7 / 61
7.過去・智②
しおりを挟む
玄関ドアの前に立つ。泣いてはいけない。心を強く持て。亮介が好きだから、亮介の為だから、だからオレは頑張れる。
「ただいま」 いつもと同じようにドアを開けた。
「おかえり、智」
いつもと同じように亮介がオレを迎えた。オレを抱きしめてキスしようとして……、それをオレは顔をそらすことで拒んだ。
「智?」
「あっ、ゴメン。なんかさ、風邪っぽいんよ。亮介に感染ると拙いじゃん」
「大丈夫なん?」
「薬飲んだから平気。ま、寝てりゃすぐ治るっしょ」
心配顔の亮介にオレはニッコリ笑って答えた。心の中は嵐だったけど、表面のオレはいつも通りだ。
「二日も帰ってこなかったから心配したぞ。まあ風邪だったら無理しない方が良かったしな」
「うん、ゴメン。でもおかげで大分良くなったんだぜ」
「わかった」
その後ふたりで晩御飯を食べた。風邪ってことで準備も後片付けも全て亮介がやってくれた。その優しさに心が痛い。
「感染しちゃ悪いからさ、今夜はオレひとりで寝るよ」
「智……」
「何寂しそうな目ぇしてるんだよ。ふたり共風邪ひいたら大変じゃんか」
そう言ってオレは自分の部屋に引っ込んだ。
ゴメンよ亮介。そして明日はもっとゴメン。その夜オレは、ひとりのベッドで声を殺し涙を出さず心の中でだけ泣いた。泣き腫らした顔を亮介にさらすわけにいかないから。
翌日朝食後、オレは亮介に別れを切り出した。
「智……、いま、何て言った?」
「うん、だから引越し先が決まったって。会社の近くに良さげな物件があってさ、ちょうど良かったんで契約してきたんだ」
「ここを……出て、行くのか?」
「そりゃそうでしょう。オレたちもう社会人になるんだよ、いつまでも恋愛ごっこを続けるわけにいかないじゃん」
「智は……、そんな気持ちでオレといたのか?」
「楽しかったよ。亮介ありがとう」
ニッコリ笑ったオレを見つめてる亮介の顔は能面のようだった。フラフラと自分の部屋へ入っていった亮介に、オレは最後通告を告げた。
「新居の掃除とかあるからさ、オレ今からそっち行くから。もしかしたら今夜は帰らないかも。だから晩メシとか気にしないでいいぜ」
そう明るく声をかけて家を出た。
亮介!
亮介!
亮介!
まだだ、まだ泣いちゃいけない。零れそうになる涙を我慢して、オレは再び信一のアパートへ向かった。
当時信一は広瀬紘一郎――コウって呼んでた――と半同棲状態だったけど、ふたりは何も言わずオレを受け入れてくれた。ただ黙ってオレに寄り添ってくれたんだ。
今思い返しても、あのふたりがいなかったら、オレはこの世にいなかったんじゃないかと思う。それくらいボロボロで、辛くて、生きているのが嫌になっていたから。
引越しは亮介がいない日に行った。信一にお願いして亮介を連れ出してもらい、その隙に。
オレが持ち出したのは衣類とかほんの身の回りの物だけだった。なので引越し作業は兄貴に手伝ってもらって短時間で終えることができた。そして最後に部屋の中の写真を撮った。オレと亮介が一緒に暮らした証。もうここへ来ることは無いし、来月にはきっと知らない人がここに住む。でも写真があれば、確かにオレたちはここで暮らしたって記録になり、オレの大切な思い出になるから。
兄貴は何も言わず、黙ってオレが来るのを待っていてくれた。
引越してから入社するまでの少しの期間だったけど、信一とコウはよく一緒にオレのところへ遊びに来てくれた。かなり心配してくれたんだと思う。あのときは何も考えられなかったが、今ならふたりの気持ちが良くわかるから。ホント、感謝しても感謝しても足りないくらいだ。
入社後は新人教育やら研修やらで毎日が目まぐるしく、帰宅したときは疲れ果てていて、何も考えずに寝るだけって日が続いた。でもそれが良かったんだと思う。少しずつ心の傷も癒えて、気がついたら普通の生活が出来るようになっていたから。
亮介のことは決して忘れたわけではない。
今でも忘れられないんだ。
もしかしたら、あんな別れ方をしたせいかもしれないけど。
そう、オレは今でも亮介が好きだ。
忘れたいけど、忘れられない。
もう会えないのだから、亮介以外の人を好きになりたいのに。
でもやっぱり自分の心を偽れなくて、オレは今でも亮介が好きだ。
会えないけど。
会わないけど。
心の中で想うのはオレの自由だから。
だから亮介が元気だったらそれで良い。
「ただいま」 いつもと同じようにドアを開けた。
「おかえり、智」
いつもと同じように亮介がオレを迎えた。オレを抱きしめてキスしようとして……、それをオレは顔をそらすことで拒んだ。
「智?」
「あっ、ゴメン。なんかさ、風邪っぽいんよ。亮介に感染ると拙いじゃん」
「大丈夫なん?」
「薬飲んだから平気。ま、寝てりゃすぐ治るっしょ」
心配顔の亮介にオレはニッコリ笑って答えた。心の中は嵐だったけど、表面のオレはいつも通りだ。
「二日も帰ってこなかったから心配したぞ。まあ風邪だったら無理しない方が良かったしな」
「うん、ゴメン。でもおかげで大分良くなったんだぜ」
「わかった」
その後ふたりで晩御飯を食べた。風邪ってことで準備も後片付けも全て亮介がやってくれた。その優しさに心が痛い。
「感染しちゃ悪いからさ、今夜はオレひとりで寝るよ」
「智……」
「何寂しそうな目ぇしてるんだよ。ふたり共風邪ひいたら大変じゃんか」
そう言ってオレは自分の部屋に引っ込んだ。
ゴメンよ亮介。そして明日はもっとゴメン。その夜オレは、ひとりのベッドで声を殺し涙を出さず心の中でだけ泣いた。泣き腫らした顔を亮介にさらすわけにいかないから。
翌日朝食後、オレは亮介に別れを切り出した。
「智……、いま、何て言った?」
「うん、だから引越し先が決まったって。会社の近くに良さげな物件があってさ、ちょうど良かったんで契約してきたんだ」
「ここを……出て、行くのか?」
「そりゃそうでしょう。オレたちもう社会人になるんだよ、いつまでも恋愛ごっこを続けるわけにいかないじゃん」
「智は……、そんな気持ちでオレといたのか?」
「楽しかったよ。亮介ありがとう」
ニッコリ笑ったオレを見つめてる亮介の顔は能面のようだった。フラフラと自分の部屋へ入っていった亮介に、オレは最後通告を告げた。
「新居の掃除とかあるからさ、オレ今からそっち行くから。もしかしたら今夜は帰らないかも。だから晩メシとか気にしないでいいぜ」
そう明るく声をかけて家を出た。
亮介!
亮介!
亮介!
まだだ、まだ泣いちゃいけない。零れそうになる涙を我慢して、オレは再び信一のアパートへ向かった。
当時信一は広瀬紘一郎――コウって呼んでた――と半同棲状態だったけど、ふたりは何も言わずオレを受け入れてくれた。ただ黙ってオレに寄り添ってくれたんだ。
今思い返しても、あのふたりがいなかったら、オレはこの世にいなかったんじゃないかと思う。それくらいボロボロで、辛くて、生きているのが嫌になっていたから。
引越しは亮介がいない日に行った。信一にお願いして亮介を連れ出してもらい、その隙に。
オレが持ち出したのは衣類とかほんの身の回りの物だけだった。なので引越し作業は兄貴に手伝ってもらって短時間で終えることができた。そして最後に部屋の中の写真を撮った。オレと亮介が一緒に暮らした証。もうここへ来ることは無いし、来月にはきっと知らない人がここに住む。でも写真があれば、確かにオレたちはここで暮らしたって記録になり、オレの大切な思い出になるから。
兄貴は何も言わず、黙ってオレが来るのを待っていてくれた。
引越してから入社するまでの少しの期間だったけど、信一とコウはよく一緒にオレのところへ遊びに来てくれた。かなり心配してくれたんだと思う。あのときは何も考えられなかったが、今ならふたりの気持ちが良くわかるから。ホント、感謝しても感謝しても足りないくらいだ。
入社後は新人教育やら研修やらで毎日が目まぐるしく、帰宅したときは疲れ果てていて、何も考えずに寝るだけって日が続いた。でもそれが良かったんだと思う。少しずつ心の傷も癒えて、気がついたら普通の生活が出来るようになっていたから。
亮介のことは決して忘れたわけではない。
今でも忘れられないんだ。
もしかしたら、あんな別れ方をしたせいかもしれないけど。
そう、オレは今でも亮介が好きだ。
忘れたいけど、忘れられない。
もう会えないのだから、亮介以外の人を好きになりたいのに。
でもやっぱり自分の心を偽れなくて、オレは今でも亮介が好きだ。
会えないけど。
会わないけど。
心の中で想うのはオレの自由だから。
だから亮介が元気だったらそれで良い。
0
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる