月光聖女~月の乙女は半身を求める~

46(shiro)

文字の大きさ
上 下
51 / 90
第12章

月の乙女と地上の兵士 8

しおりを挟む
「どこにでも転がってる程度の情愛なら救いはある。失敗したと、膝についた土を払って、また進めばいい。
 でも、そうじゃないだろ?
 おれは、あいつに苦しんでほしくないんだ」

 よりにもよって、なんであんな厄介な女を欲しがったりしたんだ。隊にいる女の半分はあいつになにがしかの関心を持っていて、あいつの天幕に入り込むチャンスを欲しがってるっておまえも言ってたじゃないか。そういう女を選べよ。

 ぶつぶつ、ぶつぶつ。
 やりきれないとつぶやいていた不安が、ついにレンジュへの不満に行き着いたところでユイナはぷっと吹き出した。
 ハリの丸まった背中に手をあて、身を寄せる。

「馬鹿ね」

 ハリの、細くて、柔らかくて、大好きな後ろ髪を指で弄ぶ。

「あなた、本当は全然わかってないんでしょう、どれだけレンジュが魅力的な男性か。女たちの目に、どんなふうに映っているか。
 今愛されてないのが何だというの? 心は変わるものだわ。
 たとえ彼女が人でなかったとしても同じ。形のないものは、いくらでも変わることができるし、変えることもできるのよ。
 大丈夫。レンジュなら、きっと彼女を射止めることができるわ」

 まるで見てきたことのように言うユイナを、ハリは不思議な思いにかられて見つめた。
 ユイナはハリを見上げている。そこにはたしかな愛情があった。愛されていることを確信し、その喜びに包まれる幸せに恭順している。
 ハリは果実をついばむ鳥のように唇を触れあわせ、耳元に囁いた。

「おまえも? あいつの天幕に、行ってみたいと思った?」

 ユイナは少し身を離し。
 考え込むそぶりをする。

「そうねえ、興味はあったわね。
 だってあなたたちったら、一人で天幕が持てるようになってからは、二人してあたしを閉め出したでしょう? それまではいつも中へ入れて遊んでくれたのに。
 一体どっちがあんなに天幕内をいつもごみだらけにしていたのか、すごく知りたかったわ。
 でももう知ったし、改善もできたから、いいわ」

 くすくすくす。思い出し笑いをしながらふざけて肩口へ噛みつく。
 ハリの腕が背に回り、唇が額やこめかみに触れる間も、ユイナのくすくす笑いはとまらない。
 オウム返しに同じ場所へ口付けを返してくるユイナに負けじと、頬、顎、喉元をすべったハリの唇が胸元に触れたとき。天幕の仕切り布に入影が映っているのがユイナの視界に入った。
 彼女の動きが止まったことで察したハリも動きを止める。

「どうかした? レテル」

 影の形でそれが誰であるかを察したユイナが声をかけた。声をかけていいものか、ためらっているふうだった人影は、気付いてもらえてほっとしたように胸元から手を降ろす。

「あのー……、アネサさんの天幕の整理、終わったんですけど……次は、何をしたらいいでしょうか……」

 レテルは母アネサの端女だ。
 その奇妙な質問にユイナは小首を傾げる。
 天幕の外へ出てみると、そこにはレテルだけでなくシアラもいて、やはり身の置き所を間違っているような、居心地悪そうな表情で落ち着きなく体を揺すっている。

「どうしたの、あなたたち。あなたたちはかあさんの専属の端女でしょ。どうしてあたしに訊いてくるの?」

「あのう……、アネサさんが、ひととおり終わったら、ユイナさんに訊くように、って……」
「えーと。午後は出発するんですよね? 荷造りは済ませました。自分たちの分も終わってます。
 あのっ、ユイナさんのお手伝いをするようにって言われたんです、まだお昼の準備まで時間あるしっ」

「それで、かあさんは?」

 なんだか嫌な予感がするわね、と言外ににおわせて、ユイナは腕組みをする。
 そんなユイナに二人は顔を見あわせ、ひとしきり互いに返事を押しつけあうような仕草をしあったあと、やはりレテルが口を開いた。

「………………今日は、新入の世話女の躾で忙しいから、って……」

 やっぱりだ。
 チッと舌打ち、「ほんと、ひとの話を聞かないんだから」と独りごちる。
 その目はレンジュの天幕のほうを向いている。
 ハリの指で乱れていた髪をまとめ直しながら、ユイナは二人の横を抜けて歩き出した。

「あっ、あのっ、……ユイナさん?」
「あたしたち、どうしたら……っ」
「向こうでミカエラの手伝いをしなさい!」

 あわてる二人に自分の端女の名前を告げる間もユイナの足は止まらず、その速度は上がっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

杜の国の王〜この子を守るためならなんだって〜

メロのん
ファンタジー
 最愛の母が死んだ。悲しみに明け暮れるウカノは、もう1度母に会いたいと奇跡を可能にする魔法を発動する。しかし魔法が発動したそこにいたのは母ではなく不思議な生き物であった。  幼少期より家の中で立場の悪かったウカノはこれをきっかけに、今まで国が何度も探索に失敗した未知の森へと進む。  そこは圧倒的強者たちによる弱肉強食が繰り広げられる魔境であった。そんな場所でなんとか生きていくウカノたち。  森の中で成長していき、そしてどのように生きていくのか。

処理中です...