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「惚れ薬を売ってください」

 建付けの悪い扉を開き店に入ったフェイルは、そう言ってフェイルが有り金をカウンターにおいた。

 間髪入れずに、あり得ない返答が飛んできた。

「はんっ。そんなはした金じゃ売れないよっ。出直しておいでっ」

 薄汚れたローブを纏った老婆は、瞬時に硬貨の枚数を確認した途端、鼻で笑って吐き捨てた。

 人の足元みやがって。このドぐされババア!!

 フェイルは唖然としながらも心の中で悪態を吐く。

 ルナーダに映る自分を意識して、普段から”良い子”を心掛けているフェイルだけれども、さすが老婆……もとい魔女の対応はひどすぎる。

 両親はいつも言っている「お客様あっての商売」だと。なのにこれは、あんまりじゃないのか。

 幼い頃からフェイルは夜更かしをしたり、食べ物の好き嫌いを言ったりすれば、すぐさま楡の木の下の小屋から怖い婆が出てくると脅かされてきたのだ。

 ちなみにフェイルは良く言えば素直。悪く言えば、悲しい程に単純な子供だった。

 そんなフェイルがありったけの……いや、未来で使うはずの勇気すら前借りして、魔女の元にやって来たというのに、この仕打ち。

 どうやら魔女は、恋する乙女を応援する気持ちなど更々持ち合わせていない守銭奴であった。

 そして、なかなかえげつない性格でもあった。

「ま、でもどうしてもっていうなら、仕方がないねぇ」

 顔中しわくちゃで、目などどこにあるのかわからない魔女は、もったいぶった仕草で肩をすくめる。でも、皺の奥に隠れた瞳は、意地悪く光っている。

 ここである程度の大人なら、これからロクでもない提案をされること気付くだろう。

 しかしまだ世間知らずなフェイルは、思わず前のめりになってしまう。

「魔女さん、お願いします!!売ってくれるなら何でもします!!」 

 つい今しがた、この魔女に悪態を付いたことなど忘れ、フェイルは懇願する。

 すかさず魔女は、口のすみだけに始めて笑いらしいものを漏らした。それは、皮肉な笑み痙攣とも、老人特有の痙攣とも思いなされた。

「じゃあ、足りない代金は、お前さんの身体で支払ってもらうとするか」

「は?……か、身体?」

「ああ。お前さん、絶世の美女ってわけじゃないけれど、若い女はそれだけで価値があるからね。しかも、10代ならなおさら」

「……ちょ、ちょっと、それは……」

「なんだい、お前さん。さっきの意気込みは何処に行った?まあ良いんだよ。あたしゃ赤字覚悟で、お前さんに提案してやっただけさ。嫌なら良いさ。とっととお帰り」

「……そんなぁ」

 涙目になるフェイルを、魔女はしっしと羽虫を追い払うかのように、手の甲を振る。

 けれど、長く生きてきた魔女は、慧眼の持ち主でもあった。だからフェイルがここで帰らないことを、ちゃんとわかっていた。

 そして、読み通りになってしまった。

「魔女さん……私、……何をしたら良いんですか?」

 邪心の欠片もない表情で、そう問うたフェイルに、魔女はゆったりとした笑みを浮かべながら、惚れ薬の対価を口にした。そして、フェイルはそれを差し出した。


 惚れ薬の代金の不足分を補う対価とは──自分の笑顔だった。

 魔女の呪い針で指を刺されたフェイルは、もう一生笑顔を浮かべることはできなくなったのだ。
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