婚約破棄されたのは私ではなく……実は、あなたなのです。

当麻月菜

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 秋の季節特有のキラキラとした日差しと、インクで塗りつぶしたような青い空の下、アネッサを乗せた馬車はカラカラと軽快に車輪を回す。

 そして黄色く色づき始めた銀杏並木を通り抜け、馬車は上流階級が足しげく通う見事なケヤキ並木通りに入った。

 そこには、超が付くほどの旗艦店きかんてんが軒を連ねている。
 そして美術館や、有名な建築家が手がけた劇場などの文化的な施設もあり、一本裏通りに入ればお洒落なレストランもある。

 秋の柔らかい日差しの中、この一帯はいつも以上に賑わい、華やかだった。──まるでアネッサをあざ笑うかのように。

 ちなみにアネッサは、ここケヤキ通りにライオットとは一度も足を向けたことがない。お貴族御用達、そして貴族の紳士淑女のデートスポットだというのに、だ。

 アネッサとライオットが婚約をしたのは、今年の夏の初め。すでに4ヶ月は経過している。ちなみに、後半の2ヶ月はライオットから音信不通の状態であった。

 その間アネッサは何をしていたか。……それを聞くのは人としてのマナー違反である。

 そんなこんなで婚約破棄されてホヤホヤの状態であるアネッサにとって、ここは浮き立つどころか、苦い気持ちにしかならない。だから、一刻も早く通り抜けたいところ。

 けれど馬車は一際にぎわうお店を通り抜けるため、速度を緩める。そこは、奇しくもアネッサの大好きなカヌレの専門的だった。

「……寄りますか?」

 車内に甘いバターの香りが入って来たのと同時に、エリサがアネッサに問いかける。
 けれど、アネッサはきっぱりと首を横に振った。

「いいえ。構わず進みなさい」
「かしこまりました」

 そう。向かう先は、こんな甘ったれたところなんかではない。
 同じ王都リュフタナシムでも、閑静な高級住宅街にあるフォレット邸なのだ。

 言い方を変えると、アネッサが婚約を破棄された原因でもある、ガーネットが住まう屋敷に、カチコミよろしく向かっているというわけで……。

 そして、ガーネットと会ったらどうするのか?

 いきなり胸倉掴んで『この泥棒猫っ』と罵る?
 それとも『お願いだから身を引いて』と地べたに額をこすり付けて懇願する?
 まさか『天誅!!』とでも叫んで、アネッサ自らがガーネットに誅伐を下す?

 などという……そんな下種な質問はしてはいけない。

 とにかく用があるから、向かっているのだ。婚約者をたぶらかした貴族令嬢の元に。

 フォレット邸に近づくにつれ、アネッサは、さぞや般若のような顔をしてるだろう……と思いきや、夕方の海を思わすような凪いだ表情を浮かべており、口元にいたっては、うっすらと笑みすら浮かべていた。




***


 

「突然お邪魔して、ごめんなさい。ガーネット」
「何言ってるの、アネッサならいつでも歓迎よ」

 にこやかにアネッサを迎えるガーネットだけれども、まだ突然の来訪者が、自分が元凶で今しがた婚約を破棄されたことは知らない。

「で?今日はどうしたの?」

 ガーネットは浮かない顔をしているアネッサの手を優しく取った。

 ほっそりとした指先にある爪は、完璧に磨かれており、今まさに婚約破棄をされたアネッサに対して、女子力の差を見せつけるかのようでもあった。

 ──この手に、ライオットは触れたのだろうか。
 アネッサは、ふとそんなことを考え、胸が締め付けられるように痛んだ。

 そして、覗き込むように膝を折るガーネットから視線を外して口を開く。

「……ごめんなさい。ここでは、ちょっと……」

 言葉尻を濁すアネッサに訝しむガーネットだったけれど、なんとなくいつもと違う様子にそれ以上の追及をすることはやめた。

 あと、女性だけが持つ、特別な嗅覚が何かを嗅ぎ取ったようだ。

「わかったわ。じゃあ、奥に行きましょう」

 ガーネットは、にこやかな表情を消すとアネッサの手を引き、すぐに自室へと向かった。
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