが震えていたのは、悔しさではなく、嬉しさのあまり高笑いしてしまう衝動を抑えていた為であった。
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