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第1章
月の乙女は月誕祭を待ちわびる 3
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「えっ、…………なに、って……」
話の輪からはずれて一人自分の考えに没頭していたこともあって、つい口ごもってしまう。そんなマテアの姿を照れととったイリアが、思わせぶりな顔をした。
「ラ、ヤ、よ。決まってるじゃないの。
あなたはラヤとなんでしょう?」
「そうそう。マテアの<魂>がいつになく艶っぽい輝きを放つのは、彼がそばに近付いたときか、彼のことを思ってるときだもの。
ね。今も彼のこと考えてたんでしょう?」
<魂>に出るというのは知らなかったから嘘とも本当とも言えないけれど、考えていたのは事実だったので、マテアは困って笑んだ。
できればそれ以上問うのはやめてほしいとの意をくんでほしかったのだが、伝わらなかったらしい。あるいは、却下されたのか。すぐさまカティルが身をのり出してこう言った。
「ラヤの方だってそうよっ。マテアを見てるだけで、彼の青紫色した<魂>は深みを増してたものね。そしてそのときの彼って、すごく幸せそうな顔をしているの。ほら、あれよ。今にもとろけちゃいそうな顔っ。二人が惹かれあってるのは一目瞭然だわ」
「そうね、あれは誰の目にも明らかだわね」
「そうそう。だからねぇっ、白状なさいよ」
「なんて言われたの? 出発前に」
みんな、興味津々との目でマテアに注目する。エノマは何も口にしなかったが、彼女も少なからず興味を持っているのは間違いない。気圧され、思わず後ろへ身を退きながらも、マテアはそのときの事を思い出して赤面した。
「やぁね、何もないわよ。あなたたちが思ってるような事なんて、何も……」
視線から逃げるようにそっぽを向いて、口ではそう言いながらも<魂>の方は嘘がつけないようで、黄金の光は一層深い輝きを放ちはじめる。
「やっぱり!」
「いくら隠そうとしたって無駄なんだからっ。ほら、言いなさいよ。なんて言ったのよ、彼。みんなちゃんと正直に話したのに、一人だけ隠すなんて、ずるいわマテア」
「わたしたちの間で隠し事は許さなくてよ」
ちゃんと聞くまで逃さないと、皆の目が言っている。とても話題のすりかえはできそうにない。彼女たちの主張はその通りだとマテアも思うし。観念して、そのときのことを打ち明けようと口を開いたとき。
「あら、それはまだわからないわよ」
突如背後から飛来した言葉が、彼女の喉から言葉を奪っていった。
その、自分への敵意にあふれた口調と<魂>から受ける圧迫感に、急速にマテアの指先から熱が奪われてゆく。
硬直したマテア以外の者が一斉に振り仰いだ先には、一人の女が立っていた。
草の海の中、風に揺れる豪奢な金の髪と青銀の瞳。マテアたちと同じく、彼女もまた月光聖女である。
「サナン……」
エノマが眉根を寄せて名を口にする。その中に含まれた非難に気付かないはずはないのに、サナンは気にする様子も見せず、腰元に添えていた手で髪を後ろへはらいこんだ。
「なによ、事実じゃない。あなたたち、楽しい事ばかりに目がくらんですっかり頭の中がボケてるんじゃないの? <魂>は同等のものでない限り融合してはくれないってこと、まさか忘れてるとか?」
「サナン!」
その先に続けられる言葉を逸速く読んだサリアルが鋭く制止の声を発する。けれど、悪意に満ちたサナンの言葉はその程度のもので止まることはなかった。
自分を見ることもできずに固まっているマテアの背を見据え、勝ち誇ったように続ける。
「ラヤの<魂>の輝きはすばらしいわ。同代の若者で彼に勝る者はこの月光界中を探したとしても見つからないだろうというのは誰もが認めているところよね。でもあなたの方はどう? マテア。あなたの<魂>はやわらかな光を放っているわ。それは事実よ。月光聖女の誰よりも、とまではいかないけれど、あなたの<魂>の輝きが優しくおだやかなのはわたしも認めるわ。
でもね、それってつまり言いかえると、脆弱ってことじゃなくて?」
考えたくなかったことを口にされ、マテアの心は一瞬で凍りついた。いくら見えない手で耳をふさぎ、考えないようにしてもその棘は抜けず、奥をめざして侵入してくる。
「サナン! ひどいわ!」
めずらしくエノマが大声でサナンを責めた。
「感情だって、十分作用するのよ! こんなに好きあってるんだもの、マテアとラヤなら絶対に一対になれるに決まってるじゃない」
「そうよ、ラヤの<魂>にはマテアを補って十分の輝きがあるわ。でしょう?」
「エノマの言う通りだわ!」
カティルやイリアも同意を表す。
「さあどうかしら?」
マテアの様子から、自分の用いた言葉が十二分に効果を発揮しているのを確信したサナンは、快心の笑みを浮かべて口に手を添える。
「それはあくまであなたたちの『期待』でしかないんでしょ。現実の前では、個々の希望が常に叶うとは限らないっていうのは多々ある事だわ。それにあなたたち、一番重要なことを忘れてない? <魂>を融合させるには、式の前に月光母さまのお許しがないとできないのよ。一対になれるかどうか心配する前に、月光母さまにとめられはしないかを気にするべきね。
あなたたち、けっこう高望みしてるみたいじゃない? さっきからの話によると」
ぐっと言葉につまった者たちを尻目にサナンはマテアの方へ向き直った。はたしてその仮借ない真実の口で何を言われるのか――身を固くして顎をひいた彼女にサナンは顔を近付け、その耳元にやんわりと囁いた。
話の輪からはずれて一人自分の考えに没頭していたこともあって、つい口ごもってしまう。そんなマテアの姿を照れととったイリアが、思わせぶりな顔をした。
「ラ、ヤ、よ。決まってるじゃないの。
あなたはラヤとなんでしょう?」
「そうそう。マテアの<魂>がいつになく艶っぽい輝きを放つのは、彼がそばに近付いたときか、彼のことを思ってるときだもの。
ね。今も彼のこと考えてたんでしょう?」
<魂>に出るというのは知らなかったから嘘とも本当とも言えないけれど、考えていたのは事実だったので、マテアは困って笑んだ。
できればそれ以上問うのはやめてほしいとの意をくんでほしかったのだが、伝わらなかったらしい。あるいは、却下されたのか。すぐさまカティルが身をのり出してこう言った。
「ラヤの方だってそうよっ。マテアを見てるだけで、彼の青紫色した<魂>は深みを増してたものね。そしてそのときの彼って、すごく幸せそうな顔をしているの。ほら、あれよ。今にもとろけちゃいそうな顔っ。二人が惹かれあってるのは一目瞭然だわ」
「そうね、あれは誰の目にも明らかだわね」
「そうそう。だからねぇっ、白状なさいよ」
「なんて言われたの? 出発前に」
みんな、興味津々との目でマテアに注目する。エノマは何も口にしなかったが、彼女も少なからず興味を持っているのは間違いない。気圧され、思わず後ろへ身を退きながらも、マテアはそのときの事を思い出して赤面した。
「やぁね、何もないわよ。あなたたちが思ってるような事なんて、何も……」
視線から逃げるようにそっぽを向いて、口ではそう言いながらも<魂>の方は嘘がつけないようで、黄金の光は一層深い輝きを放ちはじめる。
「やっぱり!」
「いくら隠そうとしたって無駄なんだからっ。ほら、言いなさいよ。なんて言ったのよ、彼。みんなちゃんと正直に話したのに、一人だけ隠すなんて、ずるいわマテア」
「わたしたちの間で隠し事は許さなくてよ」
ちゃんと聞くまで逃さないと、皆の目が言っている。とても話題のすりかえはできそうにない。彼女たちの主張はその通りだとマテアも思うし。観念して、そのときのことを打ち明けようと口を開いたとき。
「あら、それはまだわからないわよ」
突如背後から飛来した言葉が、彼女の喉から言葉を奪っていった。
その、自分への敵意にあふれた口調と<魂>から受ける圧迫感に、急速にマテアの指先から熱が奪われてゆく。
硬直したマテア以外の者が一斉に振り仰いだ先には、一人の女が立っていた。
草の海の中、風に揺れる豪奢な金の髪と青銀の瞳。マテアたちと同じく、彼女もまた月光聖女である。
「サナン……」
エノマが眉根を寄せて名を口にする。その中に含まれた非難に気付かないはずはないのに、サナンは気にする様子も見せず、腰元に添えていた手で髪を後ろへはらいこんだ。
「なによ、事実じゃない。あなたたち、楽しい事ばかりに目がくらんですっかり頭の中がボケてるんじゃないの? <魂>は同等のものでない限り融合してはくれないってこと、まさか忘れてるとか?」
「サナン!」
その先に続けられる言葉を逸速く読んだサリアルが鋭く制止の声を発する。けれど、悪意に満ちたサナンの言葉はその程度のもので止まることはなかった。
自分を見ることもできずに固まっているマテアの背を見据え、勝ち誇ったように続ける。
「ラヤの<魂>の輝きはすばらしいわ。同代の若者で彼に勝る者はこの月光界中を探したとしても見つからないだろうというのは誰もが認めているところよね。でもあなたの方はどう? マテア。あなたの<魂>はやわらかな光を放っているわ。それは事実よ。月光聖女の誰よりも、とまではいかないけれど、あなたの<魂>の輝きが優しくおだやかなのはわたしも認めるわ。
でもね、それってつまり言いかえると、脆弱ってことじゃなくて?」
考えたくなかったことを口にされ、マテアの心は一瞬で凍りついた。いくら見えない手で耳をふさぎ、考えないようにしてもその棘は抜けず、奥をめざして侵入してくる。
「サナン! ひどいわ!」
めずらしくエノマが大声でサナンを責めた。
「感情だって、十分作用するのよ! こんなに好きあってるんだもの、マテアとラヤなら絶対に一対になれるに決まってるじゃない」
「そうよ、ラヤの<魂>にはマテアを補って十分の輝きがあるわ。でしょう?」
「エノマの言う通りだわ!」
カティルやイリアも同意を表す。
「さあどうかしら?」
マテアの様子から、自分の用いた言葉が十二分に効果を発揮しているのを確信したサナンは、快心の笑みを浮かべて口に手を添える。
「それはあくまであなたたちの『期待』でしかないんでしょ。現実の前では、個々の希望が常に叶うとは限らないっていうのは多々ある事だわ。それにあなたたち、一番重要なことを忘れてない? <魂>を融合させるには、式の前に月光母さまのお許しがないとできないのよ。一対になれるかどうか心配する前に、月光母さまにとめられはしないかを気にするべきね。
あなたたち、けっこう高望みしてるみたいじゃない? さっきからの話によると」
ぐっと言葉につまった者たちを尻目にサナンはマテアの方へ向き直った。はたしてその仮借ない真実の口で何を言われるのか――身を固くして顎をひいた彼女にサナンは顔を近付け、その耳元にやんわりと囁いた。
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