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どうやら転生したようです
転生ですか?
しおりを挟む気がつくと私は知らない部屋にいた。
「え……?」
キョロキョロとあたりを見回すが、どう考えても見覚えのない場所だった。
この家は木造のようで、部屋の広さは5畳ほど。板張りの床には絨毯はおろかラグすら敷かれておらず、私はそんな座り心地の悪い床の上にちょこんと座っている状態である。
私は何気なく自身の体を見下ろした。
「!?」
体が縮んでいる……?
もみじみたいな小さな手。短い足。これはおそらく幼児と呼ぶくらいの年齢ではないかと思う。
いったい何がどうなっているのだろうか。
私は断じて幼児などではない。私は日本に住む普通の女子高生で、学校から帰るとすぐに自室に籠もり、趣味のゲームを先程までずっとプレイしていた。そのはずなのだが………
そういえば私、ゲームの途中で体調が悪くなったような気がする。それで、休憩代わりに少し仮眠をとろうと思って、ベッドに横になって、そして………
ってことは、これって夢の中?
一瞬そう考えかけるが、そうではないと私の直感が告げる。
実際のところ、夢だというには目の前の光景がリアル過ぎるし、自分の体に触ればきちんと触感と人の体温を感じる。
信じたくはないが、これはきっと現実なのだろう。
おぼろげながら、最期の記憶が蘇ってくる。
私が体調を崩してベッドに横になった後、今まで味わったことがない程の強烈な頭痛に襲われた。
痛くて苦しくて、家族に助けを呼ぶ余裕もなくベッドの上でもがいた。そのうち段々と意識が曖昧になり、やがて完全に意識が途切れた。
そうか、私、死んじゃったんだ……
何だろう。突然過ぎて頭がついていかない。その所為なのか、若くして死んでしまったことへの心残りや、家族や友人ともう会えないのだという悲しみもあまり湧いてこない。今はまだ死んだという実感がないのだ。
改めて今の自分の体を観察する。うん、どう見ても2、3歳くらいの幼児に見える。性別は……女の子だね。良かった。
私は死んでこの体に生まれ変わったということなのだろう。転生って本当にあるんだな。でも、前の私の意識が残ったままで転生するのは普通のことなんだろうか。……まぁ、そんなことを考えてもわかるはずもないよね。
そんなことよりも、今は色々と見て回るのが先だ。「うんしょ」というかけ声とともに立ち上がる。
先程声を出した時にも思ったが、発声がどこかぎこちない気がする。幼児だから言葉がおぼつかないという意味ではなく、声帯が発達していないように感じる。もしかしたら普段からほとんど声を出さない生活をしているのではないかと思ってしまう。私はいったいどんな育てられ方をされているのだろうか。
気を取り直し、部屋を見て回る。
なんというか、子ども部屋にしては殺風景な内装だと思う。必要最低限の物は置いてあるようだが、子どもが喜びそうなおもちゃやぬいぐるみといったものが一切見当たらない。親の教育方針なのだろうか。
「ん………?」
一通り見て回った私は、ひとつおかしなことに気がついた。
この部屋、電化製品が一つもないのだ。
天井付近を見上げても照明器具が見当たらない。その他の電化製品も無いようだ。それ以前に電源プラグを差し込むためのコンセントが何処にも見当たらないのはどういうことだろう。
今の時代、どんなド田舎でも電化製品がない家などほとんどないだろう。日本以外の他の国だってそうだと思う。
ここはその数少ない未電化の国なのだろうか。それともまさか、ここは地球ではないの?
私がそんな疑問を抱いたちょうどその時、部屋の外から足音が聞こえた。足音はこの部屋の前で止まり、続けて部屋の鍵を開けるカチャカチャという音が聞こえてきた。
え?この部屋、鍵をかけられていたの?どうして?
普通子ども部屋に鍵なんてかける?あ、危険な場所に立ち入らせないようにするための、ベビーガードや安全柵の代わりだろうか。でも、親だってこの部屋に頻繁に出入りするはずだよね。その度に鍵をかけ直しているのだろうか。
答えが出ないまま扉を見つめていると、解錠できたようで、ギィ、という音とともに扉が開き、20代くらいの緑色の髪の女性が入ってきた。
髪が緑色だ!!
染めているのでなければ、地球ではありえない髪色である。これはもしかしなくても異世界転生であることが確定したのではないだろうか。電気も通っていないことといい、その可能性が非常に高い。
私が心の中で異世界転生に感動していることなど目の前の女性が知るはずもなく、彼女は部屋に入るとこちらには目もくれずに淡々と掃除をし、それが終わると今度は私の服を着替えさせ、部屋のゴミと脱いだ服を持って一旦部屋を出ていった。そして私の朝食らしきものを持って戻ってきた。余談だが、この短い出入りの間にも彼女は鍵をきっちりと閉めて出ていった。恐ろしいほどの徹底ぶりである。
朝食を私の前に置き、彼女は私に食べろと言うような仕草をした。それに従って私が食べ始めると、彼女は食事が終わるのを見届けることなく部屋を後にした。もちろんきっちりと鍵をかけて。
「……………」
一人になった部屋の中で、私は細いため息を吐く。
さっきの女の人、多分私のお母さんなんだよね。
この世界の親子関係って、これが普通なの?今の一部始終で親子の会話が一言もなかったよ?
私に笑いかけることもなく、終始無表情だった。そして何より、出ていく際に当たり前のように鍵をかけられた。考えたくはないが、もしかして私は監禁されているのだろうか。他でもない、実の母親の手によって。
ブルリ、と悪寒が体を這い上がる。
何のためにこんな幼い子どもを監禁しているのだろうか。私にはとても理解できそうにない。
理解できないことはもう一つある。あの女性は私に一切話しかけなかった。食事を持ってきた時、彼女は私にジェスチャーで食べろといってきた。本来ならば「食べなさい」の一言で済む場面にも拘らずだ。
これは、私が彼女の言葉を理解できないと知っての行動だろうか?
つまり、あの母親は我が子に一切言葉を教えていないのではないかという疑いが生じる。それが真実ならば、彼女が私に話しかけない理由もわかるし、私の声帯がろくに声を出したことがないもののように感じることにも説明がつく。
……言葉を教えない理由についてはまったく見当もつかないが。
色々と考えながら食事を終えた。
幼児が食べる量にしては多く、半分近く残してしまった。
しかし、量が多かった理由についてはその後お昼時になって判明した。
あの母親が昼食を持ってこなかったことにより、あの朝食は昼食の分も含まれていたのだと気がついた。その頃には食事も冷めきっていたし、そこまでして私に会う頻度を減らしたいのかと考えると食欲もなくなってしまい、結局残りは食べなかった。
夕方になり、再び母親が部屋の鍵を開けて入ってきた。
私の食事の皿が乗せられたトレイを確認し、半分近くを残しているのを確認すると、母親は初めて私に言葉を発した。異世界の言葉だったので残念ながら意味はわからなかったが、大声で言葉をわめき散らし、非常に頭にきている様子だった。残った食事を指差していることから、私が食事を完食できなかったことに怒っているようだ。
その後、母親が持ってきた夕食を彼女の目の前で完食させられた。空になった皿を無表情で確認すると、彼女は部屋を後にした。
ガチャリという鍵の音が、私の耳に重く響いた。
………怖かった。
作ってくれたものを残してしまったことは申し訳ないと思うが、彼女の怒りは我が子への愛からくるものでは決してなかった。私が食べないことで何か彼女にとって不都合なことがあるから怒っている、私にはそんなふうに感じられた。
こんな生活がこれからずっと続くのだろうか。日本の家族の顔を思い出し、視界が滲む。
…………………
いや、何弱気になってるの、私!
これが転生前の記憶がないままの私だったらどうにもならなかっただろうけれど、今の私には日本での記憶がある。
日本で得た知識を総動員すれば、この息苦しい監禁生活から脱出する方法も見つけられるかもしれない。今は無理でも、いつかきっと外の世界で自由に暮らしてみせる!
私はそう強く決意した。
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