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みんな、あの人の前では恋する乙女
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「ふふっ、アンナさんったら予想外って顔をしているわね」
「ぅ……うっ……そんなことは……いえ、びっくりしてます。ごめんなさい」
一瞬、誤魔化そうと思った。
けれど秒で考え直したアンナは、ぺこっと頭を下げた。
「いいえ、そんなこと仰らないで。ただ恩人に頭を下げられると、わたくしどんな顔をして良いのかわかりませんから、顔を上げていただけますと嬉しいですわ」
「はいっ」
オフェールアは下手に出ているようで、実はアンナを上手に操縦している。
これが上流階級の人間なのかとアンナは顔を上げながら思う。あと、こういうところはカイロスと同じだとも。
「……ねえ、知りたい?」
意味不明な感動を覚えているアンナに、オフェールアはもじもじと抽象的に問いかける。
「え?」
アンナがキョトンとすれば、オフェールアは「そう、やっぱり聞きたいわよね」と笑みを深くする。要は恋バナをしたいらしい。
そういうのを聞くのはやぶさかではな……く、むしろ好きなアンナは聞く姿勢を取る。
そうすればオフェールアは一度瞼を閉ざし、ゆっくりと開いた。
「ワイト様とわたくしが初めてお会いしたのは、14歳の時。あの方は殿下の従者で……彼を見た時、すべての景色が霞んで見えたわ。なんて素敵な方なのだろうと、わたくし生まれて初めて恋がどんなものなのかわかりましたの」
「そ……そうなんですか。それは……それは」
とりあえず頷いてみたけれど、アンナは首を傾げたくて仕方がない。
ワイトは人懐っこさならランラード学園の三本の指に入る。だがイケメンかと聞かれれば、そうだというのに少し時間がかかる容姿だ。
つまり不細工ではないけれど、自分と同様に平凡の枠から出ない。
けれどオフェールアにとったら、絶世の美男子なのだろう。
人の趣味趣向に口を挟む気は無いアンナは、話の腰を折らぬよう細心の注意を払いながらお茶を一口飲む。
「ワイト様は宮廷貴族の次男で犬より猫派。甘い物は好むけれど、濃厚系よりさっぱり系が好み。剣の腕だってピカイチで魔力もあるから、騎士見習い時代に陛下直々に殿下のお目付け役にと選ばれたの。そうして必然的に……いえ、運命的にわたくしの目の前に表れてくれたのよ」
「そ……そうなんですか」
「あら、アンナさん顔が引きつっていらっしゃいますけど?」
「いえ、そんなっ」
アンナは慌てて首をブンブン横に振る。
「ふふっ、良いんですの。わたくしあのお方のことを語るときは、少々暴走してしまうのは自覚しておりますから」
頬に手を当てはにかむオフェールアは、自覚はしているが自制する気は無いようで再び語りだす。
「初対面の印象は「なんて素敵な人」の一言に尽きますわ。殿下が邪魔でろくに挨拶ができなかったのが唯一の心残りですが、それでもあの日の日記を読み返すとーー」
うるうるとした目つきでオフェールアは両手を組んで語り続ける。
その中には恋バナだけではなく、衝撃的な事実も含まれていた。
カイロスとの婚約を破綻させたくて、わざと悪女を演じていたこと。取り巻き達はその協力者で、嫌がらせを受けていた生徒達も実は事情を知っていて進んで被害者になってくれたこと。
卒業したらどんな手を使ってでも、ワイトを口説き落とすと決めていること。
つらつらと紡がれるそれらに、アンナは気が遠くなりそうだ。
それでも頑張って相槌を打つ。取り巻き達ーーもとい協力者達も同様に。
太陽はだいぶ西に傾いてきた。でもオフェールアの恋バナは一向に終わる気配が無い。
一体いつまで続くのだろうか。
そんなことを頭の隅で思いながら、アンナは音を立てずに冷めてしまったお茶を口に含んだ。
「ぅ……うっ……そんなことは……いえ、びっくりしてます。ごめんなさい」
一瞬、誤魔化そうと思った。
けれど秒で考え直したアンナは、ぺこっと頭を下げた。
「いいえ、そんなこと仰らないで。ただ恩人に頭を下げられると、わたくしどんな顔をして良いのかわかりませんから、顔を上げていただけますと嬉しいですわ」
「はいっ」
オフェールアは下手に出ているようで、実はアンナを上手に操縦している。
これが上流階級の人間なのかとアンナは顔を上げながら思う。あと、こういうところはカイロスと同じだとも。
「……ねえ、知りたい?」
意味不明な感動を覚えているアンナに、オフェールアはもじもじと抽象的に問いかける。
「え?」
アンナがキョトンとすれば、オフェールアは「そう、やっぱり聞きたいわよね」と笑みを深くする。要は恋バナをしたいらしい。
そういうのを聞くのはやぶさかではな……く、むしろ好きなアンナは聞く姿勢を取る。
そうすればオフェールアは一度瞼を閉ざし、ゆっくりと開いた。
「ワイト様とわたくしが初めてお会いしたのは、14歳の時。あの方は殿下の従者で……彼を見た時、すべての景色が霞んで見えたわ。なんて素敵な方なのだろうと、わたくし生まれて初めて恋がどんなものなのかわかりましたの」
「そ……そうなんですか。それは……それは」
とりあえず頷いてみたけれど、アンナは首を傾げたくて仕方がない。
ワイトは人懐っこさならランラード学園の三本の指に入る。だがイケメンかと聞かれれば、そうだというのに少し時間がかかる容姿だ。
つまり不細工ではないけれど、自分と同様に平凡の枠から出ない。
けれどオフェールアにとったら、絶世の美男子なのだろう。
人の趣味趣向に口を挟む気は無いアンナは、話の腰を折らぬよう細心の注意を払いながらお茶を一口飲む。
「ワイト様は宮廷貴族の次男で犬より猫派。甘い物は好むけれど、濃厚系よりさっぱり系が好み。剣の腕だってピカイチで魔力もあるから、騎士見習い時代に陛下直々に殿下のお目付け役にと選ばれたの。そうして必然的に……いえ、運命的にわたくしの目の前に表れてくれたのよ」
「そ……そうなんですか」
「あら、アンナさん顔が引きつっていらっしゃいますけど?」
「いえ、そんなっ」
アンナは慌てて首をブンブン横に振る。
「ふふっ、良いんですの。わたくしあのお方のことを語るときは、少々暴走してしまうのは自覚しておりますから」
頬に手を当てはにかむオフェールアは、自覚はしているが自制する気は無いようで再び語りだす。
「初対面の印象は「なんて素敵な人」の一言に尽きますわ。殿下が邪魔でろくに挨拶ができなかったのが唯一の心残りですが、それでもあの日の日記を読み返すとーー」
うるうるとした目つきでオフェールアは両手を組んで語り続ける。
その中には恋バナだけではなく、衝撃的な事実も含まれていた。
カイロスとの婚約を破綻させたくて、わざと悪女を演じていたこと。取り巻き達はその協力者で、嫌がらせを受けていた生徒達も実は事情を知っていて進んで被害者になってくれたこと。
卒業したらどんな手を使ってでも、ワイトを口説き落とすと決めていること。
つらつらと紡がれるそれらに、アンナは気が遠くなりそうだ。
それでも頑張って相槌を打つ。取り巻き達ーーもとい協力者達も同様に。
太陽はだいぶ西に傾いてきた。でもオフェールアの恋バナは一向に終わる気配が無い。
一体いつまで続くのだろうか。
そんなことを頭の隅で思いながら、アンナは音を立てずに冷めてしまったお茶を口に含んだ。
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