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第7章

異邦の民は苦役を強いる 1

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 すぐ近くでびゅうびゅうと吹きすさぶ風の音に揺り起こされ、目を開いたとき、視界は真っ暗だった。

 夢現つで聞いたときよりもはっきりと風は鳴いていたが、頬などにあたる分には隙間風程度しかない。上の方で何やらひらめいている気がして、目をこらして見つめ続ける。それは、布でできた天井のようだった。外の強い風にあおられ、黒い波のようにうねっている。自分は大きな天幕の中に寝ているのだとわかる頃には目も暗闇に慣れて、気を失う寸前までの記憶もよみがえった。

(――そうだわ。わたし、腕を掴まれて……)

 鉛のような頭に手をあてる。直後、ずきん、と手首と足首が同時に引き攣るように痛んだ。
 あわてて手首を見る。男に掴まれたところが、黒くにじんでいるように見える。周囲が暗いのでそれ以上はわからない。
 半身を起こそうと床に手をついて、自分が毛皮の上に寝ていたのがわかった。手入れが悪いのか古いのか、ひどくごわごわしている。ともかく裾をめくり、足首の方もそうなっているのかを確かめようとして、その瞬間マテアはぎょっとなった。

 自分の足首の有り様に、ではない。足元の方向――おそらくは天幕の布にそって半円形にぐるりと、人がいたからである。

 もしやこの中にあの男たちがいはしないかと顔を強ばらせたが、それは杞憂に終わった。その者たちは全員が女で、男は一人もいない。見える限りで頭の数を数えてみると、十五ほどあった。人同士の影に隠れて見えない分を入れても、二十そこそこだろう。ある者は己を抱きしめながら声を殺して泣いており、ある者は手足を縮めて眠っている。だが、大半はじっとマテアを見返していた。

 暗がりながらも目鼻立ちの整った美しい女ばかりなのがわかる。だが年齢に幅があり、艶っぽい美女から清純そうな少女、年端もいかない少女までいて、一体どういった集まりなのかよくわからなかった。
 皆一様に黒髪・黒い瞳をしているけれど、血のつながりを感じさせるほど面差しの似ている者はいない。何枚もの布や毛皮を重ね着した、厚ぼったい服装は似かよっていたが、布の織り目、耳飾りの細工や髪形・布帯の差し方・結び方など所々で違いがあり、統一性もなさそうである。

 そもそも、なぜ自分がこんな所に寝かされていたのかもわかっていないのだから、マテアに彼女たちの視線の意味を理解するのは不可能だろう。

『あんた、大丈夫かい?』

 順々に彼女たちを見回したマテアと最後に目のあった女が、おずおずと近寄りながら声をかけてきた。
 彼女が口にした、その奇怪な<音>が小屋での一連の出来事を想起させ、驚きのあまり身を退いたマテアは天幕に背をぶつけてしまう。布なので痛みはないが、それが阻まなければマテアはもっと後方へ退いていただろう。

『どうしたの?』

 マテアの行動を不審に思いつつも、気遣って伸びた女の手が肩にのり、指が鎖骨のあたりに触れた瞬間。

「いやっ、いたいっ! はなして!」

 耳元で、ジュウッと液体が蒸発したような音がしたと思った。ついで、焼けつくような熱と痛みが起きる。突然我が身を襲った苦痛と衝撃にマテアは真円となるほど強く目を見開き、悲鳴を上げて手を叩き払うやのけぞるように横へ逃げていた。

 なに? 今の……!

 きっとこの女性が何かしたんだわ。わたしは何もしていないというのに、いきなり……。なんてひどいひとなの!

 じくじく痛む鎖骨に手をあてて庇いながら、女をきつく睨みつける。女の方こそマテアの大袈裟な拒絶に驚いた顔をして、しばらくの間手のやり場にとまどっていたものの、自分を見つめるマテアの敵意むき出しの眼光に肩をすくめて元いた位置までひいていった。

 彼女が本当に腰をおちつけるのを見届けてから、マテアはようやく詰めていた息を吐いて、天幕の中をあらためて見回す。マテアと彼女のやりとりを見ていた女たちは、もう誰一人マテアに近付こうとはしなかった。マテアの悲鳴にゆり起こされた女たちも一度は身を起こしたが、何があったかたしかめようともせず、すぐに天幕中に敷きつめられた毛皮の上に横になっていく。彼女たちが本当に動かなくなったのを確認したマテアは、目を、今度は彼女たちの後ろの布壁へ向けた。

 なぜここにいるかはこの際横へ置いておくとして、目を覚ました以上、こんなうす気味悪い所にいたくなかった。ここは天幕なのだから、出口を探せばいい――そう、思う。だがその行為は、かなり難しい事のように感じられた。

 出口が自分のそばにない以上、この女たちの間をすり抜けて行かなくてはいけない。無言でマテアの様子をうかがっている彼女たち。その誰もが先の女と同じ行動をとらないとの保証はどこにもないのだ。

 マテアは彼女に何もしていないのに、彼女はマテアを傷つけた。同じ世界の者ではないのだから、面識もない。恨まれる理由などないのに、彼女は突然肩を焼いたのだ。横をすり抜けようとしたとき――いや、近付いただけで、今度は何をされることか……。

 ここにいるのは自分に敵意を持ち、何をするかわからない者たち。

 そう思うと、彼女たちがますます不気味な存在に見えた。
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