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モスグリーンの壁紙に、猫脚の家具で統一されたシックで上品なこの部屋は、名門侯爵家の令嬢に相応しいガーネットの自室。
ただここが、一瞬にして阿鼻叫喚の図に変わるかもしれなくて。
そして翌日の新聞の一面に【痴情のもつれで、子爵令嬢が侯爵令嬢を殺害!血に染まった愛憎劇!!】なんていう見出しが飾られるかもしれなくて。
けれど、そんな雰囲気をおくびにも出すことはせず、アネッサはガーネットの部屋に入る。そして進められるがまま、一人掛けのソファに腰を降ろした。
ガーネットもテーブルを挟んだ反対側のソファに腰かける。
「ねぇ、改めて聞くけど、何かあったの?」
人払いをしたせいでガーネット自らが、アネッサをもてなす為にお茶を淹れている。
白色の上質磁器であるティーポットの注ぎ口から、コポポポッ……という音と共に、気取った感じの茶葉の香りと湯気が立つ。
本来なら、アネッサの侍女であるエリサが淹れるべきなのだが、彼女は現在、壁と同化している。
あまりに綺麗に気配を消しているので、もしかしてガーネットは、エリサの存在自体に気付いていないのかもしれない。
けれど立場的にアネッサは、自分の侍女に『ぼさっと、突っ立ってるんじゃないわよっ。さっさとお茶を淹れなさいっ』と、咎めるべき。
……なのだが、そこに触れることはしない。ただ、ガーネットがお茶を淹れ終わるのを静かに待っている。
そして、ガーネットがティーポットをテーブルに置いた途端、アネッサは静かに口を開いた。
「あのね、私、婚約破棄されたの」
ガーネットは全て知っているという感じで『そう』とだけ短く返事をした。
ただ、お茶を口に含むことはしない。じっとアネッサが続きの言葉を紡ぐのを待っている。
「ライオットが言ったわ。ガーネット……あなたに、心変わりしたって」
「それって、本当に?」
「ええ、間違いないわ───……ね?エリサ」
ちなみにこの侍女は、アネッサにとても忠実。問われたことに対して、過去一度も嘘を付いたことない。
そして今回も、壁と同化している鉄面皮の侍女は、表情を変えることなく、でも、しっかりと頷いた。
その途端、部屋の空気が一変した。
「あはははっははっはは」
突然、ガーネットが弾けたように笑い出したのだ。
そして、そのままの勢いでアネッサに向かって声を掛ける。
「やったっ。上手くいったわね!!」
「うんっ。本当にありがとう!ガーネット。あなたのお陰で、私、あのクズ野郎と結婚しなくてすんだわ」
アネッサもガーネットに負けず劣らずの満面の笑みを浮かべた。
そして二人は、阿吽の呼吸でハイタッチをし、テーブル越しに熱い抱擁を交わした。
「こんなシナリオ通りに、婚約破棄できるなんて夢みたい!!」
感極まったアネッサが、ガーネットの胸の中で叫ぶ。
ガーネットはその言葉に同意するかのように、更に強くアネッサを抱きしめた。
──……そう。この婚約破棄は、アネッサとガーネットが仕組んだことだった。
ただここが、一瞬にして阿鼻叫喚の図に変わるかもしれなくて。
そして翌日の新聞の一面に【痴情のもつれで、子爵令嬢が侯爵令嬢を殺害!血に染まった愛憎劇!!】なんていう見出しが飾られるかもしれなくて。
けれど、そんな雰囲気をおくびにも出すことはせず、アネッサはガーネットの部屋に入る。そして進められるがまま、一人掛けのソファに腰を降ろした。
ガーネットもテーブルを挟んだ反対側のソファに腰かける。
「ねぇ、改めて聞くけど、何かあったの?」
人払いをしたせいでガーネット自らが、アネッサをもてなす為にお茶を淹れている。
白色の上質磁器であるティーポットの注ぎ口から、コポポポッ……という音と共に、気取った感じの茶葉の香りと湯気が立つ。
本来なら、アネッサの侍女であるエリサが淹れるべきなのだが、彼女は現在、壁と同化している。
あまりに綺麗に気配を消しているので、もしかしてガーネットは、エリサの存在自体に気付いていないのかもしれない。
けれど立場的にアネッサは、自分の侍女に『ぼさっと、突っ立ってるんじゃないわよっ。さっさとお茶を淹れなさいっ』と、咎めるべき。
……なのだが、そこに触れることはしない。ただ、ガーネットがお茶を淹れ終わるのを静かに待っている。
そして、ガーネットがティーポットをテーブルに置いた途端、アネッサは静かに口を開いた。
「あのね、私、婚約破棄されたの」
ガーネットは全て知っているという感じで『そう』とだけ短く返事をした。
ただ、お茶を口に含むことはしない。じっとアネッサが続きの言葉を紡ぐのを待っている。
「ライオットが言ったわ。ガーネット……あなたに、心変わりしたって」
「それって、本当に?」
「ええ、間違いないわ───……ね?エリサ」
ちなみにこの侍女は、アネッサにとても忠実。問われたことに対して、過去一度も嘘を付いたことない。
そして今回も、壁と同化している鉄面皮の侍女は、表情を変えることなく、でも、しっかりと頷いた。
その途端、部屋の空気が一変した。
「あはははっははっはは」
突然、ガーネットが弾けたように笑い出したのだ。
そして、そのままの勢いでアネッサに向かって声を掛ける。
「やったっ。上手くいったわね!!」
「うんっ。本当にありがとう!ガーネット。あなたのお陰で、私、あのクズ野郎と結婚しなくてすんだわ」
アネッサもガーネットに負けず劣らずの満面の笑みを浮かべた。
そして二人は、阿吽の呼吸でハイタッチをし、テーブル越しに熱い抱擁を交わした。
「こんなシナリオ通りに、婚約破棄できるなんて夢みたい!!」
感極まったアネッサが、ガーネットの胸の中で叫ぶ。
ガーネットはその言葉に同意するかのように、更に強くアネッサを抱きしめた。
──……そう。この婚約破棄は、アネッサとガーネットが仕組んだことだった。
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