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第14章
雨の夜に見える月のように 2
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レンジュは違う。そりゃ性欲とは無縁そうな、柔和でさわやかな顔立ちをしているし、貴族の子息としての教育を受けているから戦場で生まれ育った輩よりずっと物腰は柔らかで、常に道徳的な思考が基礎としてあるので女ウケがいい。そのくせ腕がたつとあれば、端女たちが騒ぐのも無理ないだろう。布や装飾品をふるまったりしているわけでもないのに、朝見送りにくる女の数も相当なものだ。
だが表面上はどうあれ、激烈な熱情を内に持ったやつだ。
無頓着で、あまり物事に執着しないが、一度執心するといつまでもそれについてこだわっているし、独占欲も激しくて、負けず嫌いで粘着気質という、見かけとは全然似つかない気性の持ち主。
そんな健全な若い男が、好きな女と同じ天幕で寝起きをともにし、愛されていないことを毎日毎日見せつけられながら暮らすなんて、地獄以外の何物でもない。しかもレンジユには彼女をどう扱ってもいい権利がある。買われた女に男を拒む権利などないのは常識で、主の意向に反抗するなどもってのほかだ。彼女を無理矢理我が物としようと、誰も何も言わないし、当然のことと思うだろう。レンジュにはその行為をとることが許されている。
だから、まさかレンジュが彼女の意志を尊重するあまり、今だ手も握っていないなど、思いもよらないだろうし、そうと言われても信じる者など皆無に決まっている。
ハリ自身、その状況を自分に置き替えてみて、手を出さずにいられる自信などなく、どこからその忍耐はきているんだと感心せずにいられない。
誰もレンジュが苦しい片恋をしていることを知らないから、レンジュの行動の異常さがそこにあるなど考えもしない。「冬支度用にと予定していた金がなくなったから」なんて白々しい嘘をそのまま鵜呑みにしているのはよっぽどおめでたい馬鹿だけで、男たちの大半は『しょせん人事』と思っているから何も言わないのだ。だから、レンジュの様子が目に見えておかしかろうと、「替わろう」とは提案しない。「休んだ方がいい」とも。
無性に腹立たしかった。仲間に無関心な彼らも、レンジュの役に立てない自分も。
「おまえ、今日は残ったらどうだ?」
言ったところで無駄だろう。そう思いながらも、ハリはつとめて明るい声で提案をする。
「どうして」
「ひどく疲れてるじゃないか。その冴えない顔つきからして、ろくに仮眠もとってないんだろ。あれほどおれが見張りは替わってやるって言ったのに。
休憩中の仮眠だけで間にあうんなら、ひとは夜寝る必要なんかないんだよ。おまえ、鏡覗いたことあるか? まるで幽霊だ。そんな顔してのこのこ出てってみろ、いいカモとばかりに狙われて、あっけなくやられるのがオチだぞ」
こうなるとの予想はつけていたのだから、心構えはできていたはずだ。今支えになれなくて、なにが親友だ。
レンジュは甘えるのが苦手だから、同情で先々動かれるのを好まない。自分が心配して、怒っているのはあくまで優れない体調であって、こいつの私生活じゃない。
「どうせ相手は本隊じゃなくて下っ端どもだろ? この程度の作戦でつまんない怪我なんかしてみろ、それこそ薬代の方がもったいない。それに、おまえ昼もずっと見張りについて、一度も休みとってないじゃんか。今日こそ休むつもりで居残り組に回っとけ」
不機嫌さを強調するようににらみつけ、胸元に指を突きつける。
レンジュは一瞬返す冒葉につまったような表情をしたものの、すぐに笑って指を押し返した。
「なに言ってる。そんなこと言って、自分だけ稼こうったってだめだぞ。おまえの背を守れるのはおれだけなんだから。
おれがいなけりゃおまえだって、いつもの半分も稼げやしない。それに、敵の首とる方が見張りよりずっと金になるし。出るかどうかもわからない盗賊なんて、待ってられない」
「だけど――」
「大丈夫だって。自分のことは自分がよく知ってる。今何ができて何ができないのか、ちゃんと把握してるさ。
でなけりゃ生き残ってこれるものか。今回はちょっかい出すだけなんだろ? 真ん中あたりにいて、前列には出ないようにするさ。おれもまだ死にたくないから」
言いながら、レンジュは見られることを拒むように俯きかげんで鐙に足をかけ、勢いこめて地を蹴り馬に跨った。
この事に関しては譲る気がないから、無駄な会話はやめようと言外に言っているのを察知して、ハリは渋い顔をする。
自分の方に分が悪いとき、昔からレンジュはこういう手段に出るのだ。相手の言い分を聞いて自分から妥協案を出していながら、いざそのときになると守らない。あとで責めると、ごめんと謝ったあとで「でも大丈夫だったろ?」と言う。
できないことはできないとその場で言いあいをし、絶対譲ろうとしないハリを見て、女たちはこぞって子供っぽいと言うが、レンジュの方こそ自分よりよっぽど子供っぽくてタチが悪いぞと、ハリはいつも思うのだった。
今回も処置なしだ。この口ぶりではきっとレンジュは自分のした注意など忘れたふりをして、接敵すれば積極的に前方へ出ていくだろう。死に急ぐ者のように。
奥歯を強く噛みしめたハリは、馬の首を巡らせ仲間たちと合流しようとするレンジュの手綱をつかみ、強引に引きよせ、いつの日か使ってやろうとひそかに決意していた最終手段に出た。
「いいか、はじまったらおれより前には絶対出るなよ! そんで、明日は絶対休暇をとるんだ! いいか、約束だからな! これを守れなかったら、おまえとはもう縁切りだぞ!」
だが表面上はどうあれ、激烈な熱情を内に持ったやつだ。
無頓着で、あまり物事に執着しないが、一度執心するといつまでもそれについてこだわっているし、独占欲も激しくて、負けず嫌いで粘着気質という、見かけとは全然似つかない気性の持ち主。
そんな健全な若い男が、好きな女と同じ天幕で寝起きをともにし、愛されていないことを毎日毎日見せつけられながら暮らすなんて、地獄以外の何物でもない。しかもレンジユには彼女をどう扱ってもいい権利がある。買われた女に男を拒む権利などないのは常識で、主の意向に反抗するなどもってのほかだ。彼女を無理矢理我が物としようと、誰も何も言わないし、当然のことと思うだろう。レンジュにはその行為をとることが許されている。
だから、まさかレンジュが彼女の意志を尊重するあまり、今だ手も握っていないなど、思いもよらないだろうし、そうと言われても信じる者など皆無に決まっている。
ハリ自身、その状況を自分に置き替えてみて、手を出さずにいられる自信などなく、どこからその忍耐はきているんだと感心せずにいられない。
誰もレンジュが苦しい片恋をしていることを知らないから、レンジュの行動の異常さがそこにあるなど考えもしない。「冬支度用にと予定していた金がなくなったから」なんて白々しい嘘をそのまま鵜呑みにしているのはよっぽどおめでたい馬鹿だけで、男たちの大半は『しょせん人事』と思っているから何も言わないのだ。だから、レンジュの様子が目に見えておかしかろうと、「替わろう」とは提案しない。「休んだ方がいい」とも。
無性に腹立たしかった。仲間に無関心な彼らも、レンジュの役に立てない自分も。
「おまえ、今日は残ったらどうだ?」
言ったところで無駄だろう。そう思いながらも、ハリはつとめて明るい声で提案をする。
「どうして」
「ひどく疲れてるじゃないか。その冴えない顔つきからして、ろくに仮眠もとってないんだろ。あれほどおれが見張りは替わってやるって言ったのに。
休憩中の仮眠だけで間にあうんなら、ひとは夜寝る必要なんかないんだよ。おまえ、鏡覗いたことあるか? まるで幽霊だ。そんな顔してのこのこ出てってみろ、いいカモとばかりに狙われて、あっけなくやられるのがオチだぞ」
こうなるとの予想はつけていたのだから、心構えはできていたはずだ。今支えになれなくて、なにが親友だ。
レンジュは甘えるのが苦手だから、同情で先々動かれるのを好まない。自分が心配して、怒っているのはあくまで優れない体調であって、こいつの私生活じゃない。
「どうせ相手は本隊じゃなくて下っ端どもだろ? この程度の作戦でつまんない怪我なんかしてみろ、それこそ薬代の方がもったいない。それに、おまえ昼もずっと見張りについて、一度も休みとってないじゃんか。今日こそ休むつもりで居残り組に回っとけ」
不機嫌さを強調するようににらみつけ、胸元に指を突きつける。
レンジュは一瞬返す冒葉につまったような表情をしたものの、すぐに笑って指を押し返した。
「なに言ってる。そんなこと言って、自分だけ稼こうったってだめだぞ。おまえの背を守れるのはおれだけなんだから。
おれがいなけりゃおまえだって、いつもの半分も稼げやしない。それに、敵の首とる方が見張りよりずっと金になるし。出るかどうかもわからない盗賊なんて、待ってられない」
「だけど――」
「大丈夫だって。自分のことは自分がよく知ってる。今何ができて何ができないのか、ちゃんと把握してるさ。
でなけりゃ生き残ってこれるものか。今回はちょっかい出すだけなんだろ? 真ん中あたりにいて、前列には出ないようにするさ。おれもまだ死にたくないから」
言いながら、レンジュは見られることを拒むように俯きかげんで鐙に足をかけ、勢いこめて地を蹴り馬に跨った。
この事に関しては譲る気がないから、無駄な会話はやめようと言外に言っているのを察知して、ハリは渋い顔をする。
自分の方に分が悪いとき、昔からレンジュはこういう手段に出るのだ。相手の言い分を聞いて自分から妥協案を出していながら、いざそのときになると守らない。あとで責めると、ごめんと謝ったあとで「でも大丈夫だったろ?」と言う。
できないことはできないとその場で言いあいをし、絶対譲ろうとしないハリを見て、女たちはこぞって子供っぽいと言うが、レンジュの方こそ自分よりよっぽど子供っぽくてタチが悪いぞと、ハリはいつも思うのだった。
今回も処置なしだ。この口ぶりではきっとレンジュは自分のした注意など忘れたふりをして、接敵すれば積極的に前方へ出ていくだろう。死に急ぐ者のように。
奥歯を強く噛みしめたハリは、馬の首を巡らせ仲間たちと合流しようとするレンジュの手綱をつかみ、強引に引きよせ、いつの日か使ってやろうとひそかに決意していた最終手段に出た。
「いいか、はじまったらおれより前には絶対出るなよ! そんで、明日は絶対休暇をとるんだ! いいか、約束だからな! これを守れなかったら、おまえとはもう縁切りだぞ!」
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