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第2章.エスカレートしてません!?

2.新たな快楽(前編)【★】

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 恋人の家でお泊まり。
 この言葉はきっと、男女問わず心を躍らせるものだろう。
 だがそれが初めてであるならば、緊張や不安も同時に孕む。どんな暮らしをしているのだろうとか、失礼の無いようにとか、楽しく感じてもらえるだろうかとか。胸が高鳴るのを止められない。
 ましてやそれが今をときめく新進気鋭の若社長の家ならば、ド庶民としては相応の覚悟が必要だ。

「……すげぇ」

 実際に訪れたそこは、フィクションの世界でしか見たことの無い豪華なものだった。
 高層マンションの最上階、フロア半分を有するその家に来る過程で俺は何回そう小さく呟いただろう。
 勝手に明かりが付く廊下、そこだけで俺の住むアパートの部屋より広いんじゃないかと思われるリビング、整然として美しいダイニングキッチン。家電は黒で統一されており椅子やテーブルはシンプルなデザインだ。
 何インチかわからないレベルの大きなテレビの前には4人は座れそうなネイビーブルーのソファが置かれ、左右には大きな縦型のスピーカーも鎮座している。壁沿いの棚に美しく並んでいるのは酒のボトルや本、ちょっとした観葉植物も置かれているのがまたオシャレだ。そしてリビングに面する窓の外には星空のような夜景が広がる。
 きちんと掃除され、その辺に洗濯物が放置されていたりしない、ショールームのような美しい部屋で俺は終始まごまごしていた。

「はは、神河さんが来るんで頑張って片付けたんですよ」
「そうなんですか? ……あ、何か手伝います!」
「あー、じゃあ冷蔵庫にサラダがあるんで出してもらえます?」

 八嶋瑛鷹という男はどこまでも完璧だった。
 普通ならやる方もやられる方も躊躇する他人に冷蔵庫を開けられる行為にも抵抗が無い。それもそのはず、冷蔵庫の中も綺麗に整頓されていて恥ずかしさを感じる要因は無さそうだ。
 あんまり料理しないなんて謙遜していたが用意済みのサラダやビーフシチューの盛り付け、バゲットトーストの準備を見るからに慣れている。いいとこレトルト食品を温めたり袋麺を作る程度の俺と比べるのも失礼なレベルだ。
 2人で向かい合って食べる夕食は大変美味かった。市販のルーですよと笑ってはいたが、ビーフシチューには恐らくワインも入っていて滅茶苦茶に美味い。ガーリックをほんのり利かせたトーストにもよく合うし、サラダも柑橘系のドレッシングが掛かっていて口の中をさっぱりとしてくれる。安物ですが、と出してくれたワインも充分に美味い。
 これまで2人で色々なレストランや居酒屋に行ってきたが、それに匹敵すると思ってしまうのは惚れた相手の手料理という補正だけだろうか。おかわりしたいところだったが自重しなければならないのが悔しいところだ。

「それじゃあ何見ます? 最近のでも昔のでもいいですよ」
「……あ、そのアクションのやつ、見たいと思ってました」
「じゃあこれにしましょう」

 穏やかに近況を語り合いながらの夕食を終え、皿洗いを申し出るものの食洗機に仕事を取られた。
 テレビの上に巻かれていた幕を下ろせばそこは俺達専用の映画館になる。サブスクサイトで作品を選び、食後のコーヒーをローテーブルに並べてソファに並んで座るとか、俺の人生で経験すると思っていなかった。
 しっかり部屋を薄暗くして再生ボタンを押すと静寂の中で配給会社のロゴが出る。都心の一等地とあって窓の外では車も行き交っているはずだがこの高さまでは音は届かない。

「ワクワクしますね」

 俺に顔を寄せて小さく囁いた社長の表情はスクリーンからの明かりに照らされていつもと少し違って見えた。美しくて無邪気で、可愛い。彼にとっては自分のテリトリー内とあって普段より確実にリラックスしているようだった。
 そんな平和な空気を銃声が振るわせる。いかつい顔をしたスキンヘッドの男が恋人を奪われ、奪還の為に敵組織に潜入して破壊するというハリウッドの十八番的な映画だ。息を呑む心理戦や潜伏しながらの逃走劇、派手なドンパチも交えながら主人公は敵のボスに近付いていく。
 俺達はどちらも映画を見ている間黙っている派だった。だが緊迫した状況を乗り越えたシーンで隣が溜息をついたり、逆に突然大きな音が鳴ってビクリと身体を振るわせる気配は感じていた。
 こっそり横目で見れば社長は実に真剣な眼差しを画面に向けている。社長も好きそうな作品だと思って選んだのだが実際これだけのめり込んでくれると嬉しい。
 逆に俺の方の集中が途切れがちなのが申し訳無くなってくる。だがまだ大丈夫だと自分に言い聞かせた。ソファの背凭れに全体重を預けつつ腹に手を置くのは映画を見る姿勢として決しておかしくないはずだ。真意が別にあったとしても。
 今日の“相談役”の日程が決まり、しかもそれが社長の家だと予告されていたのもあって必死に体調を元に戻した。整腸剤を飲み、消化に良い物を食べ、適度に運動をした。実際概ね問題は無いと思っているし、気にしすぎてはいけない。そう思っているのに腹の動きに敏感になってしまう。

 映画を見始めて1時間と少し程経っただろうか。主人公とその恋人が一時的に再会を果たした。「何故貴方がここに」「君を取り戻しに来たんだ」「駄目よ、あの男に殺される」「君の為なら死んでもいい」なんてベタな台詞と共に濃厚なキス。あっこれもしかして、と思う暇も無く、互いに身体を弄り始めロマンティックな洋楽が流れる。
 そりゃこういう映画なんだからラブシーンもあるだろう。大の大人2人ならば動揺を見せる方がおかしい。だが画面の中で女優が乱れ、シーツの上で繋いだ手だけが握ったり開いたりと意味深に動くのを見ながら俺は熱が下腹部に溜まるのを感じていた。局部はもちろん顔周りや四肢の先以外は映していないのにとても艶かしいのは演技と演出の成せる技だ。
 だがエロい気分になっただけならばどれ程良かったか。キュルキュル、クルクルと最初は可愛いものだった腸の動きは次第に強まっていく。ここ数日は何も出なかったから治ったと思っていたのに……いや違う、これは下っているわけではなく普通の便意だ。必死にそう自分に言い聞かせていると本格的に尻がむずついてきた。
 チラリと壁の時計を見て残り時間を計算するに恐らく我慢し切れない。クライマックスで中断させるよりはキリの良い所がいいだろう。
 映画の中の2人が横たわって大きく身体を揺らしながらディープキスを繰り返すシーンで暗転し、それから画面が明るくなると翌朝ベッドにヒロインが1人で眠っている場面だった。ここだ、と思ってテーブルに置かれていたリモコンを手に取り一時停止する。

「止めちゃってすみません、ちょっとトイレ行っていいですか」
「……神河さん」

 立ち上がりかけたところで手首を掴まれ思わず動きを止める。
 あ、これ、誤解されてる。ソファに膝を着いて近寄って来た社長の表情を見て俺はそう直感した。薄暗い中だからかもしれないが、僅かに怪訝そうで問い詰めるようで、答えの確信もあって恥じらいも混じっている絶妙な顔。
 もう一方の手が俺の太ももに乗せられて俺は小さく身を震わせる。違う、そうじゃないんだ。
 恋人と映画を見ていたらラブシーンで勃っちゃったなんて、寧ろそうであってほしかった。

「いいんですよ、ここでしても。……して、あげましょうか」
「ち、違うんです社長……」
「遠慮しないでいいですって。貴方と僕の仲じゃないですか」

 いやこれ、社長の方が“その気”なのか。
 いよいよその身が近付いて俺の耳元で囁いて来る。太ももを摩る手は徐々に股間に接近して、そんなつもりは無いのに気分がそちら側に傾きそうになる。
 だが俺が腹を庇いながら逃れようとソファの肘掛けの方へ身を倒すと、悲鳴の代わりに不吉な音が鳴った。

グギュ~~ギュルギュルギュル……!
「……ッ!」
「え、あ……神河さん、もしかしてずっと……でしたか?」
「い、いえ……その……」
「夕飯も普段ならもっと食べてますよね。僕の料理が口に合わなかったのかなとか、思ってたんですけど……」

 目を丸くして動きを停止させた社長に対して俺は首を激しく横に振った。
 なるほど、そんな誤解をさせていたのか。美味しいと何度も言ったはずだがお世辞に思われていたらしい。
 体調不良をバレたくはないし心配をさせたくない、だが何よりもそんな悲しい顔をさせたくなかった。

「この前まで調子悪かったんですけど、最近はもう平気で……でも念の為おかわりとかしないでおいただけなんで、社長の料理は本当に本当に美味かったです。寧ろもっと食べたかった、んですけど……うっ……!」
ゴロゴロ……ギュウゥゥ……!
「……そうだとしたら逆に食べすぎか、よくない物食べてますよ。生野菜とか消化に悪いんですから……ほら、掴まってください」

 社長は少しだけほっとしたような表情を浮かべたが、すぐに眉を寄せてお説教を口にする。そうしながらも本格的に腹の中身が下りて来た俺を引っ張り上げて肩を貸してくれた。
 豪邸はトイレまで広くてピカピカだった。人が来ると勝手に蓋が開く便座を個人の家で見るとは思わなかった。
 だがその家主は俺を運び入れた後当然のように出て行ってくれない。何か言おうかとも思ったが服を下ろして便座に座るとすぐに中身が出て来てしまった。

「んっ……ん、ぅうん……ッ!」
ムニュムニュムニュムニュ……ドボンッ!
モリモリボチャンッ、ムニムニムニビチャン!

 数日分溜めていた物がすっかり柔らかくなって次々と尻から現れては水に落ちていく。下してはいないが大物を出しているとわかってしまう音に俺は顔が真っ赤になるのを感じた。
 またやってしまった。他人の前で排泄するなんて恥ずかしいことこの上無い。なのに太くて長いバナナ便が尻を通過していく度に前も疼く。
 先日同僚に音を聞かれていると思っただけであの有様だったのだ、好きな人に直接見られているとなっては言うまでもない。
 俺の性癖はきっとあの夜にぶっ壊されてしまったのだ。

「……神河さん、もしかして……」
「し、社長のせいですよ……」

 俯いていた俺の顔に社長が指を這わせ、それに合わせて彼の方を向く。そればかりか、前屈みの状態からおずおずと身体を起こした。
 きっとこの人はこれを求めている。それでも自ら勃起した股間を見せ付けるなんてはしたない行為に羞恥心が膨れ上がり、俺は思わず顔を背けて眼を固く閉じた。
 こんなことで興奮するなんて信じられない。そう思えば思う程身体が熱くなる。

「……これも、あの時からですか? 大きい方をする度にこんな風に?」
「いいえ、でも誰かに見られてると思うと……恥ずかしい、のに……」
「へぇ……神河さんも、なかなかに変態ですねぇ」
「ッ……!」
ムニュゥゥ……ボチャンッ!

 言われたくないことを耳元で囁かれて俺の身体がビクリと跳ねた。
 持ち上がった竿の先端に社長の手が触れたせいもある。クリクリと亀頭に先走りを塗りたくり、爪の先で軽く鈴口を引っ掻かれると電流のような刺激が全身に走った。
 袋の中でふつふつと精子が湧き出ているのを感じる。同時に反射的に腹に力が入りもったりと重い便が落ちて行った。
 排泄しながら性的快感を覚えていることに気付かれてしまい熱い息を吐く。幸いそうしている内に出したい物は出せたし腸の状態も何とかなりそうだ。

「いっぱい出ましたね。これで全部ですか? 具合はどうです?」
「はい、大丈夫そうです……あの、社長」
「何です?」
「……ここで、しますか?」

 思い出すだけで心が掻き乱されるあの夜。思いっ切り下った尻をそのままトイレで掘られたから、今日もそのつもりなのかとおずおずと訪ねた。
 俺はだからやめてと言いたいのか、それともあの背徳的な快楽を期待しているのか未だに自分がわからない。嫌だが欲しい。矛盾した欲望への戸惑いもあるが、同時に他人に排泄状況を説明しベッド以外での行為を許容しているかのような振る舞いに興奮もしていた。
 実際に社長もその質問に面食らったのか、眼を見開いた後気まずそうに逸らす。その頬は赤らみ、先程からスラックスの股間は膨らんでいたがいよいよはっきりとテントを張っている辺り、知らず知らずの内にクリティカルヒットしたらしい。

「そ、そんな顔でそういうこと言わないでください。今日はベッドで優しくしようって思ってたのに我慢できなくなります。神河さんだって毎回トイレでなんて嫌でしょ?」
「そう……ですね……」
「これ以上見てたら襲っちゃいそうなんで出てます。こっちの準備もしておきますね」

 あっさりと竿を離されてしまったのが残念だが、反対の手で口元を押さえて出て行ったから本当に効いているようだ。それでも必死に理性を駆使したのだと思うと何だか愛おしくなる。それ程までに求められていると思うと肉体的な欲望以上に心が彼に抱き締められたいと感じた。
 急いで尻を拭いて追い掛けたいがちゃんと準備はしなければならない。前を擦ってイきたい欲もあるが必死に押さえ込みながらウォシュレットのスイッチを入れた。

「……ヒッ……!」

 何度やってもきっとこの感覚には慣れないだろう。それでもちゃんと綺麗にしておかねばならない。美しい彼の部屋やベッドを汚してはいけないから。
 これをやって下ってしまうのが一番の不安要素だがどうやら大丈夫なようだ。何度も尻に水を入れて吐き出した後トイレを出る。
 廊下に出ると先程は閉まっていたドアの1つが半開きになっていて薄く明かりが漏れていた。そこに近付くと微笑んだ社長がそっと手招く。
 寝室もまた物が少ない。キングサイズのベッドが中央に置かれ、枕元のテーブル代わりの引き出しと壁沿いの棚の他は壁全面のクローゼットがあり、服や生活に必要な物はそこに仕舞われているのだろう。大きな窓もあるが今はしっかりと遮光カーテンが引かれていて、今はベッド脇の間接照明だけが点けられていた。
 だがより詳しく部屋を観察する前に俺の視界が社長の顔で埋まった。優しげな笑みを浮かべているのにその眼だけは獣じみた色がある。
 咄嗟のことで思わず後退れば俺の背中でドアが閉まる。そのまま顔を彼の両手が包み込んで唇が重ねられた。柔らかい、と思っている内に舌が入って来る。

「……んっ……ッ、ふ……」
「っはぁっ……神河、さん……」

 ちゅぱ、くちゅ、と微かに鳴る水音がいやらしい。積極的に俺の口の中を犯して来る彼に俺も必死で絡み付いた。
 これ、さっきの映画の2人と同じだ。途中で止めたままだがもうエンディングなんてどうでもよくなっている。どうせ最後に主人公が悪の親玉を撃ち殺して恋人を取り戻しキスをして終わるに決まっている。そんな美男美女が織りなすお約束を人々は求めている。
 逆に俺達みたいなイレギュラーは本来あってはいけない。男同士で排泄行為で興奮してキスをして身体を重ねるなんて、俺だって少し前ならあり得ないと言っただろうし、何なら今だって背徳感がある。
 だが舌を貪り合いながら互いに押し付けている下半身は俺も社長もすっかり硬くなっていた。さっき焦らされたこともあり、下着の中で我慢汁が滲んでしまっている感覚がある。社長だってこんなにガチガチなら同じことになっているかもしれない。
 欲しい。この人が欲しい。この人に挿れてほしい。
 こんな感情を今まで抱いたことがない。どうしようもない衝動を抱えて、腰を揺らしながら背中に腕を回して抱き締め、どちらともなくベッドへ歩んだ。

「……社長、俺、もう……」
「ええ、わかってます。僕もですよ」

 絶え間無いキスをしながら着ている服を脱ぎ去る。前回をノーカンとすればちゃんとしたセックスは初めてだったが本能と彼に身を任せれていればよかった。
 初めてちゃんと見た彼の裸体は適度に筋肉の乗った美しいもので、持ち上がっている股間の逸物も大振りで端正な顔立ちに似つかわしくない程男らしい。これが今から俺の中に入るのだと思うと生唾を飲み込んだ。
 誘われるがままホテルばりに複数の枕が並んだベッドに横たわると仄かに良い香りがする。同性同年代の物とは思えないがそういう細かい所が気品の違いを生むのかもしれない。
 そして社長もベッド脇の引き出しからボトルを取り出してから膝立ちになりながらベッドに乗る。俺も身に覚えがあるボトルのあの色と形状は、ローションだ。こんなにも人間としてのレベルが違うのにそこはお揃いなのかと思うと少し面白かった。

「本当は慣らした方がいいんですけど、もう我慢できないので……許してくださいね」


〈後編に続く〉
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