上 下
36 / 74
第10章

アーシェンカ-幻の交易都市- 2

しおりを挟む
「大変だな」

 レンジュは心から同情する思いで言う。ハリはうんうん頷き、先から香ばしい匂いを漂わせているクカの新芽を一袋買って口に放りこんだ。クカの新芽は栄養価が高く、固い表皮をむいて焼いたのを噛んでいるとわずかに甘みが出てくる、ハリの好物だ。
 おまえも食うか? と差し出された袋に手を突っこみ、ほかほかと湯気をたてるそれを奥歯でがりがり噛み砕きながら歩いた。

「で、おまえは何を買いにきたんだ?」
「おれか? おれは、鎖帷子でいいやつがあったらと思ってね」
「ああそういや前の、切れたんだっけ」

 二日前の戦いの最中、対峙した兵士の突いた剣先がひっかかり、ちぎれ飛んだレンジュの鎖帷子を思い出す。

「直せなくもないけど、もうずいぶんくたびれてたからな。そろそろ買い替え時だろう」
「それ言ったらおまえの場合、膝あても剣もだぞ。物持ちがいいっていうか、ケチっていうか……一体いつのだ、あれは」
「さあ……三年は使ってるかな」

 思い出すように指をおる。いや四年だったかな? とつぶやくのを聞いて、ハリは心底から嫌そうに顔をしかめた。

「随分くたびれてるなと思っていたが。
 普通ああいったのは一年で償却するもんだ。二日前を思い出してみろ。受け止めきれずに砕け散って、見てたおれの方がヒヤヒヤした」

 レンジュの剣が下から入って相手を切り裂き、即死させたことで事なきを得たが、もし相手のほうが早ければ、無防備なレンジュのほうが裂かれていただろう。
 なのに。

「ははははは」
「笑うんじゃない。笑い事じゃないんだから」
「ああごめん。でもあれは傑作だったよな。こう、ばらばらっと落ちて」

 そのときの様子を再現するように手を動かす。しかしハリが笑っていないどころかこちらをにらみつけるように見ていることに気付いて、レンジュもそれ以上口にするのをやめた。
 何が傑作だって? とハリの目は言っている。
 ハリは子どものときから一緒にいた、気のおけない唯一の友だ。こんなことで安心して背中を任せられる彼の気を損ねるのは馬鹿げている。

「わかった。剣も新調する」

 全面降伏とばかりに両掌を見せたレンジュに、ハリが人差指をつきつけた。

「手甲も膝あてもだ」
「手甲と膝あても」

 これはハリに負けない出費だぞ、とひそかに胸の内で溜息をついたレンジュに、まだ満足できないが今回はそれで我慢してやろうというようにハリは鼻を鳴らし、クカの殻を割って口に放り込んだ。

「で、今度もまた鎖帷子か?」
「ん? ああ……あれが一番慣れてるから」

 鎖帷子は隊に配属されて間もない初心者が購入するには手頃な値段だし軽量なのでスピードを武器とする者には好都合だが、薄く、防御力は格段に低い。本来はその上に鉄鎧などを重ね着する物だ。なのにレンジュはいつまでたっても鎖帷子だけで、しかも今回のようにそれが役に立たなくなるほど壊れてようやく買い替える。

 金がないわけじゃない。戦闘ごとの褒賞金はひとより多めにもらっているくらい、レンジュの腕はたつ。だから隊の誰もレンジュの鎖帷子姿を嗤ったりはしないし、彼を未熟者扱いする者はいない。

「おまえ今度首とったら星三百だろ? そしたら階級上がって下隊長になるんだぞ? 部下を十五も持つやつがいつまでも鎖帷子姿だと、かっこつかないぞ」
「あー……うん。でも、格好を気にして慣れないことして死んだりしたら、それこそ格好つかないしね」

 言うと思った、とハリは首を振り、この事に関してはもう何も言うまいと決めた。
 剣も装備も新調させることができたのだから、とりあえずそれでよしとしておこう。あとはおいおいだ。

 そうして店先をひやかして歩いていくうち、露店は残り三分の一になった。ここからはレンジュの目的の武具の店ばかりがずらりと軒を構えている。ちなみにそこからさらに先、市の外れに設けられているのは奴隷の即売場で、二人には用のない場所だ。
 すでに自分の買い物を終えたハリは、あとはレンジュの買い物に口をはさむだけだ。絶対安物は買わせないと意気込んだ直後、ここを通りすぎたら後は隊へ戻るしかないことを思い出し、買いもらしはないかと袋の中身を点検してみた。

 底の底まで引っ掻き回し、案の定だ、と舌打ちをもらす。

「ハリ?」
「悪い、レンジュ。肝心のヤツ買い忘れてた。
 えっ、と、なんだっけ。ほら、靴の底に敷いて、踏んで、あったかくするヤツ」
「セリカの葉か?」
「そうそれ。セリカの葉。ユイナに頼まれてたんだった。あいつ、冷え症でさ。二袋。何を買い忘れてもこれだけは忘れるなって言われてたヤツ、すっかり忘れてたわ」

 はははと照れ隠しの笑いを一つして、ハリはくるりと踵を返した。

「大急ぎで探して買ってくるから、先に行っててくれ。
 いいかっ、もし何か目にとまったとしても、おれが戻るまで交渉するな! 買うんじゃないぞ!」

 と言って一歩前に踏み出したあと、

「店主のほうから持ちかけられたとしても無視しろっ。口車に乗せられて、間違っても安売り特価品なんかに手ぇ出したりするんじゃないぞ!」

 ふり返ってつけ加えた。
 とにかく自分が戻って検分するまで買うんじゃないとしつこく念を押し、反論には一切聞く耳をもたないと言いたげに走り出したハリの姿は、あっという間に対向者の姿に飲まれて見えなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...