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第2章.エスカレートしてません!?
4.痴漢と我慢(前編)【☆】
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電車の中は時に危険だ。
特に乳首開発をされてからというもの、不用意に胸が何かに接触しないように充分注意していた。
何日かすれば身体も落ち着いてくると思ってはいたが、それは正しくもあり間違いでもあった。
俺は営業先の会社から自社へ戻る電車に乗っていた。
夕方の帰宅ラッシュ前とあって車内はそれなりに混んでいる。先方からはどうですかこのまま食事でも誘われたが丁寧に遠慮した。そんなことをしなくても充分信頼関係は結べている会社だし、何より今日は待ちに待った社長の“相談役”の日、しかも明日の予定は無いと言質は取っている。
本当は直帰してもいいのだが先方から貰った紙資料を持ち帰るのは情報保護の社内ルール上できない。普段からそういうのは守る方だし、特に今は秘密裏とは言え社長との関わりがあるのだからしっかりしなければ。ちなみに日報は電車の待ち時間に下書きを済ませてあるから帰社してすぐ送って業務終了にできる。
そうしたら後は社長に会いに行くだけ。今日は美味いと評判の焼肉屋らしい。最近はすっかり腹の調子も良くなったから思う存分満喫するつもりだった。
だが現実はそう上手くいかない。
キキーッ!!
「うわっ!?」
電車が突然ブレーキを掛け、人並みが斜めになって押されるが俺は何とか踏み留まった。
小さくどよめく車内に、先の駅で人身事故が発生した為急停車する旨のアナウンスが流れた。マジかよと何処からともなく呟きが聞こえるが大きな騒ぎにはならない辺り大人しいというかこういうことに慣れた人々だなと思う。
もちろん俺も長い通勤人生で何度もこんなことに遭って来たから、そういうこともあるかという感情しか浮いて来ない。
もしかして誰か飛び込んだか。微かに浮かぶ可能性は即座に否定する。
万に一つ、何かが違っていたら自分もそちら側だったかもしれないけれど。きっとただの事故だろう、そう意識を逸らした方がきっと精神衛生に良い。
それよりも帰社時間が遅れてしまうのが問題だ。10分程待っても動き出さないのを確認してからスマホを取り出す。
電車遅延で遅れると上長と社長にそれぞれ送信すると上長の方は了解の旨がすぐに帰って来た。上長の方は社員連絡用のチャットアプリで、仕事中はパソコンで常時起動させているからこういう時伝達が早い。
社長の方は個人用のメッセージアプリだが流石にまだ仕事をしているのだろう。元々集合時間は定時後に設定してある。だがこの調子だとそれを越えそうだ。
電車は動かないまま20分程経った。スマホで漫画を読んでいたところに社長からのメッセージが届く。
『お疲れ様です! ゆっくりで大丈夫ですので、諸々終わったら連絡してくださいね! ちなみにこれは今日帰り道で会った子です』
続けて送られるのは灰色と黒の縞模様の猫がアスファルトの上に仰向けに転がり、男の手がその腹を撫でている写真。
社長は猫好きで俺も普通に可愛い動物は癒されるという話を以前してから、たまにこういう写真が送られて来るようになった。毎回違う猫なのがまた面白い。社長も職業柄外に出ることが多いが道端で見掛ける度に撮ってしまうとのことだった。
俺は思わずにやけかけたが電車内だと思い出して口元を手で摩って誤魔化す。猫も可愛いがこんな写真を送って来る社長も可愛い。
早く会いたいと顔を上げるが窓の外の風景は夕焼けから夜へ進みつつある以外に変化は無い。時折流れる車内アナウンスも事故の発生と対応中であること、運転再開目処はまだ付いていないことしか教えてくれない。
少しまずいかもしれない、と思ったのは、下半身に小さなむず痒さを感じ始めた為だった。
一度意識してしまうと突然それは明確化されてくる。混んだ電車の中で立ちっぱなしですぐに出れないというのも影響しているのだろうか。
トイレに行きたい。具体的には小がしたい。
長めの商談の最中に中座もせず、出されたコーヒーを全部飲んで終わった後もトイレに行かないまま電車に乗ってしまった。本来なら乗車時間は短いし駅でもコンビニでも会社でも、帰るまでに立ち寄れるポイントは多い。
まだまだ余裕はあるものの停車が長引いたら危険かもしれない。そう思いつつ、なるべく気にしないでおこうと漫画に意識を戻した。
しかしトラブルは重なるものらしい。
始めは後ろの人の荷物が当たっているだけかと思った。ずっと立っているだけでは疲れるからそろそろ身動ぎしたくなる頃だ、それはわかる。
だが次第に、それは人間の手であり、意志を持って俺の尻を触っているのだと気付いた。
「……っ!?」
痴漢だ。それに気付いた瞬間、ぶわ、と全身に汗が滲んだ。嘘だろ、と思うが全く動けない。
俺は男だ。社長のように凄まじいイケメンならまだしも、どこにでもいそうな地味でオタクっぽさの滲む、マッチョでも華奢でもない男だ。男の魅力も女性的な面も何も無いただのリーマンの尻を何故狙うんだ。
スマホの画面は開きっぱなしだが漫画を読むどころじゃない。ページを捲る指はすっかり止まっていた。その間痴漢は最初は尻全体を撫でるように摩っていたが、次第に鷲掴みにして揉み始める。
逃げようにもこの混雑だし電車は停まっている。声を上げようにも大の男が痴漢されたと言ったところでおかしな眼で見られるだけだ。周囲は丁度俺に背を向けていて異変に気付く気配も無いのは幸か不幸か。
「……変なことしないでね。痛い目見るかもしれないよ」
混乱している間に耳元で囁かれる。聞いたことの無い低い男の声。少し嗄れているが多少歳がいっているのだろうか。
だが俺は背中に尖った物が当たる気配に振り返る勇気も無かった。恐らくはダミーのボールペンとかだろうが、本当にヤバイ奴で本物のナイフとかだった場合下手に騒いだら刺されるかもしれない。
「スマホはそのままの画面で持ってな。大丈夫、言うこと聞いてればすぐに終わる」
左右からの覗き見防止フィルムは貼ってあるが真後ろからでは画面が見えているはずだ。下手に下ろすと隠れて助けを呼ばれたり通報されると危惧しているのか、痴漢の割に頭が良い。もしかしたら慣れているのかもしれない。
男は片手で俺の尻を揉みながら自分の下半身を押し付けて来た。服越しでも硬く出っ張っている部位がわかるが、それが意味する事実を考えたくない。
背中の脅しが離れたかと思うとその手は前に回り、腹の辺りを掌で撫でた後胸へと登ってくる。一瞬尿意を思い出すが、前を開いたままのカジュアルジャケットの中に滑り込んだ手はすぐにその頂点を見付けると指で転がし始めた。
「……っ、ん……」
「……あれ、もしかしてお兄さん、ココ好き?」
悲しいことに開発済みの身体は素直だった。敏感な部分に触れられどうしても呼吸が一瞬乱れて姿勢が揺らぐ。
それを見逃さなかった男に囁かれて俺は一気に顔や耳が熱くなった。絶対赤くなっている。何も言わなくてもこれではイエスと答えているようなものだ。だが声とは違ってこれは隠しようがない。
「結構大きいな……自分で弄ってんだ。良かったな、気持ち良くなれて」
「……っ、……!」
全然よくない。そのはずなのにカリカリと爪で引っ掛かれる度に声が出そうになり肩が跳ねてしまう。
必死に唇を噛みながら耐えるがビリビリとした感覚は下半身にも伝わってどうにもいじらしい。
駄目だ、袋もムズムズするが出したいのは精子だけじゃない。思わず膝を合わせてもじもじと身動ぐが男はそれを性的反応に思ったらしい。そりゃそうだ、腹痛や下痢と違って音はしないから早々に気付くはずもない。
おしっこしたい。まるで子供のようなその欲求は、心中でだけでも言葉にすると急速に強まり出した。だが仮に痴漢から解放された所で出せるわけでもない。
早く電車が動いてほしい、駅に着いてほしい。そう思って扉の方を見ても当然事態は変わらない。
「っ、ふっ……ん、はぁっ、ふ、ぅっ……!」
「ほら、ちゃんと我慢して。周りにバレちゃうよ」
指で潰すように捏ねられたと思えば、摘んでクリクリと軽く引っ張られる。そうやって乳首を弄ばれる度に電流のような刺激が奔り、俺の身体が小さく跳ねるにしたがって呼吸が荒れてくる。
幸い周囲の人々はイヤホンをしていてそう簡単には気付かなさそうだ。だがそれにも程度がある。ただでさえ痴漢されて感じているなんて恥ずかしくて死にそうなのに、他人にまで知られたら本当に終わりだ。
なのに浅ましい俺の身体はどんどん反応を強めていく。股間の熱を感じて俺は持っていたビジネスバッグをそっと前に持って来て隠した。
万が一にも勃起した物を他の人に当ててしまったら俺の方が痴漢になってしまう。それだけは避けなければならなかった。
「……あれ、勃っちゃった? 尻と乳首弄られただけなのに、お兄さんエロいねぇ?」
「……ッ! ゃ……っ!」
だがそんな動きはすぐ男にバレてしまう。
尻を揉んでいた手が前に周り、膨らんだ部分を服越しに擦り始めた。
先端を爪で引っ掛かれ、あるいは掌を押し付けてグリグリと擦り、あるいは袋ごと掬い上げるように持って揉まれる。
直接触れられているわけではないがその刺激は逆に新鮮でありながらもどかしく、俺は無意識に小さく腰を揺らしてしまっていた。男もまた腰を押し付け、俺の尻の谷間で男の股間を擦る形になる。
幸い人間の身体の構造上、勃起した状態では排尿できないという。だがそれは本来もうひとつの液体を放出する前段階でもあるのだ。
公の場でそんなことしてはいけない。俺は必死に唇を噛んで耐え続けたが、その背徳感すらも快感となって俺を痛め付けてくる。
嫌だ、そんなの絶対に嫌だ。こんな所で、知らない男にイかされたくない。でも気持ち良い。弱い部分に触れられて、どこもかしこもビリビリゾクゾクして、もう何もかも忘れて欲望を解き放ちたい。違う、違う、身体が跳ねているのは男の手から逃れたいのであって、決して感じているわけでは——
『安全確認が取れましたのでこれより運転を再開致します。列車の揺れにご注意ください』
車掌のアナウンスの後、ゆっくりと電車が動き出した。揺れて倒れそうになるが男が全身で支えてくれる。ありがたいどころかそれだけ密着していたということだし、もう時間が無いと思ったか男の手が早まる。
もうちょっと、駅に着くまでに我慢したら逃げられる。そう思っているが完全に発情した状態の性器を弄られるのは辛かった。下はもちろん、膨らみきった乳首もその感度は性器に等しい。片方ばかりを触られているのも苦しくて、もう片方もと浅ましく求めてしまいそうになる。
おしっこもしたいし射精もしたい。俺の膝はガクガクして満員電車でなかったらしゃがみ込んでいたところだ。
膀胱も陰嚢もパンパンになっているのがわかるし、テントを張った頂点は先走りで湿っている感覚があった。今はパンツが水分を吸収してくれているが高が知れている。スラックスまで染みてくるのは時間の問題だが電車は普段より速度を落としつつも着々と進んで行く。
『次はー〇〇駅ー〇〇駅ー。右側のドアが開きます。この度は電車遅れまして誠に申し訳ございません。次は〇〇駅に停車致します』
もうすぐ到着。我慢するのはあと少しだけ。俺は荒い息を吐きながら窓の外に視線を送ると、駅周辺らしい広告がたくさん見えてきた。
あと少し、ほんの少し——そう思っているとスマホが震えた。
見ればずっと操作せずにいたのでロック画面に戻っており、定時間近の現在時刻とメッセージアプリの通知のポップアップが表示されている。
万一覗き見された時に不用意に問題が起こらないよう、『新着メッセージがあります。』とだけしか表示しない設定にしている。だが俺がこのアプリで連絡を取るのは基本的に1人しかいない。
社長が待っている。そう思うといっそう大きく心臓が跳ねた。
「もしかしてこの後デートの約束でもしてた? お相手に今のお兄さんを見せたいなぁ……痴漢されてすっごいエロい顔してますってさ」
「……ッぁ、んん……ッッ♡」
ビクンビクン……ドプッ! トプトプッ……
想像してはいけないと思った時にはもう社長がそこに立っているような幻覚が起こっていた。赤の他人に服の上から弱い所を触られて、尻に勃起したチンコを擦り付けられて感じている俺の姿を見て社長はこれでもかという軽蔑と、一抹の寂寥が混じった表情を浮かべる。
『そんな人だと思っていませんでした』と吐き捨てるように言われ、見捨てられるが俺は男の腕の中で追い縋ることもできない。
そればかりか竿の裏筋を擦られた上に蟻の門渡りの辺りを複数の指で強く押し上げられると共に、胸の尖りを思い切り潰されて身体が大きく震えた。大きな声を出さないでいられたのは自分を褒めたいが、どうしても噛み殺せず漏らした嬌声は鼻に掛かった高音。
一度押し出されるがまま精液が出ると、それを呼水にしたかのように更に下着の中にぬるついた物が広がった。
〈後編へ続く〉
特に乳首開発をされてからというもの、不用意に胸が何かに接触しないように充分注意していた。
何日かすれば身体も落ち着いてくると思ってはいたが、それは正しくもあり間違いでもあった。
俺は営業先の会社から自社へ戻る電車に乗っていた。
夕方の帰宅ラッシュ前とあって車内はそれなりに混んでいる。先方からはどうですかこのまま食事でも誘われたが丁寧に遠慮した。そんなことをしなくても充分信頼関係は結べている会社だし、何より今日は待ちに待った社長の“相談役”の日、しかも明日の予定は無いと言質は取っている。
本当は直帰してもいいのだが先方から貰った紙資料を持ち帰るのは情報保護の社内ルール上できない。普段からそういうのは守る方だし、特に今は秘密裏とは言え社長との関わりがあるのだからしっかりしなければ。ちなみに日報は電車の待ち時間に下書きを済ませてあるから帰社してすぐ送って業務終了にできる。
そうしたら後は社長に会いに行くだけ。今日は美味いと評判の焼肉屋らしい。最近はすっかり腹の調子も良くなったから思う存分満喫するつもりだった。
だが現実はそう上手くいかない。
キキーッ!!
「うわっ!?」
電車が突然ブレーキを掛け、人並みが斜めになって押されるが俺は何とか踏み留まった。
小さくどよめく車内に、先の駅で人身事故が発生した為急停車する旨のアナウンスが流れた。マジかよと何処からともなく呟きが聞こえるが大きな騒ぎにはならない辺り大人しいというかこういうことに慣れた人々だなと思う。
もちろん俺も長い通勤人生で何度もこんなことに遭って来たから、そういうこともあるかという感情しか浮いて来ない。
もしかして誰か飛び込んだか。微かに浮かぶ可能性は即座に否定する。
万に一つ、何かが違っていたら自分もそちら側だったかもしれないけれど。きっとただの事故だろう、そう意識を逸らした方がきっと精神衛生に良い。
それよりも帰社時間が遅れてしまうのが問題だ。10分程待っても動き出さないのを確認してからスマホを取り出す。
電車遅延で遅れると上長と社長にそれぞれ送信すると上長の方は了解の旨がすぐに帰って来た。上長の方は社員連絡用のチャットアプリで、仕事中はパソコンで常時起動させているからこういう時伝達が早い。
社長の方は個人用のメッセージアプリだが流石にまだ仕事をしているのだろう。元々集合時間は定時後に設定してある。だがこの調子だとそれを越えそうだ。
電車は動かないまま20分程経った。スマホで漫画を読んでいたところに社長からのメッセージが届く。
『お疲れ様です! ゆっくりで大丈夫ですので、諸々終わったら連絡してくださいね! ちなみにこれは今日帰り道で会った子です』
続けて送られるのは灰色と黒の縞模様の猫がアスファルトの上に仰向けに転がり、男の手がその腹を撫でている写真。
社長は猫好きで俺も普通に可愛い動物は癒されるという話を以前してから、たまにこういう写真が送られて来るようになった。毎回違う猫なのがまた面白い。社長も職業柄外に出ることが多いが道端で見掛ける度に撮ってしまうとのことだった。
俺は思わずにやけかけたが電車内だと思い出して口元を手で摩って誤魔化す。猫も可愛いがこんな写真を送って来る社長も可愛い。
早く会いたいと顔を上げるが窓の外の風景は夕焼けから夜へ進みつつある以外に変化は無い。時折流れる車内アナウンスも事故の発生と対応中であること、運転再開目処はまだ付いていないことしか教えてくれない。
少しまずいかもしれない、と思ったのは、下半身に小さなむず痒さを感じ始めた為だった。
一度意識してしまうと突然それは明確化されてくる。混んだ電車の中で立ちっぱなしですぐに出れないというのも影響しているのだろうか。
トイレに行きたい。具体的には小がしたい。
長めの商談の最中に中座もせず、出されたコーヒーを全部飲んで終わった後もトイレに行かないまま電車に乗ってしまった。本来なら乗車時間は短いし駅でもコンビニでも会社でも、帰るまでに立ち寄れるポイントは多い。
まだまだ余裕はあるものの停車が長引いたら危険かもしれない。そう思いつつ、なるべく気にしないでおこうと漫画に意識を戻した。
しかしトラブルは重なるものらしい。
始めは後ろの人の荷物が当たっているだけかと思った。ずっと立っているだけでは疲れるからそろそろ身動ぎしたくなる頃だ、それはわかる。
だが次第に、それは人間の手であり、意志を持って俺の尻を触っているのだと気付いた。
「……っ!?」
痴漢だ。それに気付いた瞬間、ぶわ、と全身に汗が滲んだ。嘘だろ、と思うが全く動けない。
俺は男だ。社長のように凄まじいイケメンならまだしも、どこにでもいそうな地味でオタクっぽさの滲む、マッチョでも華奢でもない男だ。男の魅力も女性的な面も何も無いただのリーマンの尻を何故狙うんだ。
スマホの画面は開きっぱなしだが漫画を読むどころじゃない。ページを捲る指はすっかり止まっていた。その間痴漢は最初は尻全体を撫でるように摩っていたが、次第に鷲掴みにして揉み始める。
逃げようにもこの混雑だし電車は停まっている。声を上げようにも大の男が痴漢されたと言ったところでおかしな眼で見られるだけだ。周囲は丁度俺に背を向けていて異変に気付く気配も無いのは幸か不幸か。
「……変なことしないでね。痛い目見るかもしれないよ」
混乱している間に耳元で囁かれる。聞いたことの無い低い男の声。少し嗄れているが多少歳がいっているのだろうか。
だが俺は背中に尖った物が当たる気配に振り返る勇気も無かった。恐らくはダミーのボールペンとかだろうが、本当にヤバイ奴で本物のナイフとかだった場合下手に騒いだら刺されるかもしれない。
「スマホはそのままの画面で持ってな。大丈夫、言うこと聞いてればすぐに終わる」
左右からの覗き見防止フィルムは貼ってあるが真後ろからでは画面が見えているはずだ。下手に下ろすと隠れて助けを呼ばれたり通報されると危惧しているのか、痴漢の割に頭が良い。もしかしたら慣れているのかもしれない。
男は片手で俺の尻を揉みながら自分の下半身を押し付けて来た。服越しでも硬く出っ張っている部位がわかるが、それが意味する事実を考えたくない。
背中の脅しが離れたかと思うとその手は前に回り、腹の辺りを掌で撫でた後胸へと登ってくる。一瞬尿意を思い出すが、前を開いたままのカジュアルジャケットの中に滑り込んだ手はすぐにその頂点を見付けると指で転がし始めた。
「……っ、ん……」
「……あれ、もしかしてお兄さん、ココ好き?」
悲しいことに開発済みの身体は素直だった。敏感な部分に触れられどうしても呼吸が一瞬乱れて姿勢が揺らぐ。
それを見逃さなかった男に囁かれて俺は一気に顔や耳が熱くなった。絶対赤くなっている。何も言わなくてもこれではイエスと答えているようなものだ。だが声とは違ってこれは隠しようがない。
「結構大きいな……自分で弄ってんだ。良かったな、気持ち良くなれて」
「……っ、……!」
全然よくない。そのはずなのにカリカリと爪で引っ掛かれる度に声が出そうになり肩が跳ねてしまう。
必死に唇を噛みながら耐えるがビリビリとした感覚は下半身にも伝わってどうにもいじらしい。
駄目だ、袋もムズムズするが出したいのは精子だけじゃない。思わず膝を合わせてもじもじと身動ぐが男はそれを性的反応に思ったらしい。そりゃそうだ、腹痛や下痢と違って音はしないから早々に気付くはずもない。
おしっこしたい。まるで子供のようなその欲求は、心中でだけでも言葉にすると急速に強まり出した。だが仮に痴漢から解放された所で出せるわけでもない。
早く電車が動いてほしい、駅に着いてほしい。そう思って扉の方を見ても当然事態は変わらない。
「っ、ふっ……ん、はぁっ、ふ、ぅっ……!」
「ほら、ちゃんと我慢して。周りにバレちゃうよ」
指で潰すように捏ねられたと思えば、摘んでクリクリと軽く引っ張られる。そうやって乳首を弄ばれる度に電流のような刺激が奔り、俺の身体が小さく跳ねるにしたがって呼吸が荒れてくる。
幸い周囲の人々はイヤホンをしていてそう簡単には気付かなさそうだ。だがそれにも程度がある。ただでさえ痴漢されて感じているなんて恥ずかしくて死にそうなのに、他人にまで知られたら本当に終わりだ。
なのに浅ましい俺の身体はどんどん反応を強めていく。股間の熱を感じて俺は持っていたビジネスバッグをそっと前に持って来て隠した。
万が一にも勃起した物を他の人に当ててしまったら俺の方が痴漢になってしまう。それだけは避けなければならなかった。
「……あれ、勃っちゃった? 尻と乳首弄られただけなのに、お兄さんエロいねぇ?」
「……ッ! ゃ……っ!」
だがそんな動きはすぐ男にバレてしまう。
尻を揉んでいた手が前に周り、膨らんだ部分を服越しに擦り始めた。
先端を爪で引っ掛かれ、あるいは掌を押し付けてグリグリと擦り、あるいは袋ごと掬い上げるように持って揉まれる。
直接触れられているわけではないがその刺激は逆に新鮮でありながらもどかしく、俺は無意識に小さく腰を揺らしてしまっていた。男もまた腰を押し付け、俺の尻の谷間で男の股間を擦る形になる。
幸い人間の身体の構造上、勃起した状態では排尿できないという。だがそれは本来もうひとつの液体を放出する前段階でもあるのだ。
公の場でそんなことしてはいけない。俺は必死に唇を噛んで耐え続けたが、その背徳感すらも快感となって俺を痛め付けてくる。
嫌だ、そんなの絶対に嫌だ。こんな所で、知らない男にイかされたくない。でも気持ち良い。弱い部分に触れられて、どこもかしこもビリビリゾクゾクして、もう何もかも忘れて欲望を解き放ちたい。違う、違う、身体が跳ねているのは男の手から逃れたいのであって、決して感じているわけでは——
『安全確認が取れましたのでこれより運転を再開致します。列車の揺れにご注意ください』
車掌のアナウンスの後、ゆっくりと電車が動き出した。揺れて倒れそうになるが男が全身で支えてくれる。ありがたいどころかそれだけ密着していたということだし、もう時間が無いと思ったか男の手が早まる。
もうちょっと、駅に着くまでに我慢したら逃げられる。そう思っているが完全に発情した状態の性器を弄られるのは辛かった。下はもちろん、膨らみきった乳首もその感度は性器に等しい。片方ばかりを触られているのも苦しくて、もう片方もと浅ましく求めてしまいそうになる。
おしっこもしたいし射精もしたい。俺の膝はガクガクして満員電車でなかったらしゃがみ込んでいたところだ。
膀胱も陰嚢もパンパンになっているのがわかるし、テントを張った頂点は先走りで湿っている感覚があった。今はパンツが水分を吸収してくれているが高が知れている。スラックスまで染みてくるのは時間の問題だが電車は普段より速度を落としつつも着々と進んで行く。
『次はー〇〇駅ー〇〇駅ー。右側のドアが開きます。この度は電車遅れまして誠に申し訳ございません。次は〇〇駅に停車致します』
もうすぐ到着。我慢するのはあと少しだけ。俺は荒い息を吐きながら窓の外に視線を送ると、駅周辺らしい広告がたくさん見えてきた。
あと少し、ほんの少し——そう思っているとスマホが震えた。
見ればずっと操作せずにいたのでロック画面に戻っており、定時間近の現在時刻とメッセージアプリの通知のポップアップが表示されている。
万一覗き見された時に不用意に問題が起こらないよう、『新着メッセージがあります。』とだけしか表示しない設定にしている。だが俺がこのアプリで連絡を取るのは基本的に1人しかいない。
社長が待っている。そう思うといっそう大きく心臓が跳ねた。
「もしかしてこの後デートの約束でもしてた? お相手に今のお兄さんを見せたいなぁ……痴漢されてすっごいエロい顔してますってさ」
「……ッぁ、んん……ッッ♡」
ビクンビクン……ドプッ! トプトプッ……
想像してはいけないと思った時にはもう社長がそこに立っているような幻覚が起こっていた。赤の他人に服の上から弱い所を触られて、尻に勃起したチンコを擦り付けられて感じている俺の姿を見て社長はこれでもかという軽蔑と、一抹の寂寥が混じった表情を浮かべる。
『そんな人だと思っていませんでした』と吐き捨てるように言われ、見捨てられるが俺は男の腕の中で追い縋ることもできない。
そればかりか竿の裏筋を擦られた上に蟻の門渡りの辺りを複数の指で強く押し上げられると共に、胸の尖りを思い切り潰されて身体が大きく震えた。大きな声を出さないでいられたのは自分を褒めたいが、どうしても噛み殺せず漏らした嬌声は鼻に掛かった高音。
一度押し出されるがまま精液が出ると、それを呼水にしたかのように更に下着の中にぬるついた物が広がった。
〈後編へ続く〉
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