転生した私は人間不信の勇者と村を出る

スノウ

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冒険者として生きていく

精霊との内緒話

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「精霊さん、私の声が聞こえますか」


 私の声が聞こえないのか、精霊はテントにタックルを続けている。

 これは、精霊との意志疎通は無理だということだろうか。いや、結論を出すのはまだ早い。

 『精霊』は他にもいるだろうから、自分のことだとは思っていない可能性もある。それなら──


「光の精霊さん、私の声が聞こえますか」


 …………………………ダメか。

 残るは聖剣としての名前しかない。これでダメならもう諦めるしかない。

 私は心を落ち着けるために一度大きく息を吸い、精霊の真名を呼んだ。


「聖剣ロンドニキス、私の声が聞こえますか」


 精霊はビクリ、と大きく体を震わせた。


 そして、信じられないものを見るような目でこちらを振り返った。

 まるで、カカシかマネキンから突然話しかけられたかのように、思っても見なかった相手に話しかけられ、驚愕のあまり状況を受け入れられていない感じだ。

 でも、これでこちらの声が聞こえていることはわかった。このままなんとか対話できる状況に持ち込みたい。


「聖剣ロンドニキス、あなたに尋ねたいことがあります。私のテントに来てはもらえませんか?」

『…………』


 ダメかぁ…いや、もうひと押しだ。


「勇者アンセルについてお話ししたいことがあります」

 ピク、と背中の羽根が震える。

 精霊は話の内容に興味があるようだ。この機を逃すわけにはいかない。

 私はテントの入り口を大きく開き、精霊の方を振り返る。精霊はテントに入るか迷っていたが、最終的には自分から入ってくれた。


「…………」

『…………』


 さて、いつまでも黙ったまま見つめあっていても仕方がないので話を始めようと思う。

 まずは──


「聖剣ロンドニキス、あなたはアンセルを勇者だと思っているのですか?」

『その前にお前について説明しろ。どうしてボクの正体を知っている』

 …そうですね、当然の疑問だと思います。

 でも、どうやって説明すればいいものやら。


「私はこの世界と良く似た世界を知っています。私の前世でプレイしていたゲームがこの世界にそっくりなんです。あ、ゲームというのは──」


 私はゲームについて大まかな説明をした。精霊は私の記憶を読み取ったのか、それ以上ゲームについて私に訊いてくることはなかった。


「─それで、ゲームのストーリーではアンセルはあなたに導かれて聖剣を手に入れるはずなんです。でも、現実ではそうなっていない。どうしてそうなっていないのかをずっと知りたかったんです」

『ゲーム、か。フム、どこかの神が介入していれば、あり得ないことではないか』

「あの、今のアンセルは勇者として認められないんでしょうか」

『適性があるのは確かだ。しかし、魂に陰りがみえる。アンセルの記憶を読み取ったが、あやつは村人達の裏の一面を知ってしまったことで、人間に強い不信感を抱いているようだな』

「村人達がしようとしていたことを考えれば当然のことだと思います。殺されるはずだった私だって、いつまでも人間に対する警戒心が消えないんですから」

『ボクにとってもあの記憶は考えさせられるものだった。人間があのように邪悪な考えを持っているとは考えたこともなかったのだ』

「人間のことを、嫌いになりましたか?」

『……このまま何も知らずにただ人間に使われるのは危険だと思ったのだ。ゆえに勇者の適性があるアンセルと行動を共にし、人間に力を貸すべきかどうかを自分の目で見定めるつもりだ』

「そうだったんですね。今後もアンセルに姿を見せるつもりはないんですか?」

『本来であればあやつはボクの姿が視えるはずなのだ。そうなっていないのはあやつの魂が陰っていることが原因だろうな』

 そうだったのか。精霊が姿を隠していたわけではなかったんだね。

 でも、それならアンセルの魂の陰り、というか、彼の傷ついた心が癒されれば、いつか精霊の姿が視えるようになるかもしれないってことだね。

『お前と斧使いの3人で行動していた時のアンセルは幾分穏やかな様子に見えた。このままあやつの魂が癒されれば、ボクの姿を視ることも叶うだろう』

「!!」


 そうか、私達といることでアンセルは穏やかな気持ちを感じているんだね。嬉しい。私の力だけでは無理だったのは悔しいけれど、それでも嬉しいことだ。

 願わくば、このままアンセルの心の傷が完全に癒されますように。


「話しを聞いてくれてありがとうございました。またお話ししてもいいですか?」

『お前…これ以上何を話すつもりだ』

「いえ、特に話はないんですけどね。見てくださいよこのテント。こんなに広いのに私1人ですよ。淋しくて淋しくて。時々話し相手になってくれたら嬉しいな、と」

 私がそう言うと、それまで嫌そうにしていた精霊が考えるようなそぶりを見せた。

『……独りの淋しさはわからないこともない。夜寝る時にそちらへ行けばいいのだな』

「!!はい。ありがとうございます!」

『その話し方もいつも通りで良い。ボクは言葉遣いなんて気にしない』

「ふふ、ありがとう。聖剣ロンドニキス」

『真名はあまり呼ばないでほしい。何か他の呼び名を考えてくれ』

「うーん、それじゃあ精霊ロンちゃんで」

『また安直な……まあそれでいいか。それではボクは寝ることにする』

「ええ。おやすみなさい、ロンちゃん」

『……おやすみ』


 こうして私のテントに夜の間だけ精霊ロンちゃんが来てくれることになった。

 このテントに入るときは大抵就寝時なので、あとは寝るだけの状態だが、独りじゃないというのはそれだけで気分が違うものだ。『おやすみ』と言い合える相手がいるだけで安心して眠れる気がするのだ。


 ロンちゃん、私のわがままをきいてくれてありがとう。





 次の日、早朝に目覚めた私がテントを出ると、アンセルとデリックも既に起きていた。
 ロンちゃんはいつの間にかアンセルの肩の上にいた。

 今日はいよいよあの難敵キラービーと戦うつもりだ。3人とも『今日こそ倒してやる』という気合いに満ちている。早く目が覚めたのはそのやる気の表れだろう。



 身支度を整えると早速森へと出発した。


 しばらく歩くと森の入り口が見えてくる。3人で頷き合い、森へと入った。


 森を歩きながら、デリックが最終確認をする。


「キラービーに遭遇したら、ユーニスが敵の動きを止めて、動けなくなった敵を俺とアンセルが倒すんだよな」

「ああ、複数体同時に遭遇してしまった場合、何とかして敵を陣の中に誘い込みたいところだね」

「2体以上と遭遇してしまったら、どちらの動きを封じるか宣言したほうが良さそうだね」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」

「!!来たぞ、キラービー2体!」

「「!!」」


 デリックの声を合図に戦闘が開始される。

 私はまずキラービーの動きを止めなければならない。


「左のキラービーを止めるよ!」

「おう!」

「わかった。右のやつを誘き寄せられるかやってみよう」

「いくよ!《封縛陣》!」

 私の詠唱とともに左のキラービーの頭上に魔方陣が展開される。

 すると、魔方陣の影響下に入ったキラービーはボトリと地面に落っこちた。その状態でも動けないようで、もぞもぞと身体を動かそうと必死になっている。


「ハァッ!!」

『ギィィ』


 アンセルがもう一体に攻撃し、魔方陣の方へ誘導しようとしているが、攻撃が当たらず上手くいかないようだ。


「アンセル、先にコイツを仕留めるぞ。おりゃあ!!」

『ギイィィッ』


 デリックが動けない一体にトドメを刺す。
 すると魔方陣は効力を失いかき消えた。


「もう一回!《封縛陣》!」


 もう一体も地面に落下した。

 すかさずアンセルが一撃を加える。もう一撃を加えたところでキラービーが力尽きた。その身体はドロップ品を残して消えていく。


「おっしゃあ!!やったぜ!」

「何とかなったね」

「ドロップ品は30ダーラ×2か…厄介な敵の割にはドロップ品が美味くないな」

「いいじゃねーか。勝てなきゃそれすらもらえねーんだぞ」

「でも相手の動きを誘導するのは難しそうだったね」

「ああ、今回のように攻撃が当たりづらい敵は一体ずつ確実に仕留めたほうが良さそうだね」


 その後、私の魔力が回復するのを待って行動を再開した。MPの値は目で見えないが、今どのくらい魔力が減っているのかというのは感覚でわかる。そして、魔力は時間とともに自然回復するのだ。

 今回は2体の敵相手に2回魔法を使ったが、もしあの時もう1体の誘導に成功していたら、魔法一回分の魔力消費で2体を足止めすることができたはずだ。

 今後連戦することもないとはいえないので、魔力消費を抑えるためにも一回の魔法で複数体を足止めできるように何か方法を考えたい。


「お、今度はエメラルドウルフか」

「!!」

「狼か…ユーニス、大丈夫?」

「う、うん」


 狼の姿をしたモンスターに遭遇し、以前山で野生の狼に襲われた記憶が甦った。

 反射的に体が強張る。

 しっかりしろ。あの時襲われて怪我をしたのはアンセルだ。そのアンセルは怯むことなくエメラルドウルフと対峙している。私が怯んでどうするの!

 もう戦闘が始まっている。アンセルは私の様子に気づいたのか、盾を構えて私とモンスターの間に立ち、私がエメラルドウルフの姿を見ないで済むような位置取りをしている。

 ありがとう、アンセル。もう大丈夫だよ。  

 心の中でアンセルに感謝し、エメラルドウルフと対峙する。


「《封縛陣》!」

「ユーニス!」

「よし、動きが止まった。ここは俺が決めるぞ。【岩砕き】!!」

『ギャオォォン』


 エメラルドウルフは断末魔の鳴き声を最期にドロップ品を残してかき消えた。


「ふぅ。アイツ結構攻撃力高そうだったな。ええと、ドロップは50ダーラか。この辺りの敵にしては多いな」

「2人とも、すぐに魔法を使えなくてごめんなさい」

「おお。最初動かずにじっとしてたけど何かあったのか?」

「デリック、止せ」

「少し前に野生の狼に襲われたことがあってね。その時のことを思い出しちゃったんだ」

「そっかぁ。大変だったんだな。今日はもう引き返すか?」

「ううん、もう平気。心配してくれてありがとう」

「ユーニス、本当にいいのかい?」

「うん。今の私は冒険者だもんね。以前のように震えるだけで何もできなかった私のままではダメなんだよ。今は魔法っていう対抗手段もあるし、立派に戦ってみせるよ」

「ユーニス……君は強くなったね」

「本当!?ふふ、そうだといいな」


 そうして森でのモンスター狩りを続けた私達は、私とアンセルがレベルアップしたことで戦いに区切りをつけて帰ることにした。



 今回のアンセルのレベルアップにより、彼は【ダブルスラッシュ】という技を習得した。

 この技は名前の通り2回連続で斬りつける技で、癖のないオーソドックスな性能をしている。

 長所としては攻撃の出が早いことと多少命中率に補正があることくらいだろうか。ゲーム後半で強力な聖剣専用技を覚えると出番はほぼなくなっていた技である。

 しかし、今のアンセルは聖剣を手に入れていないため、この技も長く使っていくことになるかもしれない。

 なお、私は今回のレベルアップでは残念ながら魔法を習得することはなかった。

 《封縛陣》が優秀なため、今のところ問題はない。





 2人と別れ自分のテントに戻ると、ロンちゃんも一緒についてきた。

 なんだか嬉しくなって「野いちごあるけど食べる?」などと訊いてしまったが、精霊は何も食べないようだ。残念。


 今日もモンスター狩りを頑張ったし、そろそろ旅の資金も貯まってきたように思う。そう遠くない未来にテラネを出ることになりそうだ。


 ふああ、そろそろ寝よう。

 おやすみ、ロンちゃん。
 


 

──────────

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