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彼女が王子の恋人になったわけ

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 始業式が終わった午後、残暑厳しい校舎の裏庭で繰り広げられる青春絵巻に自分が加わるなんて夢にも思わなかったとアンナは他人事のように思う。

 決して手が届くことがないと諦めていた片思いの先輩ーーマルグネス国第三王子カイロス殿下の腕の中で。



*:..。o○【不健全な契約から始まる、健全な男女交際】○o。..:*  



「今日から俺は、こいつと付き合うことになったから。もうお前とは他人だ」

 銀髪を鬱陶し気にかき上げながら交際終了を告げたのはカイロスだった。

 それってどうよ?と思うほど一方的な宣言をしたというのに、彼の深緑の瞳は一切罪悪感の色が無い。

 対して告げられた側の女性ーーオフェールア・リッドは憎々し気に睨み付けている。カイロスではなく、アンナを。

 迫力満点のそれにアンナのコバルトブルーの瞳が恐怖に震える。

 オフェールアは名門貴族の嫡女でカイロスの婚約者候補の一人。しかも一番の有力候補。

 そんな彼女はカイロスの隣に立つのにふさわしい金髪縦ロールの豊満な身体つきの美女である。ただ紫色の瞳は意地悪く吊り上げっており、その風貌は絵にかいたような悪女そのもの。

 実際、彼女は学園内では第三王子の婚約者候補という立場を最大限に活かして、カイロスに猛烈アプローチをするに留まらず、他の生徒に対して迷惑行為を繰り返す問題児。所謂、悪女である。

 そんな悪女はやや間を置いて、口を開いた。

「……正気なんですの?」
「ああ」
「こんな子を?貴方が??」
「そうだ。可愛いだろう?」

 喉の奥で笑いながらカイロスは、向日葵色のアンナの髪を一房すくって口付ける。オフェールアが悔しげに顔を歪める様を楽しむかのように。

 これらを客観的に見ると、カイロスは婚約者がいるのに自分を選んでくれたことになる。

 入学当初から彼に片思いをしていた自分からすれば最高に嬉しい。夢みたいな展開だ。

 でも、アンナは知っている。この一連のやり取りが、オフェールアと縁を切るためのお芝居だということを。

 カイロスは自分の事なんかちっとも好きじゃない。ただただ纏わりつく婚約者を遠ざける為に、こんな茶番をしているだけ。

 巻き込まれた自分は、最高に悲しい。
 
 アンナはカイロスの身体の熱を全身に感じながら、切ない気持ちで胸が苦しくなる。

 あと物理的にもカイロスが力任せに抱きしめてくれるもんだから、とても苦しい。

 ただこんなに密着していても、カイロスはドキドキなんてしてくれない。おそらく逃亡防止のためにギュッとしているだけなのだろう。色気が無さ過ぎて泣けてくる。

 それなのに上辺だけの状況は、どんどん順調に進んでいく。自分の気持ちとは裏腹に。

 てっきりオフェールアは一方的な宣言に、どういうことだと詰め寄ってくるかと思いきや、あっさり「そう。なら仕方が無いわ」と引き下がるし、カイロスはカイロスで「お前が親から何か言われたら、俺が処理する」などと気遣いまで見せる始末。

 つまり別れ話は、あっさり終わりを告げようとしている。

 アンナは一先ずほっと胸を撫で下ろした。なにせこれは自分に課せられたミッションでもあるので。

 だがしかし最後の最後で、オフェールアはカイロスと自分が恋人同士になった経緯を問うてきた。アンナは、詰めが甘かったと心の中で呻く。

 でもカイロスはニヤリと意味深に笑うと、勿体ぶった口調で語り出す。でっち上げのそれを。

「は?なんだお前、そんなもん知ってどうするんだ??……まぁ、いいか。教えてやるよ。あのな、俺はコイツに熱烈に口説かれて喰われたんだよっ。はぁ?喰われるって何って……お前知らねえのか。……ったく、ヤラれたってわけだよっ、この俺が!!だから責任取って付き合うことにしたんだ!!」

 などという教師も白目を向いてしまうくらい、ふしだらなもの。

 言っておくが、これは嘘である。

 アンナとカイロスはキスすらしていない仲だ。もっと言うと二人は昨日顔見知りになったばかりだ。

 学年も選択科目も異なる二人は、これまで校舎ですれ違うことすら無い間柄だった。究極に他人である。

 そんな二人が恋仲になったのには、こんな経緯があったーー
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