3 / 5
異世界では空を飛ぶなんて珍しくないらしい。
しおりを挟む馬車に乗ろうと玄関で待っていた時。
「じちゃ!」
足に何かくっついた感触がした。
「ん?」
下を見るとリリィが引っ付いていた。
「だっこ~」
孫がかわいいので叶えてやりたいのだが先程までオムライスを作っていた手首が少し痛いので無理はできない。
ジークはなぜ蟹を家に送らなかったのか。
「蟹を持っているから今は無理だ。後でな。」
「じーちゃん大丈夫?俺、蟹持とうか?」
「ありがとう。大丈夫だよ。この蟹は大きいからエリクが持つには危ないだろう。」
小さいエリクでは手の長さが箱を持つのに届かないし、箱からはみ出した蟹が落ちた場合エリクが蟹に潰されてしまいそうだ。
「じゃあ、私が持つよ。」
「ん?」
蟹が軽くなったかと思うと後ろから声がした。
「お父さん!早く帰ってきてって鳥、どうして無視するの?!お母さんイライラして大変なんだから!」
鳥とは手紙を届ける魔法の何かだ。
詳しくは知らないが形が鳥なので鳥と言っている。
蟹の入った箱を長い尻尾で器用に軽々と奪うとバサリと背中の翼を羽ばたかせた。
金の瞳がつり上がりぷりぷりと怒っている赤い髪の女の子は人の姿をしているが、翼を仕舞えていないのでとても目立つ。
「ジークが休みをとるから何日か店にいるって言っておいただろう?」
「お店は昼まででしょ?夜は帰ってきてよ!作り置きがあるからって6日も帰らないとかおかしいでしょ!」
娘の苺である。
髪が赤くて苺みたいだと言ってしまったことから苺という名前になった三女は甘いものが好きだ。
この世界の苺のような果物も大好きだ。
うちの女の子は全員甘いものが好きだ。
皆で甘いものをよく食べるのでそう思っているのだが、妻が言うにはそれぞれ好みがあるとのこと。
甘いものを作って残すことがない子供逹なので俺にはよく解らなかったが、一人ずつ好きなものを聞くと細かく主張してくるのでとりあえず好物だけは覚えた。
苺の好物はケーキ、特にショートケーキが好きである。
「たまにはいいだろう?お前逹と違って俺は飛べないから店と屋敷の往復は大変なんだよ。」
竜は長命種族なので時間感覚的に6日家に帰らないくらいのことはそんなに騒ぐことではないはずなのだが、この三女は俺の料理が好きなのでよく母親の味方をする。
娘の翼がパタリと閉じると翼が消えた。
「だから、魔法で転移出来るようにしようかって言って
るじゃん!」
「店には悪い大人から子供逹まで色々な人が来る。事故や犯罪に使われたら危ないだろう。」
「使用者制限すればいいじゃん!」
「お母さんの魔法は普通じゃないから魔法使いに狙われるかもしれないだろう?何度も説明しただろう。竜の魔法は古代の魔法だから軽々しく使用してはいけない。転移魔法は魔力も大量に使うから毎日は無理だ。転移魔法を使うのなら、苺は古代語を勉強してからだと言われているんだろう?」
「無理じゃないもん!勉強してるもん!魔石を使えば出来るもん!」
子供逹は全員母親の真似をしたがるのできちんと竜族の家庭教師をつけているのだが、こうして度々脱走したりするので妻が騒がない程度なら俺は自由にさせている。
妻は魔力で現在地などを監視しているので迷子になっても帰って来れる道具も渡されているし、泣いていたら解るという驚異的な野生の勘が凄いので育児についてはご飯以外任せている。
人の姿で歩き出せるようになった頃、町や人の住む所に行く分には拐われても大丈夫という竜の常識が解らなかったからだ。
貴重な種族であるから拐われるということはよくあるのだと妻が言うので俺が心配してこっそりついて見ていたら、大男が子供を蹴るようにしてぶつかった。
駆け寄った俺はぶつかった大男が悲鳴を上げて折れた足をつつかれる姿を見て、笑う子供に拳骨を落とした。
子供が拳骨で泣くと妻が来て大男を抱えて教会へ。
足を治療してもらい、謝罪した。
妻は本当に子供が泣くと解るということがわかった。
事故でぶつかったとしてもつついて傷つける行為はいけないことだと説明した。
確かに竜の子供は人より強いのかもしれないが、安全ではないから一人で行ってはいけないと言っても次の日子供逹が揃ってお客に混じってご飯を食べている姿を発見してから禁止しても意味はないと悟った。
そして、子供逹の隠し事はだいたいバレる。
たとえば、町の人達の中でうちは有名である。
俺は有名な店の店主として、妻は派手な容姿や種族的な意味もあるが森の守り神的存在として知られている。
子供逹が泣いたらそんな妻がすぐに現れるので名物扱いされている。
他にも、子供逹が無邪気に妻の魔法を真似すると妻から罰を受けて皆が俺の料理を一度禁止されるということがあった。
そして家族会議ということで家の地下にある牢屋で反省会をする。
反省しないようなら保存食として有名な乾パンのようなものしか食べられない牢屋から出られない。
子供逹に使用人逹まで巻き込んで乾パンもどき生活を皆が体験したことがある。
その生活が十日間続いた結果、激しい暴動が起きた。
大きな城を作っても暴動で無くなるので、色々と形を変える不思議な城として有名になっているが俺は厨房さえ良ければ気にしない。
何度暴動で寒空の中で寝ることになったかなんて覚えていないが、山に住む多種多様な隣人逹が被害を受ける可能性を考えると結界が壊れない範囲で納めなければと思っている。
「もし、お遊び気分で古代魔法を使った場合は苺だけ暗~い地下の牢屋で何日も反省することになるな。いいのか?」
「やだ!!」
苺に少し説教しようと思っていたらズボンが引っ張られた。
「じちゃ?だっこぉ~!」
どうしてもだっこされたいらしい。
「はいはい。」
リリィを抱き上げると苺と目があったらしい。
目が大きくなってキラキラしていた。
「いちごしゃん!こんにちは~!」
「リリィ、エリクもこんにちは。遊びにきたの?」
「うん!」
「これからじーちゃんが細工を見せてくれる約束なんだ。」
苺がこちらを見たので頷く。
そういえば、帰る所だった。
長い話は後にしてとりあえず、家に帰ろう。
「二人と一緒に戻ろうと思っていた所なんだ。苺がいるなら馬車はいらないかな?」
「うん。いいよ!」
「そうか。少し待っていてくれ。」
馬車の人に説明して戻る。
「じゃあ、苺。頼む。」
「はーい。二人とも高い所が怖いならお父さんに掴まってね。」
ポンッ!!
「……え?」
「うわあああ!!」
大きな赤い竜が現れるとエリクは呆然とリリィは少し興奮して翼の風圧に飛ばされそうになったので二人とも守ってやる。
「行くよ~。」
竜が俺逹を掴んで足が地面から離れる。
「ぎゃあああああーっ?!!」
「きゃーっ!!」
騒ぐ二人の声がうるさいが竜の手が蟹を置いているもう片方の手の平の上にきて降ろされる。
「落ちないようにね~。」
結界が張られたのでそうそう落ちないが、子供逹に言ったのだろう。
しかし、子供逹はそれどころではなかった。
「あぅ……ひぅ……」
「すごーい!!」
エリクは座りこんで泣目になっているし、リリィはキョロキョロと身を乗り出すように興奮している。
「エリクは何に驚いているんだ?」
うちの妻が竜なのでうちの子供は皆竜に変化出来る。
卵から竜の姿で産まれたので孫逹もそうなのかと思っていた。
だが、エリクとリリィは人の姿で産まれた。
妻曰く、魔力量で息子が相手に負けているからだろうとのこと。
二人の父である俺の息子は双子で一つの卵から二人産まれた。
特殊な産まれ方をした影響か双子は魔力が極端に少ないまま産まれた。
産まれる時はそれは大変だった。
妻に卵を見せられて子供が出来ていたことが発覚。
二つ魂が宿っているから死んでしまう確率が高いと悩んでいた所に知り合いの聖女がきて魔力を二人分注いでやることが出来れば大丈夫と言われ二人で頑張った結果、軽く俺だけ臨死体験をした。
俺の魔力は普通の人より多いが普通の竜と比べると少ない。
知り合いを集めて回復薬などを多用した結果、なんとか無事に産まれた双子は普通の竜より弱い子供になってしまったのだ。
双子の息子の方は魔法に興味を持ったので色々と条件付きで知り合いの魔導師に預けることになったのだが、学生としても弟子としても普通に暮らせていた。
数年前までは。
変わった魔女に一目惚れされて性的に襲われたらしい。
幼い息子がそういった事情が重なったことで魔力的に人と変わらないぐらい弱いことは知っていたが、成長して成人となる百歳くらいには魔力なども竜族として少し弱いくらいにはなれるだろうと言われていた。
しかし、ある夜に息子が普通に寝ていたら裸の女性が隣で寝ていることで混乱して魔導師に泣きついたことで妻が気付いた。
その強姦魔を妻が殺しかけて、預けていた魔導師から助けを求められた俺が説明を受けている間に近くの山がひとつ消えた。
強かな魔女はその夜に身籠り、新たな魔力を感じた妻は家に雷を落とした。
なんか色々とあった結果、息子は成人前に出来ちゃった結婚をした。
本人は大人しい性格で俺と同じ黒髪のせいか町の人逹にもあまり知られていないということもあって、普段は人として隠れて生きているらしい。
娘逹は人の姿は不便だと言ってよく竜の姿で飛んで店にきているが、魔導師が教えたのか息子は竜にならなくとも空を飛ぶようになった。
もしかしてエリクは初めて竜を見たのだろうか。
「エリクは竜のこととか聞いてないのか?」
竜の血が流れているのだからこの二人も魔力は多いだろうし、肉体的にも人より頑丈だろう。
「えぅっ?!」
ダメだこりゃ。
くっついて離れない。
話せる感じじゃないな。
「じちゃ!すごいねぇ!」
「リリィはこわくない?」
「だいじょーぶー!」
「じゃあ、飛ぶよー。」
結界のおかげで風圧も届かないが、空へと昇っていく景色はすごい。
従業員逹が手を振っているのが見えた。
リリィは手を振り返した。
空を飛んでいると横を鳥が飛び回った。
「じちゃ!じちゃ!とりさん!とりさん!」
「はいはい。鳥だねぇ。」
暫くリリィが興奮して騒いでいたが、エリクはずっと俺にしがみついている。
「じちゃ!じちゃ!」
リリィが遠くに見える山の上の城、我が家を指差した。
「あれがうちの家だよ。」
「わぁあああ!!りゅーさんいっぱーい!!」
「じ、じーちゃん……危なくない?」
妻がこちらを見ていたので手を振る。
「エリクは高い所が怖いのか?それとも竜が恐いのか?」
「えっ?!なに?!」
動揺しているエリクが足に引っ付いて離れないがちゃんと周りを見だした。
「大丈夫か?」
「じーちゃんは空飛んでるのに平気なの?!」
頭を撫でて落ち着けと促す。
「平気ではないが、慣れたかな?」
「じちゃ!おはなー!」
孫と一緒に花畑を見て楽しんでいると妻は人の姿になったのか見えなくなっていた。
「お花だねぇ。ん?」
手を振る人影が多いことに驚いて振り返していると城の上まで到着したようだ。
ゆっくりと降りていくと何人も出迎えに来ていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
捨て駒として呼び出された俺、剣聖(美少女)と賢者(美少女)に拾われる
あーる
ファンタジー
国同士の戦争で、囮として召喚されたシン。突然窮地に立たされるも、何とか一時を凌ぐことに成功する。
だが、ほっとしたのも束の間、身分証が無いと街に入れなかったり、毒の水(?)を飲んで苦しんだり、兎に角不幸が襲いかかる。
そんなある時、剣聖(美少女)と賢者(美少女)に出会い、無理を言って彼女達に弟子入りという形で拾ってもらう。
そんなお話です。
アビーの落とし穴
夢咲まゆ
ファンタジー
二十二歳の青年ジェームズは、敬愛する魔法使い・リデルの側で日々家事や育児に奮闘していた。
俺も師匠のような魔法使いになりたい――
そう思い、何度も弟子入りを志願しているものの、リデルはいつも「やめた方がいい」と言って取り合わない。
一方、五歳になったアビーはいたずら盛り。家の中に魔法で落とし穴ばかり作って、ジェームズを困らせていた。
そんなある日、リデルは大事な魔導書を置いてふもとの村に出掛けてしまうのだが……。
その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
異世界でみんなの飯テロ保護してます!
雪見だいふく
ファンタジー
異世界の人と一緒に冒険をしたりピンチを救ったり!?
主人公の一 一(いちはじめ)は異世界転移をする。
そこで見たのは面白味もない異世界。……だったはずが。スキル獲得でほんわかしたバトルを展開していく!
食べ物を救え!
感想をくれるとものすごく嬉しいです。
多くの方々に読んでいただけるものになるよう頑張らせていただきます!
連載は出せる時に早めに出していけたらと思います。ほんわかしたファンタジーを楽しんでいただけると嬉しいです!
ではお楽しみください。
小説家になろう様の方でも掲載させて頂いております。
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる