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仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ
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「ーーナ、......ンナ、アンナってば!」
肩を強く揺さぶられて、ぱちっと目を開くと、完璧に身なりを整えたマチルダが顔を覗きこんでいた。
「……ん、マチルダ......今日は一段ときれえだねぇ」
起きたばかりのアンナは、ふにゃっと笑って本日の歌姫に笑いかける。
しかし褒められたはずの歌姫ことマチルダは、眉間に皺を寄せた。
「起きがけに褒めてくれて嬉しいわ。でもね貴方、もう支度をしないと遅れるわよ」
「へっ?......う......嘘っ、もうこんな時間?!」
壁時計に目を向けたアンナは飛び起きた。
やれやれと肩をすくませるマチルダが視界の隅に入る。
「わたくしの歌が楽しみだから寝付けなかったの?まったくこういうところはアンナは子供っぽいんだから......って、ちょっとアンナ、大丈夫?!」
慌ててベッドから飛び降りたアンナは、そのまま床にうずくまる。目眩と悪寒で立ち上がれないのだ。
「マチルダぁー......ねえ、今日って雪降ってる?」
自分を助け起こしてくれるマチルダに、アンナは震える声で問うてみる。
すぐに慌てた様子でマチルダがアンナの額に手を当てる。マチルダの手は、ひんやりと冷たくて気持ち良い。とても寒いのに不思議だ。
と、思ったけれど、理由はすぐにわかった。
「なに言ってるのよ、もう。あなた熱があるのよ」
「熱?」
「そう、熱。しかもかなりの高熱よ。一体、どうしたの?」
「あー......」
思い当たることはある。
一週間前に旧図書館でカイロスと喧嘩をして、雨に打たれながら女子寮に戻ってきたこと。
加えて、喧嘩をしてからろくに眠れていない日々だった。目を閉じれば嫌なことばかり考えてしまって、明日が来るのが怖くて、もう一人の自分が睡眠を拒絶し続けていた。
とどのつまり、これは寝不足からくる風邪である。
アンナはぐらんぐらん揺れる頭を抱えたくなった。
だって、歌姫と同室だから風邪を引かないようにと細心の注意を払っていたのだ。なのにこの体たらく。どう考えても自分の失態である。
「マチルダ、喉は痛くない?大丈夫??」
「すこぶる良いわ。絶好調よ」
にこっと微笑んでくれた本日の主役を見て、アンナは一先ず安堵する。
でも次のマチルダの言葉にアンナは半泣きになった。
「今日は、寝てなさい。寮母には私から言っておくから。もちろん担任にも」
「やだ!マチルダの歌は聞くもん!!」
熱のせいで感情的になってしまったアンナに、マチルダはため息を落とす。
「あのねえ、こんな状態の貴方を見てたら、歌なんて歌えないわ」
「......うう。でも」
「近いうちに、アンナの為だけに歌ってあげるから」
「やだぁ。今日アンナの歌を聴けなかったら、私、留年するぅ」
子供みたいに駄々をこねるアンナに、マチルダは困ったように眉を下げる。
マチルダは豪族の末姫だ。本来なら、カイロス同様に多くの人間にかしずかれる立場にある。命令を受けるのではなく、する側だ。
でも雨の中、震える子猫のような声で訴えるアンナの破壊力はすさまじくてーー
「歌を聴いたら、すぐに部屋に戻って寝ること。良いわね?」
「うん、マチルダ......好きぃ」
結局、アンナの願いを叶えてしまい、ついでに熱でフラフラになっているアンナの身支度まで手伝うことになってしまった。
***
制服に着替えたアンナは、マチルダに支えられて女子寮を出る。
風邪を引いている今、喉が命のマチルダに密着するのは大変申し訳ないことだが、支えてもらわないと立っていられないのだ。
「アンナ、途中でアレクと交代するけど大丈夫?」
「うん、平気」
「あら、殿下が良いって言わないの?」
「......」
不思議そうに尋ねるマチルダに、アンナは無言でいる。
カイロスと自分が喧嘩をしたことをマチルダには伝えていないけれど、察しの良い彼女はなんとなく気付いているのかもしれない。
「弱った貴方を見たら、きっと殿下は全部をお許しになると思うけど?」
ほらね、やっぱり気付いていた。
そして仲直りをするなら今がチャンスと、アンナにアドバイスをしてくれている。
でもアンナは首を横にふる。
「ううん、なんかこんな姿を見られるの恥ずかしいし......迷惑だと思うし」
ボソボソと口から出た言葉は嘘偽りない本音だ。
きっとこの姿を見たら、カイロスは自分に優しくしてくれるだろう。たとえ仮初めの恋人であっても労る言葉をかけてくれるはず。
でも、顔色最悪、髪の毛は櫛を通しただけ。おまけに預かっているネクタイは着ける勇気が無くてポケットの中。
そんな状態で、顔を合わせたくなかった。なのにーー
「ふぅん、アンナの乙女心はそうかもしれないけれど、男心は違うみたいねぇ」
歩む足を止めずに、マチルダはそう言った。妙に含みを持たせた言い方だった。
アンナは嫌な予感がした。つい足が止まる。
その1拍後、予感は的中した。
カイロスが女子寮の門前で、腕を組んで立っていたのだ。
肩を強く揺さぶられて、ぱちっと目を開くと、完璧に身なりを整えたマチルダが顔を覗きこんでいた。
「……ん、マチルダ......今日は一段ときれえだねぇ」
起きたばかりのアンナは、ふにゃっと笑って本日の歌姫に笑いかける。
しかし褒められたはずの歌姫ことマチルダは、眉間に皺を寄せた。
「起きがけに褒めてくれて嬉しいわ。でもね貴方、もう支度をしないと遅れるわよ」
「へっ?......う......嘘っ、もうこんな時間?!」
壁時計に目を向けたアンナは飛び起きた。
やれやれと肩をすくませるマチルダが視界の隅に入る。
「わたくしの歌が楽しみだから寝付けなかったの?まったくこういうところはアンナは子供っぽいんだから......って、ちょっとアンナ、大丈夫?!」
慌ててベッドから飛び降りたアンナは、そのまま床にうずくまる。目眩と悪寒で立ち上がれないのだ。
「マチルダぁー......ねえ、今日って雪降ってる?」
自分を助け起こしてくれるマチルダに、アンナは震える声で問うてみる。
すぐに慌てた様子でマチルダがアンナの額に手を当てる。マチルダの手は、ひんやりと冷たくて気持ち良い。とても寒いのに不思議だ。
と、思ったけれど、理由はすぐにわかった。
「なに言ってるのよ、もう。あなた熱があるのよ」
「熱?」
「そう、熱。しかもかなりの高熱よ。一体、どうしたの?」
「あー......」
思い当たることはある。
一週間前に旧図書館でカイロスと喧嘩をして、雨に打たれながら女子寮に戻ってきたこと。
加えて、喧嘩をしてからろくに眠れていない日々だった。目を閉じれば嫌なことばかり考えてしまって、明日が来るのが怖くて、もう一人の自分が睡眠を拒絶し続けていた。
とどのつまり、これは寝不足からくる風邪である。
アンナはぐらんぐらん揺れる頭を抱えたくなった。
だって、歌姫と同室だから風邪を引かないようにと細心の注意を払っていたのだ。なのにこの体たらく。どう考えても自分の失態である。
「マチルダ、喉は痛くない?大丈夫??」
「すこぶる良いわ。絶好調よ」
にこっと微笑んでくれた本日の主役を見て、アンナは一先ず安堵する。
でも次のマチルダの言葉にアンナは半泣きになった。
「今日は、寝てなさい。寮母には私から言っておくから。もちろん担任にも」
「やだ!マチルダの歌は聞くもん!!」
熱のせいで感情的になってしまったアンナに、マチルダはため息を落とす。
「あのねえ、こんな状態の貴方を見てたら、歌なんて歌えないわ」
「......うう。でも」
「近いうちに、アンナの為だけに歌ってあげるから」
「やだぁ。今日アンナの歌を聴けなかったら、私、留年するぅ」
子供みたいに駄々をこねるアンナに、マチルダは困ったように眉を下げる。
マチルダは豪族の末姫だ。本来なら、カイロス同様に多くの人間にかしずかれる立場にある。命令を受けるのではなく、する側だ。
でも雨の中、震える子猫のような声で訴えるアンナの破壊力はすさまじくてーー
「歌を聴いたら、すぐに部屋に戻って寝ること。良いわね?」
「うん、マチルダ......好きぃ」
結局、アンナの願いを叶えてしまい、ついでに熱でフラフラになっているアンナの身支度まで手伝うことになってしまった。
***
制服に着替えたアンナは、マチルダに支えられて女子寮を出る。
風邪を引いている今、喉が命のマチルダに密着するのは大変申し訳ないことだが、支えてもらわないと立っていられないのだ。
「アンナ、途中でアレクと交代するけど大丈夫?」
「うん、平気」
「あら、殿下が良いって言わないの?」
「......」
不思議そうに尋ねるマチルダに、アンナは無言でいる。
カイロスと自分が喧嘩をしたことをマチルダには伝えていないけれど、察しの良い彼女はなんとなく気付いているのかもしれない。
「弱った貴方を見たら、きっと殿下は全部をお許しになると思うけど?」
ほらね、やっぱり気付いていた。
そして仲直りをするなら今がチャンスと、アンナにアドバイスをしてくれている。
でもアンナは首を横にふる。
「ううん、なんかこんな姿を見られるの恥ずかしいし......迷惑だと思うし」
ボソボソと口から出た言葉は嘘偽りない本音だ。
きっとこの姿を見たら、カイロスは自分に優しくしてくれるだろう。たとえ仮初めの恋人であっても労る言葉をかけてくれるはず。
でも、顔色最悪、髪の毛は櫛を通しただけ。おまけに預かっているネクタイは着ける勇気が無くてポケットの中。
そんな状態で、顔を合わせたくなかった。なのにーー
「ふぅん、アンナの乙女心はそうかもしれないけれど、男心は違うみたいねぇ」
歩む足を止めずに、マチルダはそう言った。妙に含みを持たせた言い方だった。
アンナは嫌な予感がした。つい足が止まる。
その1拍後、予感は的中した。
カイロスが女子寮の門前で、腕を組んで立っていたのだ。
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