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第3章 イーディスとモーラ
第13話 運命の結婚
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しかし実際には、イーディスの二つ目の問いはリチャードの疑問でもあった。
「アデリーン、ガスとはいつから、どのように通じ合っていたのだ? あなたは、どこまで私のこと……、私の、このままならぬ生き様のことを知っておいでだ? 私とガスが、一体何をしようとしていたのか、あなたは」
矢継ぎ早の質問は、アデリーンの手によって制御された。
「リチャード様。あなた様がこちらにお見えになったということは、もう包み隠すことなくすべてをお話しすべきでしょう」
アデリーンは毅然とした態度に改まって、言った。
「ガスといつから、どのように通じ合っていたか、どこまであなた様のお心を知っていたか、あなた様とガスが何をしようとしていたのか。あなた様はそう伺いましたね。答えましょう。それは、すべてです」
アデリーンが続ける。
「あなた様を『滅びの山脈』からグウ族の元へ逃がそうとしたのは、私のアイディアです」
リチャードは強い衝撃を受けているようだったが、それはイーディスも、タイレルも同じだった。
なんだって?
西の山脈からグウ族へ、逃げるだと?
なんて壮大な逃亡劇を図っていたんだ。このお姫様は。いや、このアデリーンは。
「しかしお言葉ですが、アデリーン様」と、恐れ多くも口を挟んだのはタイレルだった。「それでは、あなたはギャラン様と彼女の結婚を破断させるおつもりだったということですか? それではオルダニアは」
「『彼女』ではありません」
タイレルの言葉は女城主によって遮られた。
「リチャード様をお呼びするときは『彼』とおっしゃいなさい」
国が存亡の危機にあるというのに、大切なのは三人称か?
以前としてこんがらがった頭が解けないでいるイーディスの前で、話はさらに進んでいく。
「アデリーン、あなたはいったい……」
「お許しください、リチャード様。しかしあなた様が無事グウ族の元へ届けられれば、話はそこで終わったもの。何も思い煩うことなく、あなた様ご自身の人生が歩めたのに、今はもうそうはいかなくなりました。何もかもお話ししましょう。ですが、長旅のお疲れもあることと思います。この城はご覧の通り堅牢。万が一にも追っ手が迫ろうともびくとも致しません。ですから、まずはお心やすらかに、お身体を休めてください」
そう言われて、お湯や新しい服、食事を用意され、彼らは泥のように疲れた体の声に従うことにした。再びアデリーンが三人の前に姿を現したのは、食事が終わろうとしているときだった。彼女も後からテーブルについた。
「少しはお疲れが取れましたでしょうか?」
「十分だ、アデリーン」と、リチャードが答えた。「それよりも、こうしている間にもガスがどうしているのか心配でならない。そろそろ何もかも話してくれないか?」
隣でイーディスもタイレルも頷いた。直前に三人は誓いあったのだ。もうここまできたからにはお互いに、包み隠さず手の内を明かそう、と。
アデリーンは客人へ微笑んで、語りはじめた。長い話だった。
「ここ『鷹ノ連山』の右翼は、西の果ての裾野が『滅びの山脈』と重なっているのです。その奥地には、グウ族が暮らしています。王都の方々はご存知ではないかもしれませんが、彼はここまでやってきて交易をしています。彼らの生活については、そうしてやってくる人々と交流することで見聞きするようになったのです。そうするうちに、あなた様を逃すのならば、グウ族しかないと思うようになり、とある族長とやりとりするようになりました」
「しかし」と、リチャードが割って入った。「ガスは『獣人討伐隊』に身を寄せると言っていた。アデリーン、あなたの名前など一言も」
「ええ、そうでしょう。『鷹ノ巣城』を頼ってほしくなかった。あなた様に余計な嫌疑をかけられないように」
聞いていて、イーディスは何か裏があるのではないかと勘ぐった。
「要するに、あんたは面倒ごとに巻き込まれたくなかったってことじゃないんですか?」
「無礼だぞ」
リチャードが嗜めるのを止めたのは、アデリーン本人だった。
「いいえ、構いません。そう言われても仕方がないことです。ですが、私たちは国政に関わってはいけないのです」
「どういうことだ?」
「それを説明する前に、あなたのお母様ついて言わなければならないことがあります。リチャード様。いくら私が策を講じたとしても、ガスがあなたを助けようとしても、誰がそれらの人々を結びつけられますか?」
「まさか、母が?」
「ええ、そうです。フィオラ様です」
話が見えないながらも、イーディスは聞き入っていた。
「あなた様の様子を最初に私に打ち明けたのも、フィオラ様。そして私たちは秘密裏に相談したのです。とはいえ、私やフィオラ様が直接ガスと繋がるわけにはいきません。そこで厳重に警戒しながら、彼を計画へ加えていきました」
「では、ガスは操られていたのか? 母や、あなたに」
「いいえ、そうではありません。道標を置いたのは我々ですが、リチャード様をここまで導いたのは、紛れもなく彼。ガスの聡明さには、フィオラ様も驚かれておいでです」
リチャードは口を閉じた。それ以上言葉が出てこないのかもしれない。しかし、その表情は決して暗いものでもなければ、アデリーンの話を裏切りと捉える様子もなかった。
「そうだったのか……。母は、知っていたのだな。私のことを」
「ええ。あなたに直接お尋ねにならなかったのは、もちろん、残念ながら体面もあります。でも一番は、あなた様自身に選ばせようとされたのです。あなた様が、それでもリシェルとしてギャラン様へ嫁ぐのであれば……。ですが、あなたはここに来られた」
「教えてくれ」と、リチャードは正面からアデリーンを捉えた。「なぜ、ガスはあなたの元へ行けと私に?」
「それは、計画が頓挫したときの保険……。ガス自らあなたをグウ族の元へ届けられなかったときの、最後の手段として残しておいた次善の策。それとなく彼に、『アデリーンはフィオナ様の侍女であった過去からリシェル様を必ず助けるだろう』という情報を与えたのです。そして私自身、最後の砦として名乗り出るには、それなりの理由があります」
と、女主人は居住まいを正した。
自然と、イーディスやタイレルも肩に力が入る。
「あなた様にさらなる選択肢を与えるためです。そして私の長年の夢も」
アデリーンは大きく息を吸い込んだ。
「リチャード様、我が一人娘イレーネを、妻へ迎えるおつもりはありませんか?」
「アデリーン、ガスとはいつから、どのように通じ合っていたのだ? あなたは、どこまで私のこと……、私の、このままならぬ生き様のことを知っておいでだ? 私とガスが、一体何をしようとしていたのか、あなたは」
矢継ぎ早の質問は、アデリーンの手によって制御された。
「リチャード様。あなた様がこちらにお見えになったということは、もう包み隠すことなくすべてをお話しすべきでしょう」
アデリーンは毅然とした態度に改まって、言った。
「ガスといつから、どのように通じ合っていたか、どこまであなた様のお心を知っていたか、あなた様とガスが何をしようとしていたのか。あなた様はそう伺いましたね。答えましょう。それは、すべてです」
アデリーンが続ける。
「あなた様を『滅びの山脈』からグウ族の元へ逃がそうとしたのは、私のアイディアです」
リチャードは強い衝撃を受けているようだったが、それはイーディスも、タイレルも同じだった。
なんだって?
西の山脈からグウ族へ、逃げるだと?
なんて壮大な逃亡劇を図っていたんだ。このお姫様は。いや、このアデリーンは。
「しかしお言葉ですが、アデリーン様」と、恐れ多くも口を挟んだのはタイレルだった。「それでは、あなたはギャラン様と彼女の結婚を破断させるおつもりだったということですか? それではオルダニアは」
「『彼女』ではありません」
タイレルの言葉は女城主によって遮られた。
「リチャード様をお呼びするときは『彼』とおっしゃいなさい」
国が存亡の危機にあるというのに、大切なのは三人称か?
以前としてこんがらがった頭が解けないでいるイーディスの前で、話はさらに進んでいく。
「アデリーン、あなたはいったい……」
「お許しください、リチャード様。しかしあなた様が無事グウ族の元へ届けられれば、話はそこで終わったもの。何も思い煩うことなく、あなた様ご自身の人生が歩めたのに、今はもうそうはいかなくなりました。何もかもお話ししましょう。ですが、長旅のお疲れもあることと思います。この城はご覧の通り堅牢。万が一にも追っ手が迫ろうともびくとも致しません。ですから、まずはお心やすらかに、お身体を休めてください」
そう言われて、お湯や新しい服、食事を用意され、彼らは泥のように疲れた体の声に従うことにした。再びアデリーンが三人の前に姿を現したのは、食事が終わろうとしているときだった。彼女も後からテーブルについた。
「少しはお疲れが取れましたでしょうか?」
「十分だ、アデリーン」と、リチャードが答えた。「それよりも、こうしている間にもガスがどうしているのか心配でならない。そろそろ何もかも話してくれないか?」
隣でイーディスもタイレルも頷いた。直前に三人は誓いあったのだ。もうここまできたからにはお互いに、包み隠さず手の内を明かそう、と。
アデリーンは客人へ微笑んで、語りはじめた。長い話だった。
「ここ『鷹ノ連山』の右翼は、西の果ての裾野が『滅びの山脈』と重なっているのです。その奥地には、グウ族が暮らしています。王都の方々はご存知ではないかもしれませんが、彼はここまでやってきて交易をしています。彼らの生活については、そうしてやってくる人々と交流することで見聞きするようになったのです。そうするうちに、あなた様を逃すのならば、グウ族しかないと思うようになり、とある族長とやりとりするようになりました」
「しかし」と、リチャードが割って入った。「ガスは『獣人討伐隊』に身を寄せると言っていた。アデリーン、あなたの名前など一言も」
「ええ、そうでしょう。『鷹ノ巣城』を頼ってほしくなかった。あなた様に余計な嫌疑をかけられないように」
聞いていて、イーディスは何か裏があるのではないかと勘ぐった。
「要するに、あんたは面倒ごとに巻き込まれたくなかったってことじゃないんですか?」
「無礼だぞ」
リチャードが嗜めるのを止めたのは、アデリーン本人だった。
「いいえ、構いません。そう言われても仕方がないことです。ですが、私たちは国政に関わってはいけないのです」
「どういうことだ?」
「それを説明する前に、あなたのお母様ついて言わなければならないことがあります。リチャード様。いくら私が策を講じたとしても、ガスがあなたを助けようとしても、誰がそれらの人々を結びつけられますか?」
「まさか、母が?」
「ええ、そうです。フィオラ様です」
話が見えないながらも、イーディスは聞き入っていた。
「あなた様の様子を最初に私に打ち明けたのも、フィオラ様。そして私たちは秘密裏に相談したのです。とはいえ、私やフィオラ様が直接ガスと繋がるわけにはいきません。そこで厳重に警戒しながら、彼を計画へ加えていきました」
「では、ガスは操られていたのか? 母や、あなたに」
「いいえ、そうではありません。道標を置いたのは我々ですが、リチャード様をここまで導いたのは、紛れもなく彼。ガスの聡明さには、フィオラ様も驚かれておいでです」
リチャードは口を閉じた。それ以上言葉が出てこないのかもしれない。しかし、その表情は決して暗いものでもなければ、アデリーンの話を裏切りと捉える様子もなかった。
「そうだったのか……。母は、知っていたのだな。私のことを」
「ええ。あなたに直接お尋ねにならなかったのは、もちろん、残念ながら体面もあります。でも一番は、あなた様自身に選ばせようとされたのです。あなた様が、それでもリシェルとしてギャラン様へ嫁ぐのであれば……。ですが、あなたはここに来られた」
「教えてくれ」と、リチャードは正面からアデリーンを捉えた。「なぜ、ガスはあなたの元へ行けと私に?」
「それは、計画が頓挫したときの保険……。ガス自らあなたをグウ族の元へ届けられなかったときの、最後の手段として残しておいた次善の策。それとなく彼に、『アデリーンはフィオナ様の侍女であった過去からリシェル様を必ず助けるだろう』という情報を与えたのです。そして私自身、最後の砦として名乗り出るには、それなりの理由があります」
と、女主人は居住まいを正した。
自然と、イーディスやタイレルも肩に力が入る。
「あなた様にさらなる選択肢を与えるためです。そして私の長年の夢も」
アデリーンは大きく息を吸い込んだ。
「リチャード様、我が一人娘イレーネを、妻へ迎えるおつもりはありませんか?」
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