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仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ

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『褒美をやるのは、俺が卒業してからだ。それまでは、お前は俺の傍にいろ』

 切実な声音でそう言ったカイロスは、アンナの髪を一房取り唇を押し当てた。次いで、じっとアンナを見つめる。

 対してアンナは、ごく自然に毛先に口付け落とす仕草と熱を帯びた視線に、身動きが取れなくなる。

「いいな?」

 強く同意を求められたけれど、アンナは何と答えて良いのかわからず、口を開き、閉じることを繰り返すことしかできない。

 独占欲を感じさせるカイロスの言動にクラリと眩暈を覚える。それと同時に無自覚に自分を傷付ける彼を憎らしいとすら思えてしまう。

「……やだ」
「おい」

 まさかここで断わられるとは思っていなかったのだろう。

 カイロスはギロリとアンナを睨む。でもすぐに、その表情は狼狽えたものに変わった。

 アンナがボロボロと涙を零していたから。

「お前……なんで、ここで泣くんだ」

 呆れと困惑をない交ぜにして、カイロスはアンナを抱き寄せようとする。

 しかしアンナは、その太い腕を全力で振り払った。

「おいっ」

 ここまで強く拒絶されるとは思って無かったのだろう。

 露骨に怒りを向けたカイロスに、アンナは怯むことはしない。ただ手の甲で乱暴に涙を拭いながら目を逸らす。こんな醜い自分をを見られたくないから。

 そして、勢いよく立ち上がるとそのまま旧図書館を飛び出した。

 待てと自分を呼び止める声が聞こえた。でも、アンナの足は止まらなかった。



***



 カイロスと喧嘩をした。

 ……いや、アレを喧嘩と呼んで良いのかわからないが、それ以外の言葉が見つからない。だから、やっぱり喧嘩をしたのだ。

 創立記念日が目前に控えているというのに。加えて、庭園パーティーのパートナーに選ばれた証として、カイロスのネクタイを預かっているのに。
 
 ちなみにアンナは自分のネクタイをカイロスに渡していない。

 どうせなら比較的奇麗な予備のネクタイを使って欲しかったから、カイロスから受け取った際に渡さなかったのだ。

 今となってはそれが良かったのか悪かったのか判断に迷う。ただアンナの悩みが増えたことだけは事実だ。

 そんなモヤモヤを抱え、これからどんな風に接して良いのかわからないアンナをよそに、カイロスは喧嘩をした翌日でも普段通りランチに誘ってくれた。

 ぎこちなく昼食を取っている間、一度も仮初の恋人を解消しようとは言わなかった。でも、ネクタイを欲しいとも言わなかった。欲しい素振りすらしなかった。  

 その空気にいたたまれずアンナは、自分から昨日のことを謝った。カイロスは「気にするな」と言ってくれた。とても儀礼的に。

 一切の感情を乗せない微笑は、なんだか片思いをしているときより、ずっと遠くの人に感じた。

 完全に嫌われた。

 アンナはカイロスとの間に隔たれた壁を感じて、そう結論付けた。

 

 でもカイロスはその後も自分を恋人として扱い続けている。訳が分からない。

 そこんなでアンナは氷上を歩いている心境のままあっという間に時間が過ぎていき、とうとう創立記念日を迎えてしまった。
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