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第4章 オルダニアの春

第12話 下山

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 四人は高原を思わせるようななだらかな雪道の山の尾根を、一列になって黙々と歩き、下りに差し掛かって一晩を山で明かした。

 あつらえたような風除けになる窪みを見つけ、ヒルダを真ん中にして四人で団子のように固まって寝る。
 日の出とともに起きると、背中は固まっていて体のあちこちが痛んだが、疲れが飛ぶような出来事があった。

「お、お前……!」
と、驚愕の声を上げるルートのところへ駆けていくと、雪解け水がちょろちょろと流れる小川にロバがいたのだ。

「どうやってここまで?」
「どこかに動物しか知らない道があったのか?」
「そんなことよりお前! 無事で良かった!」

 ロバは感涙するルートの横を通り過ぎて、ヒルダの前に首を下げた。まるで主人の元に戻って来た騎士のような、恭しい態度だった。

「やっぱりエルフだね」
と、ウォルターは満足げだが、ルートはちょっと面白くなかったのかもしれない。

 ヒルダは鼻の辺りをそっと撫でてやって、手綱をルートに渡した。
「行きましょう」
 そう言う足元では、雪がすっかり溶けていた。季節外れの寒さが、彼女の通り道を避けているようだった。

 その感覚は徐々にはっきりしたものになっていった。『馬鞍山』の北側は、もうすっかり冬に占領され、何もかもが雪と氷に覆われていると聞いていたのだが、彼らを待つ下り坂は土が頭を出していて、凍てついて滑り落ちそうになるということもなかった。

 それは山を降りても同じで、北側に出てからはむしろ楽なくらいだった。最初の村で休憩を取ったときも、村人たちが首を傾げて、この時期に珍しい旅人に「最近で、こんな暖かい日は珍しい」と語ってくれた。

 天候に恵まれた旅はとんとん拍子に進んでいった。そこから先は、両側を小山というか丘と呼べばいいのか、なだらかな丘陵が幾重にも連なった細い一本道をいくことになる。普段ならこの季節、雪が積もって道も丘もないほどなのだが、今日は丘こそ真っ白であるが、わずかばかり細く曲がりくねった道の跡は見えている。

 四人は足取り軽くそれをたどりっていった。

 先を行くアーノルドとルートが西の遠いほうに見え隠れする雪山を指して何か話している。

「ほらあの向こうだよ」
「見えるのか?」
「いいや、わからないけれど」

 不思議に思ったウォルターが、
「『白鷹の森』ならまっすぐ北だよ」
と、声をかけると、二人は「違うよ」と振り返る。

 ヒルダはロバの上から西の空を見た。どんよりとした分厚い灰色の雲が一面に垂れ込めているが、雨でも雪でもない。ただそういう天気なのだ。雲が、そうでなくても弱々しい太陽を遮って、もの寂しい気分を演出している。

 突然、あの声が聞こえた。


 助けてくれ——……


「ううっ……」
と、ヒルダは頭を抱えて前に傾いた。

「おっと」
と、ウォルターが手綱を強める。他の二人も走ってきた。

「大丈夫か?」
「ルート、お前が不気味な話をするからだよ」
「私のせいか? 言い出したのはアーノルドだろ」

 言い争いになる二人を、ウォルターが止めた。

「それはいいから。ヒルダ、少し休もうか? 長旅で疲れたんじゃない?」
「だ、大丈夫」
と、ヒルダはなんとか体勢を立て直した。そんなことよりも、聞きたいことがある。
「あっちには何があるんだ?」

 指だけで西を示すと、三人は互いに顔を見合わせた。
 あまり聞かれたくない話だったようだ。だがヒルダは引き下がらなかった。

「向こうから声が聞こえたんだ。頼む。教えてほしい。私は何の声を聞いてしまったんだ?」

 そう言われては、正直に答えるしかない。
 観念したのはアーノルドだった。

「砦です。正確には、牢獄」
と、改まった口調で答えると、ルートが解説を追加した。
「エドワード六世から北東一帯を任されたエセルバートの配下が納めている、『北の獄塔』という、オルダニア最北端に位置する過酷な牢屋です。罪の重いものほど寒さの厳しい高い牢屋へと……」
「そのくらいでいいよ」
と、ウォルターが遮った。
「助けを求める声が聞こえても無理のないことだよ。あまり、向こうに神経を集中させないようにしたほうがいい」

 ヒルダは頷いたが、ルートの説明が耳に残った。

 牢獄……。『北の獄塔』……。

 自分が『崖の町』にいるころから聞いていた遠い声は、その塔から発せられる囚人たちの嘆きだったのだろうか。

 ヒルダは頭を振って、思いをどこかへ追いやることにした。

 まだだ。
 今はまだ、それを考える時ではない。

 ヒルダにはわかっていた。いずれ助けを求める声と対峙しなければならないことを。
 けれども今は、エルフを探すのが先だ。

 そのあとは順調だった。
 細かく休憩を取りながらいくつかの雪道の丘陵を乗り越えると、突然目の前が真っ白に開け、雪原が彼らを待っていた。まるで世界の果てに出てしまったかのような白さで、地平線が黒い。あれが終わりのラインかと思ったら、それは針葉樹の森の黒い影だった。

「あそこが?」
 ヒルダの言葉はそれしか出てこなかった。
「うん」
と、ウォルターの言葉も短い。

 あとはみんな、肩で息をしていた。吐く息は白い。

「一気に行こう!」
 歩き出そうとしたのはアーノルドだったが、ルートが止めた。
「いや、ここで休もう」
「なんで? もうすぐそこじゃないか」
「はやる気持ちはわかるが、こう真っ白で何もないと遠近感が狂う。すぐそこに見えている森だが、あれはだいぶ遠いぞ。何もない雪の真ん中で力尽きるかもしれない」

 反対されたアーノルドは不満そうだったが、ウォルターもヒルダも同意見だった。

 四人は未練を抱えながらも雪原に背を向けて少し戻ると、休むのにちょうどいい場所を見つけて、しっかりと英気を養うことにした。

 そうと決まって腰を落ち着けると、思ったよりも疲れていて、みんな黙って足を揉んだり、水を飲んだり、体を曲げ伸ばしたりして、ついにはうとうとと眠ってしまった。

 次に目を覚ましたのは、馬のいななきが合図だった。それも一つではない。

 ただならぬ気配に四人が同時に飛び起きると、彼らは目深にフードを被った馬上の人々に、周りをぐるりと取り囲まれていたのだった。
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