上 下
1 / 5

異世界の料理店はオムライスが好評のようです。

しおりを挟む


「おかわり!」
「こっちにも!」
「オムライス!」

お昼の時間。
冒険者や兵士のような体格の大きめな男逹がぞろぞろと店に訪れる。
とくに、この店では名物であるオムライスを求める多くの客逹の声が響く。
男逹が競うようにオムライスを注文していく声を店主である男は静かに聞いていた。
「……おい。お前らの出せ。」
「……え?」
「店長?俺達はまだ綺麗な卵焼きにならないですよ。」
「こんな形のオムライスじゃ店では出せないっていつも言ってるくせに。」
「お前らに作ってもいいと言っているのは丸くなくても平気な方のオムライスだ。あれなら卵を破らずに乗せられればソースで誤魔化せる。」
「えぇ?!」
「店長。うちのオムライスは店長の作る丸くて綺麗なオムライスが客逹の求めるオムライスです。客が嫌がりますよ。」
「今日だけでもう何皿作ったと思う?腕が限界だ。こんなときの為に弟子を三人もとったのに誰も作れないんだ。諦めて他のメニューにいくか、丸くなくてもいいオムライス作って出すかどっちかだ。」
「オムライスを作るのに飽きたのなら他のものを作ればいいじゃないですか。」

ゴンッ!

「お前逹が作れないから孫逹に頼まれて開店しているだけだ。これ以上俺に鍋を振らせるな。」
生意気な弟子に拳を落とし、半熟卵を乗せてソースを回りにかけるデミグラスソースのオムライスならば作れる弟子逹にそちらを出すように言う。
「店長!待ってください!」
「店長!」
朝から昼まで休みなくオムライスだけ作っているのに注文が増えるだけなので休憩をとる。
「うるさい!口より手を動かせ!」
弟子逹が料理に戻っていくと店主は奥の部屋へと引っ込む。
「あー!オムライスがソースのになってる!」
「今日はオムライス終わりかぁ」
「じゃあ俺うどんで。」
「唐揚げ定食!」
「鮭定食!」
お昼という短い時間で料理に夢中になっている者逹の声を遠くに聞きながら手首を押さえる。
「はぁ…………店を任せて旅でもしてみようかな…………」
異世界に召喚された男は所帯と店を持ち長い間忙しい毎日を過ごしていた。
毎日朝から晩まで何故かこの店ではオムライスが人気でオムライスばかり作るからか、そんな毎日に飽きてきた。
そりゃ、手首も痛くなるわ。
異世界に来る前のことを思い出したが、手首の固定などは出来ても治し方までは思い出せない。
魔法のある世界なのだから治療は出来るのだ。
何度か治療もしている。
そして治療をしているのを知った魔法使いの嫁が自分の弟子の治療の為とかで居合わせた時、説教が長かったのだ。
もうあそこの治療は受けたくない。
「じーちゃん!」
「じちゃー!」
「……また来たのか。」
そして近所の息子の子供、つまり孫まで遊びにくる。
母親が洗濯など手を離せないことをしている時に抜け出しているようで、よく息子の嫁が謝りに来ているが一度美味しいお菓子を出してやったからか毎日のように来る。
この二人の孫は息子が夕食にも連れてくるから店の味が気に入ったらしく、将来は料理人になると言うようになった。
おやつの時間に近所に遊びに来ているだけだろうと大人逹は思っていたが、大きいほうの男の子は最近作り方を教えて欲しいとねだるようになった。
「じーちゃん見て!収穫の手伝いしてもらった!」
「林檎か。よかったな。」
籠に赤い林檎がいくつか入っているのを笑顔で見せてくる二人の頭を撫でる。
この林檎は知っている。
常連客の農園で育った林檎を見ていると腰で結んである前掛けが小さな手に引っ張られた。
「じちゃ!うさしゃん!うさしゃん!」
小さい女の子の方がぴょんぴょん跳ねながら林檎を一つ渡してきた。
兎の形にして欲しいのだろう。
「うさぎぃ~?どこで覚えてきたんだ。」
「父さんが教えてくれたから作れるよ!ねぇ、包丁かして?じーちゃん!リリィは食べるかかりな。」
「はぁーい。」
「包丁はダメだ。俺の包丁は他のと違うからな。ナイフなら貸してやる。おいで。」
仕方なく、手桶に水を入れて二人の手を洗う。
「じちゃ!りんごー!」
「食べるのは手を洗ってからだ。これで水をふいとけ。」
昔使っていた小さい折り畳みの小型ナイフを探して刃を確認し、男の子に貸してあげる。
孫が作ったのは懐かしい兎の形をしていた。
「ほぉ。上手く出来ている。」
「包丁じゃないとやりにくい~」
「お前に包丁なんてまだ早い。」
「うさしゃん!」
渡された林檎を置いて男の子の切ったまま手付かずになっているもう半分の林檎を男の子の兎と同じように切ってやると女の子の方が嬉しそうにナイフと一緒に持ってきたお皿に並べた。
「えぇー?じーちゃんはナイフも使うの?」
「若い頃はいくつも包丁を買うような金がなかったからナイフ一本で料理していた時もあったなぁ。その方が使い方を考えるから勉強にもなる。」
「へぇ。じゃあ、俺もナイフにしようかなぁ。」
「刃物の危なさを知らない内はダメだ。手を少し切るだけならすぐ治せるのかもしれないが、刃物というのは人を殺すことの出来る危ない道具でもある。お前の友達やリリィが真似したら血だらけになって泣くことになるかもしれない。ママに怒られるぞ。今は俺が見ているから許しているが、知っている大人のいない所で勝手に刃物を使うなよ。」
「うん。父さんも同じようなこと言ってた。」
「じちゃ!おはなは?おはなも!」
新しい形をねだられたので先程渡された林檎を横に半分に切って軽く彫り、花を作ってやる。
「わぁぁあ!!」
「うわぁ!お花だ!!どうしてそんなに綺麗に作れるの?!」
興奮して跳び跳ねるリリィとじっと見ている男の子を見て呼びに来たと思われる弟子逹は仕込みへと戻っていく。
「何度も作っているからな。慣れだ。」
「僕も!僕も作りたい!!」
「難しいぞ。じいちゃんは何度も作ってるから簡単に見えるかもしれないけれど、飾り切り……何かの形を真似て切ったものを飾るようなものは高い値段を付ける高級料理に使うことが多いから毎日料理を作る普通の料理人にも出来ないし、必要ない技術だ。」
いらなくなった部分などの林檎を食べながらできた花の林檎を皿に乗せてリリィにあげる。
「ほれ。中心の種の所は食べるなよ。はなびらを少しずつ食べるんだ。」
「おはなー!」
きゃっきゃと喜ぶリリィを見てもう一人もおねだりしてくる。
「じーちゃん!俺は?!俺にも何か作って!」
「ん~?」
頼まれたのでもう半分の林檎を先程より細かく彫っていく。
「リリィは女の子だから赤い花だったが、今度は白い花にしとくか。」
料理に興味をもってくれているから葉なども彫った少し真面目なものを作ってやる。
「高級料理なんかはこのぐらいのやつが多いかな。本物に似せたものが求められるから面倒なんだが、これだけ細かくするなら包丁よりナイフの方が俺は作り易い。包丁は品数が多い場合に使うことが多いからな。」
「なるほど。」
感動して顔を赤くして震えている子供とは違う声が後ろから聞こえてきた。
「店長って本当にすごいですよね。定食作るより高級料理作った方がいいんじゃ……」
「よく奥様に御出ししていた魚料理もお花の形でしたね。」
「俺もナイフの腕磨こうかな……」
余った林檎の欠片をうるさい弟子逹の口に詰めてやるとシャクシャク食べながら戻って行った。
お前逹はオムライス作れるようになってからだ。
「……じーちゃん!俺も作れるようになるかな?!」
「切るだけだからな。頑張れば出来るようになるかもな。」
「何を頑張ればいいの?」
「そうだな……まず、絵を描いてみると解りやすいかもな。」
「え?」
「絵で描けるようになったら、木を削ったり彫ったりして木の花を作ってみるとどうやって作るのがいいのかという点では解りやすいかもしれない。食材は木のように固くないものが多いからより難しいが、俺は最初木から彫って学んだ。まぁ、俺の場合は冒険とかしてる若い頃に暇だった時にそこらに転がってたもので細工ものを作って土産や小遣いの足しにしてたってだけだが。木の細工も見たいか?」
「いいの?!」
「食べ終わったらな。」
「えぇ?!うぅ~……」
食べるのが躊躇われるのか花の林檎とこちらを交互に見ている。
「じちゃ!リリィたべた!」
「おぉ。早いな。」
「じちゃ!さいくってなぁに~?」
「細工ってのは木を綺麗に削ったりして髪の毛をまとめる飾りにしたものとかかわいいお皿にしたもののことだ。普段使うものよりかわいい形にしたりして楽しむ少し高いものだ。じいちゃんは買うと高いから似たようなものを作って楽しんでいたんだが、友達がお金に換えてくれたりしたから作っていたことがある。料理屋を開いてからは作ってなかったからあんまり残ってないかもしれんが。」
「かぁいいの?」
「お花の形とか小さい動物とかの方が売れるからな。女の子が好きそうな飾りだからリリィが好きなのもあるかもな。」
「リリィもみる~!」
「投げたり振り回したりしたらもう見せないからな。口に入れるのもダメだ。」
「リリィおとなしくできるもん!」
「おー。難しいこと言えるようになったんだなぁ。リリィ。えらいえらい。」
膝に乗せて座るとリリィの頬が膨れた。
「じちゃ……リリィ、いいこよ?」
「そうかそうか。いいこいいこ。」
なでなでしながら食べるのを待っていると野郎が食べ終えて仕事に戻っていく声が聞こえてきた。
「あー。またオムライス食べ損ねたぁ。」
「この頃店長のオムライス数が減ってきたからなぁ。魔法使い逹が権力使いやがるから俺達普通の冒険者には食べるのが難しい料理になってきちまったなぁ。」
「店長のオムライスは特別だからなぁ。まぁ、上手いから俺はどっちでも食うが。」
「店長の料理が食いたいならもっと働けー!魔法使い逹を金で黙らせるんだ!」
「アホ!そんなことしたら店長が作ってくれなくなるぞ!」
「店長の料理が高いと思うなら食うな。ひよっこどもが!!」
「金で買えるなら俺が買う。」
「店内で権力と暴言の強要はお控えくださいー!」
うちの店は何故こんな店になってしまったのか。
それは異世界で俺の作る料理が普通ではなかったかららしい。
「じちゃ?まだ~?」
「リリィの兄ちゃんが食べてないだろ?」
「エリィおそーい!」
「りんごの味しか残らない……じーちゃんまた作ってよ。俺、また手伝いして果物もらってくるから!」
シャクシャク食べてしょんぼりしてしまった孫の頭を撫でる。
籠の残りは母親へのお土産にするそうだ。
「絵を描いてきたらその通りに作ってやるよ。」
「え?!いいの?!」
「果物に入りきるように考えて描くんだぞ?」
「うん!」
しおりを挟む

処理中です...