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彼女が王子の恋人になったわけ

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「ま、ま……待って、待ってくださいっ」

 覆いかぶさってくるカイロスの胸に手を当て、アンナはブルブルと首を横に振る。
    
「安心しろ、最後まではしない。俺と恋人になれば利点があることを身体に教えてやるだけだ」

 ニヤリと笑うカイロスは余裕たっぷりで、明らかに女慣れてしている。

 しかしアンナは片思いだけであっぷあっぷになる初心うぶな女の子だ。これ以上刺激的なことをされたら心臓が間違いなく壊れてしまう。

「お願いです!ど、どうか……ご、ご勘弁をっ」
「おい、泣くな。余計、したくなる」
「泣いてません!しないでください!!」

 目頭がじわりと熱くなって、視界がぼやけているから自分は間違いなく涙目になっている。

 でもそれを認めてはいけない。断じて。

「知ってるか?泣いている女を前にしたら、男は理性がぶっ飛ぶんだ」
「知らないし!泣いてないですし!」
「へえ?」

 必死にもがくアンナを見下ろしながらカイロスが喉を震わせ低く笑った。

「これでも泣いてないって?」

 言い逃れできないよう親指の腹で涙をぬぐわれ、それを見せつけられる。言わなくてもいいかもしれないが、彼の指先にはしっかり濡れている。

 物理的な証拠を突き付けられ逃げ場を失ったアンナは、「……う……ううう」と情けない声を上げることしかできない。

「これ以上俺を煽りたくないなら、さっさと恋人になるんだな」
「……ひぃん」

 恐喝でしかないのに、カイロスに激高できないのは自分の恋心が邪魔をしているから。

 だからといって好きな人に対して”好きじゃないのに恋人のフリをする”。なぁーんていう器用なことできるわけがない。

 そんなわけでアンナは、最後の悪あがきを試みる。

「あの、カイロス様ならきっと私よりもっと理解があって容姿も申し分ない女性を仮初の恋人にすることができると思います。ですのでっ」
「断る。俺は、お前に決めた」
「……そんなぁ」 

 へにょりと眉を下げるアンナに、カイロスは焦れた顔で溜息を吐く。

「いい加減、俺を選べ。アンナ」
「……っ」

 完璧なるゴリ押しだった。

 低く囁かれた自分の名が、思考を全部奪っていく。

「あの……ふつつかものですか……よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ、よろしく」

 気付けばアンナは小刻みに頷いていた。カイロスは身体を起こして爽やかに笑った。



 そうして二人は恋人になった。

 アンナは卒業するまで己の恋心を隠して、カイロスの仮初の恋人を演じる羽目になった。
 
 翌日、カイロスは自分にまとわりつく婚約者候補を振った。噓八百を並べ立てて。


 アンナはカイロスの腕に抱かれながら、恋人になった経緯をちゃんと彼と口裏合わせていなかったことを心底悔いた。

 しかし、どれだけ後悔したとて後の祭り。

 アンナはふしだら令嬢というレッテルを貼られ、カイロスは喰われた王子と自ら宣言してーー新学期を迎えることになってしまった。
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