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第1章
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と、とりあえず落ち着こう……。
僕の今のこの状況はヘーデルに後ろから抱きしめられて……ってより、羽交い絞めにされてるって表現の方が正しいか。助けてくれる人はいなくて、しかも魔法を使うのはダメ……。うぅぅ、どう考えてもピンチだ。
って、やっぱ落ち着いてる場合じゃないっ!
ヘーデルの鼻息が僕の首筋にかかって気持ち悪い。おぞましくて、鳥肌が立って、どうしよう……。
「あああの、僕なんか捕まえても、全然楽しくないと、思うんですが」
「いやいや僕は楽しいよ。当分任務は無さそうだし、お互いじっくりゆっくり親睦を深めようじゃないか」
「いやっ、あの、遠慮、したい、かなぁ……って」
「ダメだよ。君は僕たちの世話係だろ? だから喜んで僕の世話をして欲しいな」
言いながらヘーデルはペロリと僕の首筋を舐めた。両腕で僕を拘束しつつ、片手は僕のお腹のあたりをサワサワと撫でてくる。気持ち悪さに目に涙が滲んでしまった。
「やっぱり若い子の肌はハリがあってスベスベだね。とても美味しそうだ」
「ヤメ、ロ!」
「抵抗するよりも、素直に僕に身体を委ねた方がいいと思うよ。そしたら君だって気持ち良くなれるんだし」
マシュー以外となんて絶対イヤだ!
もう無理。こうなったらもうバレてもいい、魔法で……。
そのとき、ドアをノックする音が響いた。
「ヘーデルさん夜分申し訳ない。セイン君を探してるのだが、そちらに行ってはいないだろうか?」
「知らん! 他を探せ!」
突然のジェラルドさんの来訪に、ヘーデルは僕の口を手で塞いだ。でもそのおかげで、一瞬拘束する力が弱まった。僕は一瞬のそのチャンスを逃さず、何とかその拘束から逃れることができた。が、しかし……。
「あっ、こらっ」
「ジェラルドさん! ジェラルドさん! ジェラ――」
すぐ拘束し直されて口を塞がれてしまったけど、僕の叫んだ声はちゃんとジェラルドさんに聞こえてて、結果から言うと、僕は何とか助かった。
「彼が僕を誘ったんだ。卑しい平民が僕に媚を売ってきて、ただ僕はそれをお情けで買ってあげただけだ」
明らかにそんな言い分が通じるわけが無いハズなのに、これが貴族と平民の差なのだろう。こう言われたら僕は黙って引き下がるしか無い。言い分の正しさの前に、身分が優先されるから。
「君はもう少し危機感を持った方が良い」
「……ハイ」
ジェラルドさんと一緒に部屋に戻ってからそう言われてしまった。
ヘーデルのことは初対面のときから気持ち悪いと思ってたんだ。僕を狙ってるようなあの目つきに、最初は気をつけてたんだけど、ここに来るまでの道程で何も無かったのもあって、少し油断してたんだと思う。だからジェラルドさんの言ってることは正しい。
魔法を使えないってのは、ものすごく頼りないことだと思った。今までの僕なら、何かあったときは魔法で対処してた。同じ平民相手なら、風の魔法で一瞬相手の気を逸らすってのもできたから。でも相手が魔術師や、魔法の使える貴族だとそれは出来ない。そう思うと、本当に自分が無力だってのを思い知らされてしまった。
「あまり落ち込むな。暫くは私が付き添ってやろう」
ポン、ポンと、落ち込んだ僕を慰めるように、ジェラルドさんは僕の頭を撫でてくれた。
「ジェラルドさん……、ありがとうございました」
「少しくらいはマシュー殿に恩を売っておこうと思ってな。さて、明日も早い。眠れないかもしれないが、少しは横になっておけ」
そう言って、ジェラルドさんはベッドに横になった。
明かりを消して僕も横になる。今までだって誰かに襲われそうになったことは何度かあった。でも今回みたいに後ろから抱きつかれたのは初めてだ。ペロリと舐められた首筋の感触が思い出されて、そのおぞましさにまた涙が出てしまった。悔しくて、情けなくて、油断した僕の自業自得だから、ますます自分で自分を責めてしまう。
そのとき突然僕の左手の薬指の付け根が熱を持った。そしてその熱はじわじわと僕の全身を包み込み、まるでそれはマシューに包まれているようだった。その温もりにいつの間にか僕は安心して眠りについたようだった。
翌朝薬指の付け根を見てみると、そこには薄っすらとだけど、小さなツタのような模様が指輪みたいにぐるりと一周してあった。一年前にマシューが僕にかけた魔法。どんな魔法なのか一年前も今も知らないし、模様自体が徐々に薄くなって見えなくなってしまっていたから、ここに魔法をかけられたこと自体を忘れてしまっていた。でもその魔法は今もかかったままだったらしい。たしかにこの指が熱くなったんだ。それからマシューの気配を感じて……。
「マシュー……」
ありがとうと、心の中でだけ、マシューにそう伝えておいた。
ヘーデルとの一件は、朝のうちに速やかにミシェルさんに伝えられたらしい。
「申し訳ないが、魔素溜り消滅まではセイン君の任務を解くワケにはいかないんだ。我々の方でもなるべく注意するようにするが、君も十分に気をつけてくれ」
「お気遣いありがとうございます。もう、大丈夫です。もう油断しませんから」
そんなやりとりの後、ミシェルさんは第3騎士団の半数を引き連れて地下遺跡へ向かって行った。一応ミシェルさんからあの五人へ、暫くは朝の冷たい果実水が無いことを伝えてもらったのだが、それに対するクレームはものすごいものだった。少しはガマンしろよと、声を大にして言いたい。できないけど。
それから数日は概ね平和だったと思う。僕の仕事は常に第3の誰かと一緒にやることになったので、危ない場面は無かったし、宿屋の主が気を利かせて、あの五人に高級娼館を紹介したおかげで、世話する必要の無いのんびりした夜もあった。
そして……、とうとう魔素溜り発見の報告が魔術師たちに齎された。
僕の今のこの状況はヘーデルに後ろから抱きしめられて……ってより、羽交い絞めにされてるって表現の方が正しいか。助けてくれる人はいなくて、しかも魔法を使うのはダメ……。うぅぅ、どう考えてもピンチだ。
って、やっぱ落ち着いてる場合じゃないっ!
ヘーデルの鼻息が僕の首筋にかかって気持ち悪い。おぞましくて、鳥肌が立って、どうしよう……。
「あああの、僕なんか捕まえても、全然楽しくないと、思うんですが」
「いやいや僕は楽しいよ。当分任務は無さそうだし、お互いじっくりゆっくり親睦を深めようじゃないか」
「いやっ、あの、遠慮、したい、かなぁ……って」
「ダメだよ。君は僕たちの世話係だろ? だから喜んで僕の世話をして欲しいな」
言いながらヘーデルはペロリと僕の首筋を舐めた。両腕で僕を拘束しつつ、片手は僕のお腹のあたりをサワサワと撫でてくる。気持ち悪さに目に涙が滲んでしまった。
「やっぱり若い子の肌はハリがあってスベスベだね。とても美味しそうだ」
「ヤメ、ロ!」
「抵抗するよりも、素直に僕に身体を委ねた方がいいと思うよ。そしたら君だって気持ち良くなれるんだし」
マシュー以外となんて絶対イヤだ!
もう無理。こうなったらもうバレてもいい、魔法で……。
そのとき、ドアをノックする音が響いた。
「ヘーデルさん夜分申し訳ない。セイン君を探してるのだが、そちらに行ってはいないだろうか?」
「知らん! 他を探せ!」
突然のジェラルドさんの来訪に、ヘーデルは僕の口を手で塞いだ。でもそのおかげで、一瞬拘束する力が弱まった。僕は一瞬のそのチャンスを逃さず、何とかその拘束から逃れることができた。が、しかし……。
「あっ、こらっ」
「ジェラルドさん! ジェラルドさん! ジェラ――」
すぐ拘束し直されて口を塞がれてしまったけど、僕の叫んだ声はちゃんとジェラルドさんに聞こえてて、結果から言うと、僕は何とか助かった。
「彼が僕を誘ったんだ。卑しい平民が僕に媚を売ってきて、ただ僕はそれをお情けで買ってあげただけだ」
明らかにそんな言い分が通じるわけが無いハズなのに、これが貴族と平民の差なのだろう。こう言われたら僕は黙って引き下がるしか無い。言い分の正しさの前に、身分が優先されるから。
「君はもう少し危機感を持った方が良い」
「……ハイ」
ジェラルドさんと一緒に部屋に戻ってからそう言われてしまった。
ヘーデルのことは初対面のときから気持ち悪いと思ってたんだ。僕を狙ってるようなあの目つきに、最初は気をつけてたんだけど、ここに来るまでの道程で何も無かったのもあって、少し油断してたんだと思う。だからジェラルドさんの言ってることは正しい。
魔法を使えないってのは、ものすごく頼りないことだと思った。今までの僕なら、何かあったときは魔法で対処してた。同じ平民相手なら、風の魔法で一瞬相手の気を逸らすってのもできたから。でも相手が魔術師や、魔法の使える貴族だとそれは出来ない。そう思うと、本当に自分が無力だってのを思い知らされてしまった。
「あまり落ち込むな。暫くは私が付き添ってやろう」
ポン、ポンと、落ち込んだ僕を慰めるように、ジェラルドさんは僕の頭を撫でてくれた。
「ジェラルドさん……、ありがとうございました」
「少しくらいはマシュー殿に恩を売っておこうと思ってな。さて、明日も早い。眠れないかもしれないが、少しは横になっておけ」
そう言って、ジェラルドさんはベッドに横になった。
明かりを消して僕も横になる。今までだって誰かに襲われそうになったことは何度かあった。でも今回みたいに後ろから抱きつかれたのは初めてだ。ペロリと舐められた首筋の感触が思い出されて、そのおぞましさにまた涙が出てしまった。悔しくて、情けなくて、油断した僕の自業自得だから、ますます自分で自分を責めてしまう。
そのとき突然僕の左手の薬指の付け根が熱を持った。そしてその熱はじわじわと僕の全身を包み込み、まるでそれはマシューに包まれているようだった。その温もりにいつの間にか僕は安心して眠りについたようだった。
翌朝薬指の付け根を見てみると、そこには薄っすらとだけど、小さなツタのような模様が指輪みたいにぐるりと一周してあった。一年前にマシューが僕にかけた魔法。どんな魔法なのか一年前も今も知らないし、模様自体が徐々に薄くなって見えなくなってしまっていたから、ここに魔法をかけられたこと自体を忘れてしまっていた。でもその魔法は今もかかったままだったらしい。たしかにこの指が熱くなったんだ。それからマシューの気配を感じて……。
「マシュー……」
ありがとうと、心の中でだけ、マシューにそう伝えておいた。
ヘーデルとの一件は、朝のうちに速やかにミシェルさんに伝えられたらしい。
「申し訳ないが、魔素溜り消滅まではセイン君の任務を解くワケにはいかないんだ。我々の方でもなるべく注意するようにするが、君も十分に気をつけてくれ」
「お気遣いありがとうございます。もう、大丈夫です。もう油断しませんから」
そんなやりとりの後、ミシェルさんは第3騎士団の半数を引き連れて地下遺跡へ向かって行った。一応ミシェルさんからあの五人へ、暫くは朝の冷たい果実水が無いことを伝えてもらったのだが、それに対するクレームはものすごいものだった。少しはガマンしろよと、声を大にして言いたい。できないけど。
それから数日は概ね平和だったと思う。僕の仕事は常に第3の誰かと一緒にやることになったので、危ない場面は無かったし、宿屋の主が気を利かせて、あの五人に高級娼館を紹介したおかげで、世話する必要の無いのんびりした夜もあった。
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