上 下
11 / 89
第2章

禁忌は甘い香りと棘を持っている。薔薇のように 6

しおりを挟む
『サナン……』

 たやすく気圧され、続ける言葉を失ったマテアを嘲るようにサナンは冷笑を浮かべる。

『何度でも言ってあげるわ。事実だもの。あのひとの真実の相手はわたしで、あなたは単に横やりを入れただけなの。あのひとってとても優しいから、見るからに弱々しいあなたをほうっておけないのよね。それを愛情と錯覚してるだけなのよ。でもそれも今のうちだけ。すぐに返してもらうわ。『月誕祭』にはね。
 …………ねぇ。わたしがなぜ<リアフ>を強める方法を教えてあげてるかわかる? そんな事したってむだだということを教えてあげたいからよ。<リアフ>の弱さを気にしてるあなたが、『月誕祭』後にそのせいでできなかったのだと思いこんで、いつまでもうじうじラヤにまとわりつくなんてこと、してほしくないの。<リアフ>が強まってもあのひとがあなたのものにならなければ、あなたも納得して、諦めがつくでしょう? むだな努力だってわたしは知ってるけどね。でも、界渡りをするのが怖いっていうのなら、あなたはあなたで別の方法を考えなさい。『月誕祭』まであと少し。他にいい方法があるとは思えないけれど』

 ふん、と鼻を鳴らして作業に戻って行くサナンに、マテアは何も言えなかった。それは、既にラヤから思いをうちあけられ、申しこまれている負い目と同情ゆえか、それとも、彼女の言葉は真実であると、心のどこかで思ってしまったゆえなのか……。
 その後、作業室へ戻ったマテアは傷の痛みがひどいからと偽って部屋にこもり、一昼夜考えた。サナンの言葉と月光聖女としての戒律がマテアの中でせめぎあい、息をするのもつらいほど胸を苦しめる。
 一昼夜考え続けて、そしてマテアは決めたのだ。地上界の月光を浴びることを。

 サナンの言葉は真実であると信じること。これは大前提だ。そしてレイリーアスの鏡はこの時間、ちょうど地上界につながっていると、サナンは言っていた。
 近寄ることも禁じられた鏡。これをくぐれば、地上界がある。命の尊さも知らない、野蛮で、粗野な人間たちが、のべつ暇なく互いを殺しあっているという、おそろしい世界……。

「大丈夫、なんでもないことだわ。行って、月光を浴びたらすぐ戻ってくればいいの。ほんの少しの間よ。誰も気がつかないわ。あの香木が燃え尽きるより早い、ほんの少しの間だけだもの。…………簡単なことだわ」

 がたがたと震えのとまらない肩を抱き、言いきかせるように呟いて、マテアはおそるおそる鏡面に手を伸ばし、触れた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。

風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。 噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。 そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。 生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし── 「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」 一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。 そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...