上 下
20 / 33
仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ

14

しおりを挟む
 こちらに気付いたカイロスは、大股で近づいてくる。

 何か話しかけようとしたカイロスであったが、アンナの胸元に自分のネクタイが締められていないことを目にして露骨にムッとした顔になる。

 けれどアンナの体調が悪いことに気付いた途端、焦燥感を丸出しにして駆け寄った。

「おいっ、何やってんだ!」

 怒声と共にカイロスの腕が伸びてきて、強引にマチルダと引き剥がされる。

「......え?......何って......その......」
「殿下、アンナはわたくしの歌を聴いたらすぐに部屋に戻りますから。そう頭ごなしに怒ってあげないで」
「うるさい」

 オロオロするアンナに代わりマチルダが間に入ってくれたが、カイロスは聞く耳を持たない。

 ただアンナの額に触れる手はどこまでも優しい。

「すごい熱じゃないかっ。こんな状態で歌なんて耳に入るわけがないだろう」
「わたくしもそう言ったんですけどねぇ。聞かないと留年するって言い張って……この子」
「はぁ?......こいつ馬鹿なのか??」
「馬鹿ではないわ。愚かで可愛いだけですわ」

 本人を前にしてよくもまあそこまで言ってくれるもんだと、アンナはカイロスとマチルダに文句の一つでも言いたい。

 しかしカイロスはアンナに喋る間を与えず、横抱きにする。

「医者......いや、保健室に連れていくぞ」
「そうしてくださいませ。殿下ならアンナも嫌とは言わないでしょうから。じゃあ、わたくしは開幕式がありますから、お先に」
「ああ」
「アンナ、お利口さんに寝てるのよーーじゃあね」
「......ぅえ......ま、マチ......あぁ......ふぇ......」

 頬を軽く撫でてひらりと去っていくマチルダを、アンナは声にならない声で呼び止める。

「ったく、そう見せつけてくれるな。病人相手にこれ以上怒鳴り付けたくはない」
「......ひぃん」

 親友に手を伸ばそうとするアンナに、カイロスはなぜそこまで怒るの?と聞きたくなるくらい激怒していた。

 ただアンナを抱く腕はとても丁寧で、労りが滲み出ている。

「急いで保健室に行くが、お前はもう寝てろ。着いたら手当てしてやるから」

 歩き出したカイロスの言葉に、アンナはパチパチと瞬きを繰り返す。

「カイロスさんは、出席しないんですか?」
「当たり前だ。こんな状態のお前を見捨てて行けるか」
「......そんな、私は、大丈夫」
「黙れ。これ以上喋るなら、熱を下げるためにお前の服をひんむいて、俺も裸で添い寝してやるぞ」
「......」

 想像すら絶する発言に、アンナは口を閉じる。

 その固く結んだ唇は、一生黙っている覚悟すら伝わるもの。

「おい、そこまで嫌がるもんか?」

 更に不機嫌になったカイロスの言葉が降ってきても、アンナはむぎゅっと口を閉じて、ついでに目も閉じる。

 

 暗闇の中、カイロスが歩く振動が伝わってくる。たくましい胸に自分の頬が当たる。彼の愛用のコロンだろうかベルガモットと香りが微かに漂ってくる。

 そんな中、恋人を横抱きにする第三王子の姿を目にした生徒がキャアキャアと黄色い声をあげる。

 いつもなら騒ぎ立てる生徒を前にして、顔を真っ赤にするか死んだ魚の目になるアンナだけれども、今日に限っては全て他人事のように感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

美形軍人に連行された少女の末路 ~辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か!?~

当麻月菜
恋愛
『アルベルティナ・クラース。悪いが何も聞かずに、俺たちに付いてきてもらおうか』  パン屋で店主を泣かせるほど値切った帰り道、アルベルティナことベルは、突然軍人に囲まれてしまった。  そして訳がわからないまま、鉄格子付きの馬車に押し込まれどこかに連行されてしまった。  ベルを連行した責任者は美形軍人のレンブラント・エイケン。  人攫い同然でベルを連行した彼は人相が悪くて、口が悪くて、いささか乱暴だった。  けれど、どうやらそうしたのは事情があるようで。  そして向かう先は牢屋ではなく、とある人の元らしくて。  過酷な境遇で性格が歪み切ってしまった毒舌少女(ベル)と、それに翻弄されながらも毒舌少女を溺愛する他称ロリコン軍人(レン)がいつしか恋に発展する……かもしれない物語です。 ※他のサイトでも重複投稿しています。 ※2020.09.07から投稿を始めていた作品を加筆修正の為取り下げ、再投稿しています。

ボロボロになった心

空宇海
恋愛
付き合ってそろそろ3年の彼氏が居る 彼氏は浮気して謝っての繰り返し もう、私の心が限界だった。 心がボロボロで もう、疲れたよ… 彼のためにって思ってやってきたのに… それが、彼を苦しめてた。 だからさよなら… 私はまた、懲りずに新しい恋をした ※初めから書きなおしました。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

好きな人に惚れ薬を飲ませてしまいました

当麻月菜
恋愛
パン屋の一人娘フェイルは、5つ年上の貴族の次男坊であり王宮騎士ルナーダに片思いをしている。 けれど来月、この彼は王宮を去る。領地を治めている兄を支えるために。 このまま顔馴染みの間柄でいたくない。 せめてルナーダが王都を離れてしまうまで恋人でいたい。 そう思ったフェイルは、ある決心をした。そして王都の外れにある魔女の屋敷へと向かう。 ──惚れ薬を手に入れ、ルナーダに飲ませる為に。 ※小説家になろうさまに同タイトルで掲載していますが、設定が異なります。

運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています

四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...