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第11章
交わる運命は耐え難き灼熱のもとで 5
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呆れ顔で成り行きを見守っていた中年女すら、目をむいてゼクロスを凝視する。さもありなん。ゼクロスの提示した額は性奴としての一般的な額をはるかに超えており、下級兵士では一生お目にかかれるかどうかすらわからない単位にまで及んでいたのだから。
王族に召し上げられる性奴ですら、これほどまでに高額ではないだろう、とうわずった声で隣同士ひそひそと話している。けれどもそのどこからも『法外』のひと言は聞こえてこなかった。レンジュが腕に抱いた女は、おそらくこれまでになく、そしてこれから先も現れるとは思えない、絶世の美女であることを認めない者はいないために。
かわいそうに、との同情の目が、レンジュへとそそがれる。
下級の、しかもまだ歳若い彼に払える額ではない。知りあいを助けたいとの善意から彼は口にしたのだろうが、彼にできるのは彼女を引き渡し、再会したことを忘れてここを立ち去ることだけだ。
しかし、周囲のした予想と違い、先のゼクロスの提示からそう間をあけず、
「わかった」
との応じる言葉が発せられたのを耳にした瞬間、どよめきはさらに膨れ上がった。
一番驚いたのは、まぎれもなくゼクロスだ。彼は、レンジュの目を覚まさせるために口にしただけだったのだから。
「はらえる、ってのか…?」
ありえないと思いながらも、少しも動じたふうでないレンジュの姿に一抹の不安を感じて、声がかすれている。レンジュは左手だけにマテアの体を移行させ、あいた右手で腰の革袋を探り、中からなめし皮製の巾着袋をとり出して放った。小さな弧を描いたそれを受けとめたのは中年女で、彼女は鞭を脇にはさむと口紐をほどいた。我も我もと肩口から巾着の中を覗きこもうとしてきた男たちを邪険に肩で押し戻した中年女は、もう片方の掌に、ざっと中身をばらまく。
出てきたのは緑や赤の石だ。緑が一番多くてその次が赤、黒は二十もない。表面はまろく、なめらかな表をした自然石だ。輪郭線はいびつだけれども大まかに見てどれも似た大きさで、楕円形をしている。そしてそのどれもに剣をくわえた盲目の獅子の紋章が焼きつけられていた。
石そのものに価値はない。
紋章の焼き印がなければどこにでもあるただのクズ石だ。だがこの焼き印がつけられたとき、クズ石は本来の価値など遠く及ばない、ある意味宝石などよりずっと価値のある、通貨となるのである。
もちろんこれは仮の物だ。移動を常とし、全財産を携帯しなくてはいけない兵士に給料や褒賞をいちいち金貨で与えてはかさばるところから普及した代理品で、大きな市になると入り口で本物の紙幣・貨幣と両替しなくてはならない。だが国が保証したこの品は、大抵の場所で価値を認められている物で、金貨と同等の信用がある。
手早く石を色ごとに分け、数えた中年女はちろりとゼクロスを見た。ゼクロスはただでさえくすんでいた顔色をますます悪くさせて、中年女の掌を凝視している。
教育を全く受けていないゼクロスは、向学心がないこともあって計算が苦手なのだ。曲がりなりにも商隊の者でありながら、と中年女はいら立ったようにトントンとつま先を打ちつける。
この分だと数えきるのにもう少しかかるだろう。眉端をひくひくさせているゼクロスから視線をはずし、レンジュに戻した中年女は、ふとそれまでの表情を緩和させ、言った。
「やるね、あんた。おおかたどこぞのお貴族さまの多すぎるご子息の一人で、財産分与を受けて放り出されたって口だろう?」
この問いに、レンジュは無言を返答とした。
自分の推測が当たらずとも遠からじだったことを悟った中年女は満更でもなさそうに鼻を鳴らし、口端を上げる。
「にしても、この分じゃ十は大将首とってるね。そんな腕もってせるくせに、どうして下級なんぞにいるのさ。もっと上で楽ができるだろうに」
実のところ、レンジュが倒した相手の胸からちぎりとってきた『隊長位』の位章は十どころではないのだが、中年女がそんなことに関心を持っているとは見えなかったし、返答を本心から聞きたがっているような口ぶりでもなかったので、またもレンジュは答えなかった。
「足りない……」
喉奥から絞り出すように、ゼクロスが呟く。
「足りないぞ。三億は超えてるが、残りは八千もない!」
「そう、惜しいとこでね」
鬼の首をとったように大げさにはしゃぐゼクロスに、いいかげん辟易したと言いたげな表情をしながらも、中年女は彼に同意する。石を巾着に戻し、口紐を閉じた。
それをレンジュに向け、放ろうとしたときだ。
「わかっている。
二日前の褒賞をまだもらっていない。それを足せば、八千だ」
レンジュは胸ポケットに差しこんだままだった位章をとり出し、親指で弾き飛ばした。
位章が副隊長を表しているのを見た中年女は、線になるくらい目を細めて笑みを作ると、「差額は両替の手数料としてもらっとくよ」と如才なく言った。
「かまわない」
レンジュは承諾し、そっとマテアの足をすくって両手に抱く。そのまま立ち去りかけたレンジュに、ゼクロスが血相を変えた。
「おいまてきさまっっ」
王族に召し上げられる性奴ですら、これほどまでに高額ではないだろう、とうわずった声で隣同士ひそひそと話している。けれどもそのどこからも『法外』のひと言は聞こえてこなかった。レンジュが腕に抱いた女は、おそらくこれまでになく、そしてこれから先も現れるとは思えない、絶世の美女であることを認めない者はいないために。
かわいそうに、との同情の目が、レンジュへとそそがれる。
下級の、しかもまだ歳若い彼に払える額ではない。知りあいを助けたいとの善意から彼は口にしたのだろうが、彼にできるのは彼女を引き渡し、再会したことを忘れてここを立ち去ることだけだ。
しかし、周囲のした予想と違い、先のゼクロスの提示からそう間をあけず、
「わかった」
との応じる言葉が発せられたのを耳にした瞬間、どよめきはさらに膨れ上がった。
一番驚いたのは、まぎれもなくゼクロスだ。彼は、レンジュの目を覚まさせるために口にしただけだったのだから。
「はらえる、ってのか…?」
ありえないと思いながらも、少しも動じたふうでないレンジュの姿に一抹の不安を感じて、声がかすれている。レンジュは左手だけにマテアの体を移行させ、あいた右手で腰の革袋を探り、中からなめし皮製の巾着袋をとり出して放った。小さな弧を描いたそれを受けとめたのは中年女で、彼女は鞭を脇にはさむと口紐をほどいた。我も我もと肩口から巾着の中を覗きこもうとしてきた男たちを邪険に肩で押し戻した中年女は、もう片方の掌に、ざっと中身をばらまく。
出てきたのは緑や赤の石だ。緑が一番多くてその次が赤、黒は二十もない。表面はまろく、なめらかな表をした自然石だ。輪郭線はいびつだけれども大まかに見てどれも似た大きさで、楕円形をしている。そしてそのどれもに剣をくわえた盲目の獅子の紋章が焼きつけられていた。
石そのものに価値はない。
紋章の焼き印がなければどこにでもあるただのクズ石だ。だがこの焼き印がつけられたとき、クズ石は本来の価値など遠く及ばない、ある意味宝石などよりずっと価値のある、通貨となるのである。
もちろんこれは仮の物だ。移動を常とし、全財産を携帯しなくてはいけない兵士に給料や褒賞をいちいち金貨で与えてはかさばるところから普及した代理品で、大きな市になると入り口で本物の紙幣・貨幣と両替しなくてはならない。だが国が保証したこの品は、大抵の場所で価値を認められている物で、金貨と同等の信用がある。
手早く石を色ごとに分け、数えた中年女はちろりとゼクロスを見た。ゼクロスはただでさえくすんでいた顔色をますます悪くさせて、中年女の掌を凝視している。
教育を全く受けていないゼクロスは、向学心がないこともあって計算が苦手なのだ。曲がりなりにも商隊の者でありながら、と中年女はいら立ったようにトントンとつま先を打ちつける。
この分だと数えきるのにもう少しかかるだろう。眉端をひくひくさせているゼクロスから視線をはずし、レンジュに戻した中年女は、ふとそれまでの表情を緩和させ、言った。
「やるね、あんた。おおかたどこぞのお貴族さまの多すぎるご子息の一人で、財産分与を受けて放り出されたって口だろう?」
この問いに、レンジュは無言を返答とした。
自分の推測が当たらずとも遠からじだったことを悟った中年女は満更でもなさそうに鼻を鳴らし、口端を上げる。
「にしても、この分じゃ十は大将首とってるね。そんな腕もってせるくせに、どうして下級なんぞにいるのさ。もっと上で楽ができるだろうに」
実のところ、レンジュが倒した相手の胸からちぎりとってきた『隊長位』の位章は十どころではないのだが、中年女がそんなことに関心を持っているとは見えなかったし、返答を本心から聞きたがっているような口ぶりでもなかったので、またもレンジュは答えなかった。
「足りない……」
喉奥から絞り出すように、ゼクロスが呟く。
「足りないぞ。三億は超えてるが、残りは八千もない!」
「そう、惜しいとこでね」
鬼の首をとったように大げさにはしゃぐゼクロスに、いいかげん辟易したと言いたげな表情をしながらも、中年女は彼に同意する。石を巾着に戻し、口紐を閉じた。
それをレンジュに向け、放ろうとしたときだ。
「わかっている。
二日前の褒賞をまだもらっていない。それを足せば、八千だ」
レンジュは胸ポケットに差しこんだままだった位章をとり出し、親指で弾き飛ばした。
位章が副隊長を表しているのを見た中年女は、線になるくらい目を細めて笑みを作ると、「差額は両替の手数料としてもらっとくよ」と如才なく言った。
「かまわない」
レンジュは承諾し、そっとマテアの足をすくって両手に抱く。そのまま立ち去りかけたレンジュに、ゼクロスが血相を変えた。
「おいまてきさまっっ」
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