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みんな、あの人の前では恋する乙女
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胸のときめきを隠すことなく言葉にしているオフェールアを見つめて、アンナは思う。
どうしてこんなにも堂々と誰かを好きだと語ることができるのだろうと。
勘の良いマチルダにだけはバレてしまった、アンナにとってカイロスへの想いは誰にも知られたくないものだった。
言い換えると、誰にも知られないからこそ、彼のことずっと好きでいられた。
カイロスはこの国の王子だ。自分なんかが手を伸ばしたいと思うことすらおこがましい相手。
そんな彼は卒業後したら、数多くいる婚約者候補の中から然るべき相手を選んで結婚するだろう。仮初とはいえ、恋人になったアンナのことなど奇麗さっぱり忘れて。
でもきっと、アンナは忘れないだろう。
カイロスと過ごした日々も、この想いも。ずっと、すっと……。
「ーーでもね、ワイトはわたくしのことなど眼中に無いの。あのお方の心を占めているのは殿下ただ一人。悔しいわ……わたくしがどんなに頑張っても、殿下と張り合うことはできないもの。……それにワイト様は親しみ深く見せるけど、絶対に隙を見せてくれない人なの」
最後の一言を口にした後、オフェールは切なそうに溜息を吐いた。
たったそれだけの仕草で、彼女がワイトに対してどれほどもどかしい想いを抱いているのか、容易に想像できた。
名門貴族の持参金に魅力を感じてくれないなんて、と小さく呟く声はとても寂しそうだった。
完璧な容姿に、非の打ち所がない家柄に生まれた令嬢にだって上手くいかないことがあるのを知ったアンナは言葉を失う。
ましてカイロスと仮初の恋人を演じているアンナは、片思いの切なさを共感できる立場に無い。だからどういう言葉をかければ良いのか分からない。
「……私ならオフェールアさんに口説かれたら、クラっときちゃいます」
散々悩んだ挙句、アンナは主観的なことを言った。少しでもオフェールアに自信を持ってもらいたくて。
「ありがとう、アンナさん」
オフェールアは目を細めて笑うと、身を乗り出してアンナの手を取った。
「今日はわたくしの誘いに応じてくれてありがとう。話を聞いてくれてありがとう」
きゅっと優しく手を握られ、アンナは自然に笑みが零れる。
「とんでもないです。私こそ、美味しいお茶と奇麗なお花を見せていただきありがとうございました」
そう言ってアンナは、空いてる方の手をオフェールアの手に重ねる。
「ふふっ、こんなに楽しいお茶会は久しぶりだわ。ねえアンナさん。良かったらまたお誘いしてもよろしいかしら?今度はあなたのお友達もご一緒に」
「はい!是非お願いします」
互いに笑みを深くして手を握り合う。
とその時、温室の扉がノックされ、取り巻きの一人が焦ったように口を開く。
「あっ……あのっ、オフェールアさん、今、殿下が」
全てを聞き取る間もなく、扉が開いた。
外の冷たい空気と放課後の生徒達のざわめきが、無遠慮に温室に流れ込む。
「俺を寒空の下でさんざん待たせている間に他の相手と逢引か? お前、俺を翻弄するのが随分と上手くなったな」
軽い口調ではあるが、しっかり怒りを滲ませてそう言いたのは従者を引き連れたカイロスだった。
どうしてこんなにも堂々と誰かを好きだと語ることができるのだろうと。
勘の良いマチルダにだけはバレてしまった、アンナにとってカイロスへの想いは誰にも知られたくないものだった。
言い換えると、誰にも知られないからこそ、彼のことずっと好きでいられた。
カイロスはこの国の王子だ。自分なんかが手を伸ばしたいと思うことすらおこがましい相手。
そんな彼は卒業後したら、数多くいる婚約者候補の中から然るべき相手を選んで結婚するだろう。仮初とはいえ、恋人になったアンナのことなど奇麗さっぱり忘れて。
でもきっと、アンナは忘れないだろう。
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「ーーでもね、ワイトはわたくしのことなど眼中に無いの。あのお方の心を占めているのは殿下ただ一人。悔しいわ……わたくしがどんなに頑張っても、殿下と張り合うことはできないもの。……それにワイト様は親しみ深く見せるけど、絶対に隙を見せてくれない人なの」
最後の一言を口にした後、オフェールは切なそうに溜息を吐いた。
たったそれだけの仕草で、彼女がワイトに対してどれほどもどかしい想いを抱いているのか、容易に想像できた。
名門貴族の持参金に魅力を感じてくれないなんて、と小さく呟く声はとても寂しそうだった。
完璧な容姿に、非の打ち所がない家柄に生まれた令嬢にだって上手くいかないことがあるのを知ったアンナは言葉を失う。
ましてカイロスと仮初の恋人を演じているアンナは、片思いの切なさを共感できる立場に無い。だからどういう言葉をかければ良いのか分からない。
「……私ならオフェールアさんに口説かれたら、クラっときちゃいます」
散々悩んだ挙句、アンナは主観的なことを言った。少しでもオフェールアに自信を持ってもらいたくて。
「ありがとう、アンナさん」
オフェールアは目を細めて笑うと、身を乗り出してアンナの手を取った。
「今日はわたくしの誘いに応じてくれてありがとう。話を聞いてくれてありがとう」
きゅっと優しく手を握られ、アンナは自然に笑みが零れる。
「とんでもないです。私こそ、美味しいお茶と奇麗なお花を見せていただきありがとうございました」
そう言ってアンナは、空いてる方の手をオフェールアの手に重ねる。
「ふふっ、こんなに楽しいお茶会は久しぶりだわ。ねえアンナさん。良かったらまたお誘いしてもよろしいかしら?今度はあなたのお友達もご一緒に」
「はい!是非お願いします」
互いに笑みを深くして手を握り合う。
とその時、温室の扉がノックされ、取り巻きの一人が焦ったように口を開く。
「あっ……あのっ、オフェールアさん、今、殿下が」
全てを聞き取る間もなく、扉が開いた。
外の冷たい空気と放課後の生徒達のざわめきが、無遠慮に温室に流れ込む。
「俺を寒空の下でさんざん待たせている間に他の相手と逢引か? お前、俺を翻弄するのが随分と上手くなったな」
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