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聖女と魔王、その真実

聖女

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 アンセルは私を宿屋に送り届けたあと、デリックを呼んでくると言って宿を出ていった。

 私は宿の一室でひとりになると、目の前のベッドに横になった。

 少し体がだるかったせいもあるが、それ以上に心が疲れきっていた。

 私はベッドに仰向けになり、目を閉じる。


 『ああ、また騙された』


 治療院で目が覚めて最初に思ったことがこれだった。

 故郷の村では大人達にいけにえとして扱われ、もう簡単に人を信じてはいけないと肝に銘じていたはずだったのにね。

 相手がまだ小さい子どもだったことで、警戒心が緩んでしまっていた。

 大人達からは監禁されたり教育放棄されたりと、散々な目に遭わされたが、子どもから直接何かされたことはなかったから、無意識に『子どもだから大丈夫』だと考えてしまっていた。

 甘かった。全然考えが足りてなかった。

 アンセルにしても私と似たような考えだったと思う。
 彼は両親や村の大人達の醜い本性を知り、人間不信になったのだ。汚い大人達には警戒心を抱くが、幼い子どもにはそうでもなかったように思う。

 あの少年は、平気な顔で私達を騙していた。誘き寄せられた私達がどんな目に遭うかをわかった上でだ。脅されて仕方なくそうしていたようにはとても見えなかった。

 そんなふうに山賊達から教育されたのだとしても、実際に騙され、商品として売られそうになった私からすれば、笑って赦す気には到底なれない。山賊達に殺されるところだったアンセルはなおさらだ。

 あの少年に復讐したいわけではない。

 ただ、もう何を信じたらいいのかわからなくなったのだ。

 私の目には、あの少年の嘘はまったく見抜けなかった。純粋に姉を心配する弟にしか見えなかったのだ。

 今思い出すと、不審な点はあった。
 ジョスは山賊の拠点について詳しすぎたし、山賊の根城には見張りのひとりもいなかった。

 あそこで引き返せばよかったのかもしれないが、あの時点ではジョスの姉が山賊に拐われていることを信じていたから、結局はジョスについて行っただろうと思う。

 今回のことで、私は私のことが信じられなくなった。

 私が信じたものが本当に正しいのかどうか、判断ができなくなってしまった。

 そして今回、聖女が山賊の頭だったことで、私のゲーム知識すら信用に値するのかわからなくなった。

 ゲームで仲間になった聖女ミラは、聖女をかたる偽者だったらしい。

 そんな裏話、ストーリーではまったく語られていなかった。最後まで聖女としてパーティに居続けたし、途中で裏切ったりもしなかった。

 山賊の根城で会ったミラは言っていた。

『体に黒い紋様のような痣があることが聖女の証』だと。

 その条件に当てはまらず聖女になれなかったと言っていたから、彼女の体にそのような痣はないのだろう。

 私は服の上から自分のおへその上あたりを両手で押さえた。そこには黒い痣がある。紋様のような黒い痣が。


「…私、もしかして聖女だったりする?」

『今さら何を言ってるんだ』

「!?」


 突然私しかいないはずの部屋で声が聞こえ、思わずガバッと起き上がり、声がした方向に視線を向ける。

 視線の先には小さなテーブルがある。
 テーブルの上には何故かロンちゃんがちょこんと座っていた。


「え、ロンちゃん?あなた、アンセルについて行ったんじゃ」

『ボクはユーニスが倒れてからずっと君のそばについてたよ』

「そうだったの。心配してくれたの?ありがとうロンちゃん」

『ふへへ、お礼を言われるって、なんだか嬉しいなあ』


 以前に比べ、ロンちゃんの口調がかなり崩れているが、これがロンちゃんの素らしい。最初の頃は頑張って威厳を出していたんだとか。

 ロンちゃんとの付き合いが長くなるにつれ、だんだんと素の自分が隠しきれなくなったようで、ある日を境に吹っ切れたようにこの話し方に変わった。

 ……それにしても、ロンちゃん、なんか体の色が黒っぽくなってない?くすんでるっていうか。光の精霊っぽさがなくなってるよ。


「ロンちゃん、なんで黒っぽい色になってるの?」

『え?ボク、そんなに黒っぽいか?うーん、それは多分、今回のことで人間に味方する気持ちがなくなったからじゃないかな』

「え、それじゃあロンちゃんいなくなっちゃうの?」

『いや、ユーニス達のそばにはいたいと思ってるよ。でも、人間達の邪悪な一面を知って、これ以上人間に力を貸すことはできないと思ったんだ』


 以前、ロンちゃんは言っていた。人間達に力を貸すべきかどうかを見極める、と。

 じっくりと見極めた結果、人間達はロンちゃんが力を貸すに値しない存在だと見なされたようだ。

 ロンちゃんはあの場にいた山賊達の記憶を片っ端から覗いたようで、奴らは私には口にできないようなおぞましい犯罪にも数多く手を染めていたという。

 これらの記憶を覗いたことで、完全に人間達に見切りをつける決断に至ったようだ。


「そう……私はロンちゃんの意思を尊重するよ。私も人間達を信じていいのかわからなくなっちゃった」

『ユーニス……』


 こうなると、もうすぐミズガニア大陸に渡ると決まっていることは私達にとって都合が良かったのかもしれない。

 人間を信じられない、いや、誰を信じたらいいのかわからなくなった私にとって、これ以上人間と関わることは苦痛でしかなかっただろうから。

 今のところ無条件に信じられる人間はアンセルとデリックだけだ。

 彼らとは苦楽を共にし、強敵との戦いでは命を預けあった仲である。今さら疑ったりしない。

 特にアンセルに対しては全幅の信頼を寄せている。彼は私を人として扱ってくれた初めての人間だ。ユーニスという名前をくれたのも彼。

 アンセルに裏切られたら、私はもう生きていけないと思う。彼は私にとっての最後の砦というべき存在だ。





 それにしても、最初のロンちゃんの言葉はどういう意味だろう。


「ロンちゃん、私って聖女なの?」

『だから、どうして今さらそんなことを言ってるんだよ。ボクが視えるってことはそういうことだろう』

「え、そういうものなの?てっきり転生特典かと……。で、でも、最初に私が話し掛けた時、ロンちゃんはすごく驚いてたじゃない」

『それはボクの真名を呼ばれたからだよ。ユーニスが聖女だってことは君を初めて見た時からわかってたよ』

「ええと、それならどうして言ってくれなかったの?」

『まさか自分が聖女だってことを知らないとは思ってなかったからだよ。それに、歴代の聖女とはあまり関わりがなかったし』


 うう、そうだったのか。

 歴代の聖女と関わりがなかったのは、ロンちゃんがすぐ聖剣の姿になり、聖女と言葉を交わす機会もなかったからだろうね。
 
 それはそうと、私が聖女だということは、私が魔王のいけにえにされそうになっていたことと関わりがあるんだろうか。まあ、あるんだろうね。関わりがないわけがない。

 魔王が力を取り戻すためには聖女の力が必要だった?

 良くわからないけど、もしそうであれば、私以外の人間がいけにえにされることはこの先もないだろうね。

 でもそれは、魔王が私のことをあきらめない限り、いつまででも私が狙われ続けるということでもあるんだろう。

 不安な気持ちになってしまい、ロンちゃんの方を窺うと、ロンちゃんは入り口のドアを凝視していた。そのままドアに向かって声をかける。


『アンセル、そこにいるのはわかってる。立ち聞きなんてせずに中に入って来なよ』

「え?」


 アンセルがドアの前にいるの?もしかして、今の会話も聞かれてた?
 いやいや、そんなことより、アンセルはロンちゃんの声が聞こえてるの?いつから?

 頭の中を疑問が埋めつくしそうになったが、アンセルがドアの前にいるのなら、早く鍵を開けなければいけない。

 私がそっと鍵を外しドアを開けると、そこには確かにアンセルの姿があった。


「………」


 立ち聞きしていたからだろうか。アンセルは決まりが悪そうな顔で立っていた。

 いつまでも廊下に立たせておくわけにもいかないので、アンセルの腕を引き、強引に部屋に入ってもらった。聖女の話題は廊下で話すわけにはいかないから。

 部屋に入り、2脚ある椅子にそれぞれ腰掛ける。テーブルの上にはロンちゃんが鎮座している。

 アンセルの視線を追えば、しっかりとロンちゃんに焦点が合わされており、ロンちゃんの声だけでなく姿まで視えるようになっていることがわかった。


「アンセル、ロンちゃんの姿がはっきり視えるようになったの?」

「……ロンちゃん?」

「ロンちゃんっていうのは目の前にいる精霊のことだよ。前はぼんやりとしか視えないって言ってたよね」

『アンセルの奴は2週間くらい前にはボクの姿が視えるようになってたよ。それなのにボクのことを完全に無視してたんだ。ひどいだろ?』

「コイツ……」

「え?アンセル、それは本当なの?どうしてそんなことを?」


 アンセルは恨めしげな顔でロンちゃんを睨んでいるが、なぜ無視なんてしていたんだろう。精霊が視えたら、普通は気になって仕方がないよね。

 私が引かない姿勢を見せると、アンセルは渋々ながら答えてくれた。


「……コイツはユーニスのそばをうろうろしてるから敵と判断した。僕には敵と馴れ合う趣味はない」

「アンセル……」


 アンセル、それは誤解だよ。ロンちゃんは普段あなたのそばをうろうろしてるんだよ。あなたの背後にいるから気づかないかもしれないけれど、いつも後ろであなたを助けてくれているんだよ。

 アンセルが見たのは私がテントに戻る時の光景だろう。就寝時はロンちゃんが一緒に眠ってくれているからね。その行動が私のそばを彷徨いているように見え、アンセルに敵視される原因になるなんて。ごめんね、ロンちゃん。

 私はすぐさまアンセルに事の次第を説明し、なんとかアンセルの誤解を解くことに成功した。


「そうだったのか……」

「うん。私がお願いしたことだから、ロンちゃんを責めるのはやめてね」

「ユーニス、ひとりが淋しいというなら、僕が一緒のテントで寝るよ」

「それはデリックに止められたでしょ?デリックの許可がないと一緒には寝られないよ」

「わかった。デリックに許可をもらう」

 アンセルは本気の顔だ。デリックといえば、アンセルはデリックを呼びに行ったのではなかっただろうか。


「ねえ、アンセル。デリックと一緒に来たんじゃないの?」

「ああ、ここまで一緒に来たんだけど、宿屋の前で偶然冒険者達に出くわしたんだ。デリックは今ではすっかり英雄扱いだから、彼らに囲まれて」


 彼らにせがまれてマーダーグリズリーの話を聞かせてあげているのかな。そういえば稽古をつけてあげる約束もしてたみたいだし、当分の間は戻ってこられないね。


「そっか。それなら今のうちに大事な話をしておこうかな」

「………」

「アンセル、私とロンちゃんの会話、どこまで聞いていたの?」
 

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