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異世界の国王は妻の不機嫌を恐れている。

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異世界転移した仲間は他にも多くいるが、その中で神達からの試練を生き残った者は少数となったらしい。
転移仲間で最初の頃に一緒に冒険者をやっていた仲間は今でもたまに交流がある。
誰かが病にかかったり死んだなどの噂があると情報を共有する為に手紙で連絡をとったり、鳥を飛ばし合っている。
山本さんは転移仲間の中でも結界を張る能力に秀でていたし、冒険者をやめた後も有名な家に嫁いだので少しは知っている。
今は各地に散らばった仲間達も子供達の世話やなんやで苦労しているからかあまり頻繁には連絡していない人もいたりするが、それでも転移した者の中でも数少ない女性である彼女が俺にわざわざ会いに来て相談したいなんて珍しいし結界を得意とする彼女が相談の為に一人で旅をするなんてただごとじゃない。
従者の一人も連れてないなんて彼女の夫が許さないと思うのだが、実際一人で来たようだし何があったのか話を聞いてみるしかないのだろう。
「急ぎか?ここで話せる話じゃないなら先にこちらの鑑定をパパッとすませて落ち着いてからゆっくり聞きたい。ギルドの依頼というより国王からの依頼だから早めに済ませたいんだ。」
彼女は彼等のギルドの職員バッチを見て頷いた。
「うん。ちょっとここでは話せないかな。ギルドの人が終わったら呼んで。」
「わかった。じゃあ、茶でも飲んで待っててくれ。」
「ありがとう。」
彼女が俺に用があって訪ねていると鳥が知らせてくれたのは昨日であり、俺が帰ってきた理由の一つだ。
彼女は遠い外国に住んでいるはずなので一人で来たのはおかしいし、彼女の伴侶からの問い合わせの鳥も各地に飛んできたと噂になっているらしい。
彼女の伴侶は領主で突然いなくなった妻を探していると騒ぎになっているらしい。
そのことを知らせてくれたのがよくお世話になっている王子達で店の方に王子達と話題の領主の部下が来たことで知ったのだが彼女はどうやら安全な国境を通ることなく危険な山を一人で何個も越えて移動してきたらしい。
王子達が帰った数日後にうちに知らない女性が来たと妻から鳥が飛んできたのでそれらの説明をし、報告した。
王子の使い達が来るまで時間を稼いで欲しいとお願いされているのである。



ギルドの人達を連れて家の奥に歩いていると足を黒い影のような手が掴んできた。
歩くのを止めると後ろの人達も止まり、手に気付いた。
「……ん?なんだ?!」
「ひっ?!」
「……桜、話があるなら後で聞くから。お客さんを恐がらせるようなことをしちゃだめだ。」
手が離れて行ったのでまた歩き始める。
「……あの、今のは?」
「娘のいたずらだ。桜は人見知りであまり部屋から出ない子なんだけれど、おやつの時間に好きなお菓子がなかったりするとよくああやっていたずらをする。」
「あれがいたずら……ですか。」
「大丈夫、大丈夫。お客さんに魔法を使うことは妻が禁じているから。怪我をしても治癒師を運ばせますから。」
「……それは大丈夫と言えるのですか?」
笑って誤魔化しながら長い廊下を歩いた先にある部屋の前に来ると扉が静かに開いた。
「妻に話を聞いてくるので、少しここで待っていてくれ。今日は起きているみたいだから彼女の機嫌次第だが、この部屋なら結界で影響が少ない。慣れてない人がいきなり妻の魔力を直接受けると気が狂ったり死ぬこともあるらしいし一応、彼にこれを持たせておいてくれ。」
「……以前会った時はこんなものはいらなかったと記憶していますが」
「家では魔力を制御する道具を外していることが多いんだ。他にも色々事情があってな。今は俺が近くに行くと不機嫌になると思う。」
「……夫婦喧嘩ですか。日を改めた方がいいのでしょうか?」
「悪いな。妻の機嫌次第だから会ってみないことにはわからないんだ。機嫌さえ良ければ鑑定するだけで済む問題だけど一応な。」
扉が勝手に開くのは彼女がやっていることだろうから会いたくない訳ではないのだろう。
奥の部屋への扉が開かれた音に若い鑑定士が視線を移す。
「……あの、誰もいないのに扉が開くのは?」
「妻の力だ。彼女は自分の魔力圏内のあらゆる事象に影響出来ると知り合いの魔法使いが言っていた。」
「家の中のことは全て把握されているということでしょうか?」
「いや、この国のことなら大体わかるようだ。」
「……国?」
「全てのことを把握するのは面倒なので彼女が意識しなけめば、話の内容まではわからないとは言っていたが。まぁ、気にすると切りがないからな。」
部屋を出て妻のいる庭の方に歩いていく。
「ただいま。」
紅茶の香りがわかるまで近づくと彼女の装飾品がシャラシャラと音をたてたのがわかった。
「そなたはもっと家族との時間を作るべきだ。」
低い声が僅かに地面に響いて振動したような感覚。
不機嫌な時の声である。
シャラリと音を出しているのは髪の装飾品だけではない。
上品な服から覗く手足のジャラジャラ鳴りそうな見た目の装飾品達も軽い音を出しただけで静かになった。
彼女の近くには特殊な結界がいくつもあるらしいのだけれど俺には魔法の詳しい作用なんて解らないので解ることだけを伝えよう。
まるで邪魔なものは聞こえなくなる魔法をかけられたような自然と視線を吸い寄せられているような不思議な空気。
この静けさは彼女が不機嫌な証拠だ。
紅茶を置いた彼女は立ち上がって手を腰に当てジロリと睨み付けるように立った。
「そうだな。その為にジークが帰ってすぐに帰ってきた。」
仕込みやら注文されたものの作り置きやらを大量に作っていたら時間がかかりすぎて家に帰る体力が残っていなかったという言い訳をするのは後にしよう。
「私の為に薬を集めるのはいいが、私達の為と言ってそなたが長く留守にするのは別の問題が出来る。止めよ。私は休んでいれば回復するし、弟子達や各地の知り合いに薬草などの手配は頼んだではないか。そなたがいないと子供達がご飯を食べずにおやつばかりだし、注意した教育係達も自慢の結界が破られて骨を折った。治癒師に安静にするように言われて落ち込んでいる。」
変わりないようでなによりだ。
教師達は子供達の脱走を阻止する結界を魔力差によって破られる度に研究熱心になっているので問題ない。
いつものことだ。
しかし……
「俺がいないと食事をしないのは子供だけではないようだが、きちんと食べていたのか?」
本来、竜族である彼女が毎日食事をとる必要はない。
しかし、妻は度重なる出産により魔力が減少して弱っている。
それを補う為に栄養と魔力の回復を目的に治療師などにも食事をしっかりと取ることを注意されている。
俺が料理を作って時間停止機能がついた収納空間にたくさん入れてあるからいつでも食べていいと言ってあるのにここ二、三日あまり食事が減っていなかった。
だから心配で帰ってきたというのも理由の一つである。
通常、竜族は一人子供が産まれたら10年は様子を見るそうだ。
卵に魔力を注ぎ続けなければならないという竜族の子作り方法は人間である俺には実際に体験するまでよく解っていなかったのだ。
それを俺の都合で一気に五人も立て続けに産んだものだから、様々な手段で魔力を工面しても俺も妻も魔力を死ぬかと思うほど取られた。
だから、妻は双子が産まれた頃には体調を崩して四人目が産まれた頃からずっと寝込んでいる。
双子を産んだ後に俺がなんとかあと二人子供が欲しいと期限の話をしてから彼女の感情が乱れて国家規模の天変地異が起きる程多くの魔力を使い続けたのも問題だ。
俺は神々の力で助けられ妻も加護を受けているのでなんとか命までは取られなかったが、いくら竜が強い種族でも短期間で五人も子供を産んだら疲れるし育児が大変だ。
その上、色々な事件で感情的に魔力が乱れて雷とか嵐とか地盤沈下とか天変地異を起こしていたら魔力も減るだろう。
ちゃんと栄養をとって寝ていれば徐々に回復すると治療師などからも言われたが無理をしたし、させた自覚がある。
ジークに頼んでいたものは魔力を回復させる薬や材料であり、食材である。
最近は魔力を回復させるために近隣の山にある薬草などを刈りすぎた為、少し遠くても良質の回復薬を求めて頼んでいる。
店の仲間やギルド、色々な知り合いが遠くまで探しに行くことを頼まれてくれたのでかわりに俺が店にいる頻度を増やしたのだ。
そして子供達に世話をする者をつけても竜族というのは子供達に対して少し離れた所で見守るような感じの者が多い。
そのかわりにいつでも魔力で探っているし、目の見える所に置きたがるのだが最初の頃はこれが子守りとは思えなかった。
転んでも見ているだけが普通という感じの子守りは家にいるだけならば必要ないのでは?と俺が言ったら子供達が泣いた場合の魔力が問題だと妻が言った。
うちにいる使用人達はドライアドが多いのだが、魔力的に子供達が泣いたら対応出来ないとのこと。
火でも吹いたらドライアド達が死んでしまう。
そして俺が店にいることで子供達が家を抜け出したり学校に通っている筈の息子が襲われたこともあって神経質になっている。
そういった訳で妻はご機嫌ナナメが直らない。
「そなたの作ったものは食べた。」
残していたのではなく俺が作ったものではないと解って食べてなかったらしい。
確かに手の調子が悪いと量が足りないと思って店の料理も収納空間に入れていた。
「じゃあ、新しく何か作ろう。何か食べたいものはあるか?」
「オムライスがいい。そなたが作っている間にギルドの者の話を聞く。あと、一つ聞いておきたい。」
「ん?」
「あの女はなんだ?」
「転移仲間だ。解らなかったのか?」
山本さんは結界の能力を持っているし、転移した仲間は神様の加護を受けているので魔力が特殊なのだと前に聞いた記憶がある。
「違う。私はなぜお前の所に彼女が来たのかを知らない。」
「それは俺も知らないな。」
「なんだそれは?こんな遠くの異性に助けを求めて来たんだろう?昔の女じゃないのか?」
「ありえないな。」
彼女が好きなものは獣耳を持ったものだったと思う。
「前にも言わなかったか?転移してきたものはそれぞれ普通の人が持たない特殊な性癖があるものが多いって。俺が君の鱗や角などを愛しているように山本さんは獣人の耳や毛の多い尻尾が好きだったと思う。」
「ふむ……?!それは…………変だな!」
声から威圧がなくなった。
照れているのは可愛いのだが尻尾をペシリと叩きつけたことによって風圧で花瓶が綺麗に割れて水が出ている。
花瓶が倒れていないという不自然極まりない割れ方なので俺が女性の話をしたことによる動揺だろう。
「ギルドの話の後に話を聞く約束をしたが、同席するか?」
「むむ……する。」
「わかった。じゃあ……オムライスはその後でいいか?」
なんだか不安になってきたので料理を後にしようか聞いてみる。
「ギルドの話ぐらい一人で聞ける!」
今日の妻はよほど早くオムライスが食べたいようだ。
「お腹が空いているなら作り置きやお菓子を食べればいいのに。我慢しないで食べてくれ。」
「我慢などしておらん!……食事は家族で取った方がうまいのだ。」
いつも俺が言っている言葉だが、彼女が言うととても可愛い。
「それはそうだな。」
手を差し出すと彼女がその手をゆっくりと握る。
指と指の間にするりと彼女の指が絡まる。
転移した仲間が恋人繋ぎの話をしたのを覚えていたのだろう。
「彼女は結界が使えるから少し威嚇するくらいなら平気かもしれないけれど。無駄に魔力を使うことはない。無理はしないでくれよ。」
浮気を疑われていたとは思っていなかったが、彼女が不安だったことは伝わった。
「無駄ではない!私の男に手を出さぬように言うだけだ!」
手が少し強く握られている程度で抑えられているのは彼女がまだ回復途中である証のようで。
「心配なんだ。まだ、無理をしてはいけないと治療師達にも言われているだろう?」
二人で部屋の外に出る。
「そこまではせぬと言っている。」
その後、なにかぶつぶつと言っていたが意味がわからなかった。
多分、古代語とかの言葉なのだろう。
彼女の言葉使いが古くなっている時は弱っている証拠なのだ。
「わかった。それでメルが安心するなら止めない。」
尻尾が花瓶を置いていた机ごと吹き飛ばして粉砕した。
「……これは?」
感謝状を渡すと紙が宙に浮いて開いた。
「苺に感謝状だって。」
「……人は岩遊びで感謝状を贈るのか?」
「竜族には子供の遊びでも人は岩に潰されただけで死ねるからね。」
竜族の子供達は親の結界に守られているので小さな岩が飛んできたとしても潰れないが、直接殴られたりなどしたら痛いらしい。
親のかける結界の種類や強さにもよるが空を飛んでも鳥などと間違えて襲われないように石や岩に対する結界があるのだと俺は聞いた。
「……そうだったな。人は弱すぎる。」
感謝状を持ってまた歩き出す。
「メル。人を助けて感謝されたんだから苺はきっと立派なことをしたんだろう。好物でも作ってほめよう。」
「む。苺だけだと喧嘩になる。私も食べる。」
「全員分作るよ。母親として子供達のお菓子を取るようなことはしないようにな。」
「……子供は喧嘩をして強くなるものだ。」
横の妻を見る。
「メル?」
「……なんでもない。皆で食べよう。」
「そうだな。女の子なんだから喧嘩ばかりではダメだ。子供達にはメルのように賢い子になって欲しい。」
俺のように考えなしだと苦労するだろうから子供達の教育を疎かにはしたくない。
「……そうか。」
もう一度横の妻……メルを見ると穏やかに笑っていた。
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